ロンダリィズ夫人と、歓談致します。【後編】
「では、災厄が起こるという確実性の高い根拠を聞かせていただけますか?」
イースティリア様の問いかけに、ロンダリィズ夫人はパラリと扇を開いて口元に添える。
「条件があります」
「私に判断出来ることであれば」
「いえ、急ぎはしません。帝室、ひいては陛下のご承諾が必要でしょうから」
少し緊張しつつ、アレリラは彼女の言葉に耳を傾けた。
「タイア領で、街灯と共に並んでいたゴーレムをご存知ですわね? その本格的な量産許可と、その一部を北に輸出する許可をいただけまして?」
ーーー兵力の増強と、武器輸出の許可。
アレリラは、あの人形たちがどういうものかを正確に知っている訳ではないけれど、直感的にそう理解した。
ロンダリィズ夫人が口にしたのは、思った以上に物騒な提案である。
けれど、イースティリア様は顔色を変えたりはなさらなかった。
「なるほど。確かに、陛下のご許可が必要な案件ですね」
「通していただけるのであれば、情報を提供致します」
やはり、夫人もロンダリィズ。
一筋縄ではいかない条件を突きつけてきた。
帝室は、帝国内のパワーバランスを重要視している。
基本的に、どこかの勢力を極端に優遇したり力を持ちすぎることを嫌い、扱いをなるべく平等にすることを指針としている。
前ウェグムンド侯爵とイースティリア様が二代続けて宰相位を勤めていることや、王太子殿下と懇意であることなどから、ウェグムンド侯爵家を筆頭とする中央部勢力が『親帝室主派』と呼ばれている。
他の勢力としては、王弟に当たるモンブリン公爵……ミッフィーユ様のお父様や、ウィルダリア王太子妃のお父様を擁する公爵派閥と、前戦争を終結させた侯爵が軍団長を務める北部派閥、そして不祥事が起こった南部派閥がある。
公爵派閥は帝室と血縁関係が近しいこと、従兄弟同士である第二王子とミッフィーユ様のお姉様がご結婚なさっていることから、帝室の一部として除外したとしても。
南部勢力の別派が不祥事によって勢いを落とすまでは、残り三派の力関係にさほど差はなかった。
ただの誤解ではあったけれど、イースティリア様とミッフィーユ様が恋愛関係にあるのに結婚出来ない理由、とされていたのも、この力関係の面だった。
『公爵家の血を入れることで、中央派閥が力を持ち過ぎることを帝室が懸念している』と言われていたのだ。
ロンダリィズ伯爵家は独立独歩の気質はあるけれど、一応、三派の中では軍閥に当たる北部勢力に所属している。
三竦みが崩れかけている状況で、ただでさえ勢いの衰えないロンダリィズ伯爵家がさらに存在感を増せば、力関係が北部一強に傾きかねない。
ウェグムンド侯爵家、ひいてはイースティリア様がいる限りは滅多なことにはならない、とアレリラ自身は思っているけれど。
ーーーどうなさるのでしょう?
ここで、帝国の為になる情報を供出せず交渉を持ちかける姿勢を『国家に対する背任』と問うことも可能だが、おそらくイースティリア様はそうした手段を取らない。
案の定。
「確約は出来ませんが、理由は『災厄に対処する為』ということで構いませんか? この取引が成立すれば、夫人には、帝都側にも相当数のゴーレムを融通する準備がある、と考えますが」
と、イースティリア様は軍備増強を前向きに受け入れる姿勢を見せ、さらに言質を取りに行った。
「話が早くて助かりますわ。当然対価はお支払いいただきますが、注文は受け付け致します」
ロンダリィズ夫人も、事もなげにそう答える。
ーーーなるほど。
ロンダリィズ夫人が口にした条件は、中央派閥や帝室の気に入らなそうなものだったけれど、北と同時に帝都側にも同様の商売を持ちかけるのであれば、全体のバランスは崩れない。
その上で、ロンダリィズ伯爵家だけは、また莫大な利益を得ることになるけれど、イースティリア様はそれを許容なさるのだろう。
しかし、他国と自領だけでなく、帝都の守りも強固にするだけの量産準備となれば、既に相当な資金を掛けている筈だ。
取引を持ちかける段階と考えれば、ほぼ準備自体は終わっていると見て間違いない。
もしこの提案をイースティリア様が蹴った上で帝室に報告すれば、ロンダリィズ伯爵家の立場は多少悪くなるのに、そうしたデメリットも加味した上で、帝国全体の危機的状況を餌に、このタイミングでその提案を持ってきた。
ーーー大変、強かです。
アレリラはいっそ感服した。
帝国始まって以来の逸材、冷徹にして敏腕の宰相と呼ばれるイースティリア様にとって、この手の交渉ごとは日常茶飯事だけれど、ここまで断り辛い要求を一気に突きつけてくる相手はそうそういない。
わずかに視線を動かしてイースティリア様の顔を伺うが、どうやらいつもと変わらないようだった。
「対価を受け取る前に、一つ質問をしても?」
「何なりと」
「ここ10年のロンダリィズ伯爵領はその為に準備をしてきた、と理解してもよろしいか」
ーーー?
イースティリア様のその質問は、アレリラには一瞬、理解の及ばないものだった。
けれどロンダリィズ夫人が初めて、驚いたように目を軽く見開き、その後、扇を閉じながら下ろして静かに微笑む。
これまで、一切表情に好意的な変化を表さなかった彼女の笑顔に、誰よりも娘であるエティッチ様が驚愕していた。
「お、お母様が笑った……!?」
しかし、夫人は彼女に構わなかった。
この緊張感漂う場で『なんだか重たい上に凄く重要な話っぽいから関わりたくない』とでも言いたげに、チラチラとラトニ氏に救いを求める視線を送っては無視されているのを、アレリラを含む三人はとっくに気づいている。
「宰相閣下、そう感じた理由を伺ってもよろしいでしょうか? 災厄の予兆は、そんなに前からあった訳ではありませんよ」
「あったのでしょう。あなた方の情報網では」
ロンダリィズ夫人がトボけるのに、イースティリア様は即座に切り返す。
「伯爵の、どのような土地でも育つ作物の研究や、安定供給の為の養殖等の各種一次産業。
戦争終結後に行われた、アザーリエ・レイフ公爵夫人の国際結婚に伴う、内政改革と関係改善。
同時に進行していた国家間横断鉄道の開通。
嫡男スロード氏の鉱物並びに加工技術の研究と開発事業。
次女エティッチ嬢の薬草研究並びに、ウルムン子爵との婚約締結の準備。
加えて、タイア領への莫大な支援とその内容。
大街道開通の伯爵領側からの事前準備にも、一枚噛んでいると私は見ています。
そして、ロンダリィズ夫人の担当なさる服飾業……」
イースティリア様は、つらつらとロンダリィズ伯爵家の功績と展開事業を並べていく。
「これらの事業の根底にある第一の目的は、超国家的な協力体制の確立と、災厄発生の際に必要となる迅速な兵力の移送でしょう? つまり、それらの事業を展開し始めた頃、あるいはさらに前から、災厄に対する危機感をもっていた事になります」
ロンダリィズ夫人は、黙って笑みを深める。
「他の事業は、兵の移送に伴って必要となるものの確保です。
ロンダリィズ伯の受け持つ一次産業は兵站。
次いで、聖剣の複製まで見越していたとは思いませんが、装備支給と、おそらくゴーレム素材の一部である【魔銀】の採掘は、兵力増強。
スロード氏の動きは、それらに関連する多くの研究者とのパイプラインの確保が目的でしょう。
新兵力として期待出来るゴーレムの製造技術については、古代文明の復活なのかタイア子爵の新開発なのかは不明ですが、スロード氏も研究に噛んでいると読んでいます。
最近であれば、ウルムン子爵に関する話を快諾なさったのは、伝承にある【復活の雫】の精錬を支援する目論見もあった。
そして服職業に関して、私は一つ、夫人の不可解な動きを書類で閲覧した記憶があります」
「どんな行動でしょう?」
ロンダリィズ夫人は、いよいよ楽しそうにイースティリア様の話を先に促す。
「高品質ドレスの量産は勿論、夫人は良質な布地と、その元となる魔力を通し易い絹糸の開発に莫大な金額を注がれていた。しかし、ロンダリィズ工房のドレス生産量はさほど増えていません」
「ええ、それが?」
「他に、ロンダリィズ領では『ドレス以外の服に使う布の輸出入量が減っている』というデータがあります。これは、領内の民衆が着る服を、おそらくは慈善院や教会を通して伯爵家が配布しているのが理由でしょう。ロンダリィズ伯爵家が孤児や教会への手厚い寄付を行なっているのは有名ですが、その際に現金ではなく、作った高価な服を代わりに与えているのではないかと推察しました。如何でしょう?」
「ええ、それは確かにその通りですわね」
「申し訳ありません、閣下。一つ質問をよろしいでしょうか?」
他の話は、ある程度理解出来るけれど、一番不可解な服の話が理解出来ないまま終わりそうだったので、アレリラは思わず口を挟んだ。
これは既に『職務中』だと理解し、呼び方はそれに準拠する。
「聞こう」
「服を寄付する、というのは、そこまで不思議なことではなく、ごく一般的な寄付の形です。高価な服を贈ることは通常ありませんが、あり得ないと言われる程ではありません。それが、軍備の話にどう関わるのでしょう?」
アレリラの質問に、イースティリア様はロンダリィズ夫人に目を向ける。
別に秘密にしていることでもないのか、夫人が鷹揚に一つだけ頷いたのを見て、彼は答えを口にする。
「彼女が配った服はおそらく、全て防護の魔導陣を編み込んだ魔導布服だ」
イースティリア様の口にした言葉に、アレリラは絶句した。
防護の魔導服とは、戦場に出る高位魔導士や、陛下を筆頭とした上位貴族などが着るものである。
当然、肌触りも良く長持ちする衣服だが、生産には普通の布など比にならない程の手間が掛かる。
危険があれば自動で防御魔術を発動するもので、ただの鉄で出来た鎧よりも強靭なのだ。
それを領民全員に行き届かせようと配るとするなら、その金額は目眩がするほど莫大なものになるだろう。
おそらく、実家のダエラール領であれば本邸周辺の領民に揃えた時点で破産。
ウェグムンド侯爵家が自由に使える資産でも、せいぜい街一つが限度。
数年単位の時間をかけているとはいえ、季節や着替えに合わせた服を用意するなら、それが最低でも一人六着は必要だろう。
ロンダリィズ伯爵領の人々は、防御面だけなら人数比で帝室近衛隊に匹敵する装備をしていることになるのだ。
領民が、農具を剣や槍に持ち換えるだけで、強固な装備を固めた集団に変わるのと同義である。
正気の沙汰とは思えない。
しかも、それが可能なだけの魔導布服を、これから先もロンダリィズ工房は作り出せるのだ。
アレリラが、ロンダリィズの常識を超えた行動と底知れぬ資金力に戦慄していると……そんな内心を見て取ったのだろう、ロンダリィズ夫人は軽く首を傾げた。
「それほど驚くことでしょうか? わたくしどもはその為に1から良質な糸を作り、専業の魔導士を育てたのですよ。自前で補えば価格は遥かに安く抑えられますからね」
「……それは、その通りですが」
「服を配ることに関しては主人の提案ですが、別に他領に侵攻するような目的ではございませんのでご安心を」
「ええ、理解しています。……アレリラ、疑問は解消されたか?」
「はい。失礼致しました」
イースティリア様の呼び方も変わっていることから、現在職務中であるという認識は間違っていなかったようだ。
アレリラが頭を下げると、ロンダリィズ夫人は小さく首を横に振った。
「多くの者に誤解されますが、主人は『全てが欲しい』のではなく、『今ある自分のものを捨てたりなくすのが嫌な人』なのですよ。『領民は俺のもの』だから、カネに糸目をつけずに湯水のごとく、守るために使っている。それだけのことです」
彼女は一息にそう言い、用意されたカップに口をつけた。
そうして唇を潤してから、さらに言葉を重ねる。
「災厄のことすら、主人は考えていませんよ。あの人を含むロンダリィズの者は、自分の思い通りに行動しているだけです」
ーーーえ?
今までの会話の、全ての前提を覆すような話に、アレリラはまた混乱しかけたが、今度はすぐに思い直す。
おそらく、こうして人を揺さぶるのが彼女のやり方なのだ。
「主人は『災厄が来れば自分が先頭に立って守れば良い』くらいに思っているでしょう。作りたいから作った、やりたいからやっている、それだけのことですわ。宰相閣下の推察は面白いものでしたが、ロンダリィズ領の発展については『結果そうなった』が正解なのです」
「……なるほど。それがロンダリィズの血統、と」
「ええ」
イースティリア様がわずかに目を細めて含みのある言い方をするのに、ロンダリィズ夫人は目線を外し、横に顔を向ける。
「そうでしょう? エティッチ」
「あ、はい! 私が薬草を栽培しているのは、それが好きだからですわ!」
話を振られたエティッチ様は、よそ見をしていたけれど、パッと顔を前に戻してうんうんと頷く。
「と、いうことです。ですが、災厄の備えとして見れば、ロンダリィズの現状が最善であることは間違いない事実ですわ。だからこその、ご提案です。如何でしょう?」
「仰る通りかと。陛下の承認を得次第、正式に書面にて通達と契約を行いましょう」
「感謝申し上げます。双方に利のある提案であると自負しておりますわ」
「それは、間違いなく。……では、改めて本題に入りましょう。災厄が発生する根拠となる情報を」
イースティリア様の問いかけに、ロンダリィズ夫人は老執事ラトニ氏に目配せする。
すると彼は、まるで当然のように書類を部屋の脇に置いた棚から取り出しており、ロンダリィズ夫人が差し出した手の上に乗せる。
「どうぞ。こちらは、10年前と20年前に行われた、魔力溜まりの位置記録の比較。こちらはタイア子爵の手による古文書の解読文。最後の一枚は、災厄の伝承を収集し、その中から魔物の強大化以外の前兆に関する部分を抜粋したものです」
「読ませていただいても?」
「勿論」
アレリラも促されて、書類を手に取る。
それらの中には、あまりにも詳細かつ正確な内容が記されていた。
特に災厄の前兆に関しては、帝都に帰った後にアレリラ自身が行おうとしていたことが、既に纏め上げられているように感じた。
一通りアレリラ達が目を通したことを確認してから、ロンダリィズ夫人が口を開く。
「まず、タイア子爵の古代文献解読文をご覧下さい。そこには災厄に関する伝承の詳細が書かれております」
「なるほど」
その解読文は、詩のような文章だった。
×××
来るべき災厄。
常なるは女神の巫女と聖剣の騎士、慈悲の一滴。
常ならざるは精霊の愛し子、神の祭司、黄龍の賢人。
女神の竜が群れ集う様、二粒目の奇跡。
常ならざる者現れし時、大地は警戒を唸り、滅びの足音が響く。
竜を迎え、破邪の銀を孕みし母山、三の恵み。
常ならざる宝物庫は、黒き影差す予兆。
常なる、獣ならざるモノ、人ならざる者。
王の名を騙り在ると知れ。
真なる滅びを前にして、人はそれを魔の王と呼ぶ。
×××
「常ならざる者……」
その一文を聞いて、イースティリア様が反応したのはその点だった。
「ロンダリィズ領に、古代遺跡が多くあるのはご存知ですわね。その採掘作業をしていた主人が『地が唸っている』と口にしたのが、発端になりましたの」
「地が唸る。その言葉を10年程前に、ロンダリィズ伯が口にしていたことを覚えております。ロンダリィズ領の【魔銀】採掘量が極端に増えたのもその頃で、魔力溜まりの観測記録が更新された時期とも一致しますね」
「覚えていらっしゃるのですか?」
「あまり、物忘れというものをしませんので」
イースティリア様があっさり答え、魔力溜まりの位置比較記録に視線を走らせつつ、言葉を重ねる。
アレリラも同様の資料に改めて目を通すと、ロンダリィズ領の魔力溜まりの位置は確かに大きく変わっており、10年前のものは、ロンダリィズ領の山岳地帯にある、と記録されていた。
現在、【魔銀】が採掘されている鉱山の位置に。
「その際に、私は言葉の意味を問い掛けました。ロンダリィズ伯の口にした答えは『竜脈がうねってるから地が揺れている。【魔銀】で儲けることが出来る』という類いの言葉を口になさった」
肌で感じた、ということだろうか。
グリムド様は、先の戦争での英雄としての活躍ぶりもそうだけれど、野生の勘といった類いの能力に優れているのかも知れない。
アレリラにはない素養である。
「閣下。『龍を迎え、破邪の銀を孕みし母山、三の恵み』という一文は……龍脈が動き、魔力溜まりが山岳地帯に移動することを示しているのでしょうか。それによって、【魔銀】が生成されるのですか?」
「大まかには、そういうことだ。一連の事象が災厄の予兆の一つだと記されていることが、ロンダリィズ夫人の仰る確実性の高い根拠の一つ、ですね」
「その通りですわ」
「帝国全体の記録と照らしても、おそらく齟齬はありませんね。実際に、魔力溜まりなどの変動や軽い地揺れも各地で頻発していたな? アレリラ」
「記憶しております。災厄を前提として情報を集めれば、もっと多くの報告が集まるかと」
「以前、薬物事件の際に精製拠点となっていた工場のあった辺りの河川から、魔力が枯渇した件も、おそらくは関連しているだろう」
「……確かに、そうですね。土壌の魔力溜まりが龍脈に沿って移動しているかを調査するよう、指示しておきます」
「ああ」
イースティリア様が口になさったのは、ぺフェルティ領から下った先にある領地で、水に含まれていた豊富な魔力が枯渇するという事象が起こった件についてである。
あの時は、南部派閥の不祥事である『精神操作の魔薬』を製造していた工房がその辺りにあったので、その精製過程に何らかの原因があると思っていたのだけれど。
「他に原因があったのですね」
「ああ……」
と、珍しく歯切れの悪い返答をした後、イースティリア様は話を切り上げた。
「こちらの書類は、写しを取らせていただいても?」
「そのままお持ち下さい。それ自体が写しとなっておりますので」
「では、遠慮なく。有意義な時間でした。情報提供に感謝致します」
「こちらこそ、無事に交渉が成立して喜ばしい限りですわ。どうぞこの後は、ゆるりとご滞在下さいませ」
「アレリラ様! この後、屋敷をご案内致しますわ!! いっぱいお話し致しましょう!!」
重い話が終わったからか、お話ししたくてうずうずしていたのに我慢させられていたからか、エティッチ様が急に勢いづいてそう口にするのに。
「ええ、書類だけ部屋に置いてから、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「そんなの、爺やに任せておけば良いじゃない!!」
「帝都への手紙も書かないといけませんので」
むぅ、と頬を膨らませるエティッチ様に、またロンダリィズ夫人が恐ろしい目を向けるのを見ながら、アレリラはイースティリア様と共に立ち上がる。
「では、一度失礼致します」
そうして客間に一度戻ったアレリラは、頭の中で情報を整理しつつ指示を手紙に書き始める。
特に気になるのは。
「ロンダリィズ領の現状は、結果そうなっただけ、とロンダリィズ夫人は仰いましたが」
災厄に関する記録がこれ程詳細に揃っていて、そんなことはあり得るのだろうか。
同様に何かの連絡を書いているイースティリア様は、アレリラの疑問に即座に応じる。
「夫人の言葉を正確に解釈すれば、違うだろうな」
「正確に、とは」
「夫人は、『ロンダリィズの者は自由に振る舞っているだけ』と口にしただろう」
そう言われて、アレリラは納得した。
「彼女はそうではない……元は、公爵家の血に連なる者……」
「ああ、言っただろう。ロンダリィズの動向は、王家の意向が反映されている可能性がある、と」
「つまり……夫人は、お祖父様と同じ立場であると?」
「私は、そう考えている」
イースティリア様は手を止め、一度視線をどこかに向けると、ポツリと呟いた。
「おそらくは、もう一人……ロンダリィズ伯の歩む道の意味を解し、踏み外さぬよう動かしている人物がいるだろう」
「そうなのですか?」
「ああ。私は、その人物と話す必要がある」
どうやら、既にその人物に心当たりのありそうな口調だった。
これまでのやり取りから、アレリラもその人物に思い至るが、イースティリア様が直接名前を口になさらなかったので、きっとそれは触れてはいけないことだろうと思い、会話を終える。
当主に口出しできる程に信頼され。
浅黒い肌を持つ人物が、ロンダリィズ伯爵家にはもう一人いるのだ。
ーーーわたくしも。
周りに存在する自分よりも遥かに賢い人々を目にして、アレリラはその筆頭である祖父が『会うように』と口にした人物に思いを馳せる。
ーーーアザーリエ・レイフ公爵夫人。
彼女に会うことで、また、何かが変わるのだろうか。
イースティリア様と結婚してから、新たに知ることや、ハッとする経験がとても多い。
きっとアザーリエ様も、そうした刺激をくれる方なのだろう。
それを決して嫌だとは思わない自分に、アレリラは気づいていた。
ーーー早くお会いしてみたいですね。
昔、ボンボリーノと共に、遠目に見たことがあるだけの彼女。
どのような人物なのか、アレリラは密かに楽しみだと思い、小さく笑みを浮かべた。




