昔の、今の、未来の話です。
「資金調達か。君はやはり、見た目の美しさなどより、そういう話の方が気になるのだね」
祖父は、アレリラの問いかけに、肉を切り分けながらおかしそうに笑った。
「性分ですので」
「が、大方の予想はついているのではないのかな?」
ニコニコとフォークを口に運んだ彼は、試すように……そして楽しそうに、問いを返してくる。
「おそらくは、ロンダリィズ領と提携なさっているのでは、と考えておりますが」
「正解だよ」
「ですが、ロンダリィズ伯爵は、タダで融資をなさるような方ではないですよね」
「もちろん、条件は色々とある。が、我々の関係は融資というよりは投資だね。我はアイデアを提供し、それを実現する為の資金を貰う。そして上手くいけば、その権利を譲る……そのような関係だ」
ーーー危険、ですね。
アレリラは、祖父の開発したであろう数々の装置を思い出しながら、そう思った。
元々、ロンダリィズ伯爵は力を持ち過ぎている。
夫人の出自もそうだし、鉄道にしてもそうだ。
凄まじいまでの資産は、下手をすれば帝国そのものを脅かしかねない存在である。
その背景に、祖父の作り出したものがどれほど寄与しているのかは不明だが、今以上に勢いがつけば、その資金力を目当てに、帝国王室と派閥が二分されるのでは、という危惧があった。
祖父は、その心情を読み取ったのか、軽く肩をすくめる。
「ロンダリィズ伯爵は、権力に興味はない人物だよ。けれど……そうだね、君には、拘らないことを覚えるように、進言しようかな」
「拘らない……?」
「貴族制に拘らなければ、見えるものがある」
その発言に、思わず眉根を寄せた。
「……言葉にお気をつけを。お祖父様のお立場でその発言は、反逆の言質と取られてもおかしくはありません」
貴族制に拘るな、というのは、翻れば『王によらぬ統治を許容する』と取れる。
実際に具体的な行動を起こすつもりがなくとも、場が場なら不敬に当たる行為である。
すると祖父は、おかしそうに笑った。
「ウェグムンド侯爵は、どう思われる?」
「……言わんとすることは、おそらく理解しているかと」
イースティリア様の返答に、アレリラはジッと彼の顔を見つめてしまった。
「決して、陛下の統治を蔑ろにする、という意味ではない。サガルドゥ殿下が仰っているのは、これより先の時流の話だ」
この場にいる使用人たちは、皆、祖父の出自を理解していると聞いたからか、イースティリア様はタイア子爵ではなく、役職の名で呼んだ。
広めている訳ではないが、バレたら困るというほど特に隠している訳でもない、というので、近衛の二人だけはこの場に同席させている。
祖父もそれを咎めなかった。
しかしそんな二人の発言の内容は、アレリラには理解出来ない。
「よく、意味が分からないのですが」
「民の暮らしが、彼ら自身の手の中に収まる時代の到来は、すぐそこまで迫っているのだよ、アレリラ」
祖父は、それが自明のことであるかのように、静かに語り始めた。
「貴族の多くが、働き始めている。金を直接動かし、自らの手を使って資産を増やして領地を治めて行くことを迫られているのだよ。まるで、商人のようにね。……アレリラ、それは民が貴族の為に働くのではなく、貴族が、人の上に立つ者が、民の為に働くことが求められ始めている、ということなんだ」
民が求めるより良い生活の為に、やがて立場が入れ替わるだろう、と祖父は言い足す。
領地を持たず、資産を増やす貴族が力を持ち始めているように。
「金の流れ、というものが、形を変え始めている。この領地で作られている道や建物、その他の開発はね、民の暮らしがより良くなった際の、モデルケースを作っているんだ」
道が良くなり、暮らしぶりが良くなり、住む場所が、服の質が、食糧事情が良くなれば、人はどうなるか。
「やがて人は、教育を求め始めるだろう。直接手を動かす仕事よりも、知性を活用する仕事が、趣味をする為の余暇が生まれ……やがて民衆を含めた皆が、今、貴族と呼ばれる者と同等以上の生活が出来る世界が、来るのだ」
アレリラは考えてみたけれど……それは、想像もつかない世界だ。
「よく、分かりません。イース様は、理解出来ますか?」
「おそらく、サガルドゥ殿下ほど明確に見えている訳ではないが」
イースティリア様が頷く。
「変えられぬ流れ、のようなものは、薄々理解している。我々がその中で為すべきことが、革命を起こさせず、緩やかに移行していくことだろう、というのもな」
「革命……」
「貴族制は、魔術の存在によって成った。強大な魔力を持ち、魔術を操ることが貴族を支えていたが……今や、魔導具の存在がある。それらは、やがて大衆により広く使われるようになるだろう。国家間横断鉄道のように」
人に依存しない、誰でも使える魔術の存在が広まれば……貴族が依って立つものがなくなるのだと。
「では、革命を起こさせない為に何をすべきか、と言えば、『良い為政者であり続けること』が重要になる」
だからこそ、イースティリア様は法を改正し、民にチャンスを与え、生活がより良くなるように、行政を、法を提案していっているのだと。
「……初めてお聞きしました」
「誰かに言って、すぐに受け入れられるものではないだろうからな。このようなことを話したのは、帝王陛下と王太子殿下くらいのものだ。だからこそ、私は彼らを支えている」
国のトップに立つ二人が、一番それを危惧し、心を砕いているからだと。
「国が崩れれば、人が困窮する。血みどろの争いが起こる。そうしたことを一番許さぬ気概を持っているのが、帝王陛下なのだ」
「そうだね。セダックは、本当に良い男に育ったよ」
祖父がどこか申し訳なさそうなのは、重責を押し付けたという負い目があるからだろうか。
「サガルドゥ殿下の存在あればこそ、と、陛下は思っていそうですが」
「そうかい? なら、嬉しいけれどね」
祖父は謙遜することもなく笑みを戻し、アレリラを見る。
「帝国全体で急な動きをすれば、どれほど将来を見据えてのことだろうと、民は反発するだろう。だからこその、この領地だ」
「……平民の男性だけでなく女性にまで教育を施しているのも、同様の意味合いでしょうか?」
「そうだね。そこに関しては、ちょっと驚いた。セダックが、その法案を通した時にね。……多分、覚えてたんだろうなぁ……あの子は本当に、リシャーナ妃が好きだからね……」
「過去に起こったという、王位継承権を放棄した事件の話ですか」
「ああ、それも知っていたのか。そうだね。その時に、女性の権利についても、セダックに語ったからね」
アレリラの知らない話だったが、イースティリア様があまり詳細を聞かせたくなさそうな様子だったので、口は挟まない。
「でも、そうだね。女性や民の『権利』という部分に関して一番進んでいるのは、帝国よりも北の国だと思うよ」
「そうなのですか?」
あの国の話は、戦争や国家間鉄道の話が先行していて、詳細な資料が少ない。
「お祖父様は、かの国について何かご存知なのですか?」
「よく出かけているからね」
「……ペフェルティ領や、ダエラール領にお出かけになった移動手段が、北の国に対しても使えるのですね」
「おや」
そこで初めて、祖父は予想外の発言を聞いたように目を丸くした。
「参ったな。それもバレてるのかい?」
「お母様にお話を伺ったところ、イース様がお祖父様の動きの違和感に、お気づきになられました」
「それは、少し困ったね……」
「何か不味い事情が?」
「いや、そういう訳ではないのだけど。それに関しては、王族しか使えない制約があってね」
「声を届けるのと同様の?」
「もう少し、理由が複雑だ。帝宮の図書館に保管されていた古文書と、スロード・ロンダリィズ君が所持していた古文書を合わせて、過去に使われていたという転移装置を発掘した。それがどうやら、バルザム直系にしか使えない代物でね」
転移出来る場所も限られており、技術的にも、まだまだ応用が利くものではないらしい。
「あれが戦中に使えていれば、あの事件も起こらなかったんだけどね……それも聞いてる?」
「ええ。賊がこの屋敷を襲い、今はタイア領の門番をしている男性が、アレリラの御母堂を救ったと」
「そう、あれも、私が原因なんだよ」
食事を終えた祖父は、ワイングラスを軽く傾けて眉をハの字に曲げる。
「それが、ちょっと負い目でね。屋敷を襲ったのは、テナルファス・ハルブルト。そして救ってくれたのが、今は門番をしてくれている、チーゼ・イントアなんだ」
名を聞いても、アレリラには誰か分からなかったけれど、イースティリア様が微かに眉根を寄せる。
「それは」
「うん。……我が昔起こした事件の折りに、更迭した二人、だよ」
はい、という訳でですね、次はかつてアレリラの母親が襲われた事件の真相についてです。
犯人の名前言われても分からないよ! って方は、『廃嫡された第一王子』をお読み下さい。
第二王子シルギオに従って、ちょっとアレなことをした二人の名前です。
何がどう巡ってこうなったのかは、また次回!