伯爵様は、今が良ければそれでいいので。
「みすりるって、何だっけー?」
あはは、と笑いながらボンボリーノが尋ねると、今日もまたアーハにぺちりと頭を叩かれた。
「も〜、おバカねぇ〜! 金銀よりもも〜っと高いものよぉ〜!」
「へぇー! そうなんだー!」
「ボンボリーノ! 今度ばかりは、相変わらず無知爆発の呑気なやり取りをしている場合ではありません!!」
「そうですよ!!」
怒鳴り声を上げた従兄弟で家令のオッポーと、その弟で執事のキッポーに、ボンボリーノは目を向ける。
ちなみにこの場には、真っ青な顔をしている父上や母上、そして商人として目をギラリと欲に輝かせている義父上もいた。
「【魔銀】が採掘されたということは、これまでとは比にならない金額が転がり込んで来ますし、どこかの上位貴族家や大商人が目の色を変えて擦り寄ってくる可能性があるのですよ!? 当主がボンボリーノなのに、対百戦錬磨の強欲どもに目をつけられたら……!」
「それだけならともかく、帝室からも直々にお話があるかも知れないのです!! 当主がボンボリーノなのに、万一以上の確率で失礼を働いたら、伯爵家が……!!」
「えー? それは困るねぇー」
というか、単純にめんどくさそうでヤだ。
ちなみにキッポーとオッポーはよっぽど焦ってるのか、ちょっと昔みたいな感じに戻ってるし、そこはかとなく失礼な気がする。
別に気にしないけど。
「そう、かなり不味いですし困った事態なので、今こうして対策を考える為に皆様に集まって貰っているのです!」
「対策?」
ボンボリーノはキョトンして、隣のアーハを見る。
「何だか大ごとみたいだけど、コレ、もしかしてホントにヤバいやつー?」
「そぉねぇ〜。金山より全然ヤバいわねぇ〜!」
「それはめちゃくちゃヤバいねぇー!」
ボンボリーノは、アーハまでヤバいというので、腕組みして考えるフリをした。
そしていつも通り、適当に思いついたことを口にした。
「じゃ、もう銀山もウェグムンド侯爵に任せちゃおっかー!」
確か、うちはハバツとかいうヤツがウェグムンド侯爵のところだった筈だし、別に良いんじゃないかなーと思ったけど。
「流石に、それは不味いだろう!」
焦ったような義父上に、母上も賛同する。
「そうですよ! コルコツォ男爵の仰る通りです、銀山を渡してしまっては収入源が減ってしまいます!」
「相変わらず、このバカは……!」
父上まで呻くように貶して来たので、ボンボリーノはめんどくさい気持ちが倍増する。
けど。
「そぉねぇ〜。【魔銀】だけならともかく、銀の利益までなくなったら、ちょっと領の皆が困るかもしれないわよぉ〜?」
「あー、そうなんだー」
じゃ、ダメだな〜と思って、ボンボリーノはまた腕を組む。
「なら、そのまま持っておかないといけなくて……でも持っとくとめんどくさいから……?」
と、珍しく少しだけ考えたボンボリーノは。
「じゃ、みすりるってヤツだけ、ウェグムンド侯爵にタダであげちゃえば良いんじゃん!」
そう思いついて、ポン、と手を打った。
「「「は?」」」
義父上と父上母上が口を揃えてお間抜けな顔になるのに、ボンボリーノはさらに言う。
「帝王陛下にお目通りするのも、お金大好きな人たちもめんどくさいしさー。そーゆーのって無理かなー?」
「そぉねぇ~。多分出来るんじゃないかしらぁ~? 要は【魔銀】の権利だけ預けるってことよねぇ~?」
「多分そう!」
お金が余計に増えるから問題が起こるなら、うちに入るお金が増えなければいいのだ。
簡単な話である。
けど、義父上がそれを聞いてわなわなと手を震わせた。
「金山に続いて、みすみす金儲けの機会を逃すと……?」
「ダメかなー?」
ボンボリーノがアーハの顔を見ると、彼女も首を傾げていた。
「お父様~? 儲けの機会って言ってもぉ〜、金山の分のお金は、鉱山夫の住むところ作る分で十分儲けてるでしょぉ~?」
「それでも、利益が減ったことに変わりなかろう!? あそこは立地が悪かったが、銀山は完全にぺフェルティ領内ではないか!」
「でもぉ~、お父様のところより大きい商会とか~、上の人たちに口出しされたらぁ〜、多分同じくらいややこしいわよぉ~?」
「ぐぬっ……!」
アーハと義父上はタイプが違う。
アーハはケチなところがあるだけだけど、悔しそうな義父上は、お金を儲けるのも使うのも大好きなのだ。
「それにぃ~、ボンボリーノが『そのままで良い』って言わなかったから、そのままじゃダメよぉ~!」
あっけらかんとアーハが言うと、義父上は完全に黙り込んだ。
なんだかよく分からないけど、父上母上や従兄弟たちよりも、義父上のほうがボンボリーノの言うことをわりと素直に聞いてくれるのだ。
「まぁ……決して悪くない案ではありますね、兄上」
キッポーが言うと、家令のオッポーも渋面で頷く。
「そうすれば、直接、ボ……御当主様が陛下にお目通りすることもほぼなくなるでしょうし、陛下とウェグムンド侯爵のご威光があれば、カネの亡者どもも二の足を踏むだろうことは、金山の件を鑑みても明らかです」
「だ、だが……」
父上が、どこか惜しそうな顔で口を開く。
「【魔銀】の産出地を預かる領主となれば、陞爵の可能性も……」
ーーーあれー? さっきまでなんか、ビビり散らかしてなかったっけー?
父上もゲンキンなので、ちょっと気持ちが落ち着いたら欲張りなところが出てきたらしい。
確かショウシャクは、爵位が上がることだったはず……とうろ覚えなりに考えていると。
「ボンボリーノぉ~。お義父様はぺフェルティのおうちを、侯爵家にしたいみたいよぉ~?」
「ヤだ」
アーハが分かりやすく言ってくれたので、ボンボリーノは即答した。
「畑触ったりアーハとのんびりしたりするヒマ、なくなりそうだしー」
そもそも、今でも領地経営なんて基本、ちんぷんかんぷんなのだ。
これ以上領地が広がったりやることが増えたりしたら、仮にアレリラがいたとしてもどーにもならなくなる気もするので、無理無理の無理だ。
だから、とりあえず言っておく。
「父上は、ぶんそーおー、だっけ? そんな感じのアレを知っといたほうがいいよー?」
「ぶっ……!? お前にだけは言われたくないわバカタレがッ!! お前がしっかりしていれば済んだ話だろうが!!」
「あははー、ちがいない!」
それに関してはまったくもってその通りなので、ボンボリーノは笑いながら手を叩く。
すると父上の顔がさらに真っ赤になって、ちょっとヤバいかなー? と思ったところで、そっとその手を母上が押さえる。
ーーー母上、ナイス!
そう思いながら目を向けたけど、めちゃくちゃ冷たく睨まれただけだった。
ボンボリーノを庇ったわけじゃなくて、父上が怒るのがイヤだったのかもしれない。
母上は基本優しいし、アーハには甘いのに、昔から、なんでかボンボリーノにはちょっと厳しいのだ。
すぐ怒るし。
ーーーそういえば、アレリラにも甘かったよなー。
そんなことを思い返している間に、キッポーが話を進めた。
「でしたら、手続き書類の手配を致しますね」
一応、今はボンボリーノが伯爵なので、その決定は絶対なのだ。
キッポーとオッポーはそこら辺を崩す気はないみたいなので、父上や義父上がゴネても、もう聞く気がないのだろう。
「ちょっとまたサインを貰うことが増えますが、逃げないで下さいね!」
「えー?」
「えーではありません! 後、一度だけは帝都に足を運び、陛下とご面会の必要があると思いますから、礼服の新調にも付き合っていただきますよ!」
「ん~……アーハのドレスも作るのー?」
「当たり前でしょう! 御当主様を一人で陛下の御前に上げるなどとんでもない話です! ウェグムンド侯爵にも同席していただけるか打診します!!」
「それならいーよー!」
着飾ったアーハを見るのは大好きだし、ウェグムンド侯爵がいれば安心なので、ボンボリーノはあははーと笑う。
「新しいドレスだってー! 綺麗なアーハを見るの、楽しみだねぇ~! また着せ替えして楽しもうねー!」
ボンボリーノがそう言うと、アーハも満面の笑みで答える。
「いやーん、ありがとう! 素敵なドレスを作りましょぉ~!」
そんな風にきゃっきゃしている前で、義父上と父上はガッカリした顔で肩を落としているけど。
ーーー今幸せなんだから、これ以上何もなくてもいいじゃんねー?
と、ボンボリーノはそう思った。
今が良ければ、それで良いのだ。
自分たち一家はウェグムンド侯爵やアレリラよりバカなんだから、余計なこと考えるだけ無駄なのである。




