悪ふざけの可能性がある。
イースティリアが王太子と共に執務室に戻ってきたので、アレリラは深く頭を下げた。
「バルザム帝国に輝ける小太陽……」
「いやいい、いい! 相変わらず固いなアレリラ。そんな長ったらしい挨拶は夜会だけで十分だよ」
レイダック王太子殿下が遮って腕を振るので、アレリラは口上を辞めて頭を上げた。
直立不動でそのまま次のお言葉を待っていると、王太子殿下は鼻から息を吐き、イースティリア様を見る。
彼は一つ頷いて、たった今、陛下をお訪ねになった件と、その内容について説明して下さった。
「なるほど……では、旅行中の警備体制の見直しと強化を手配致します」
「頼む。それと」
「はい」
「今回の件、陛下のお耳に入れた人物は、サガルドゥ・タイア子爵だ」
イースティリア様の言葉に、アレリラは思わず固まった。
「……? どうした?」
表情や姿勢は変えなかったが、言葉に詰まったのを読み取ったのか、王太子殿下が怪訝そうな顔をする。
「殿下。私がその名にすぐに思い至ったのは、繋がりの推測以外にもう一つ理由がございます」
イースティリア様が代わりに王太子殿下の疑問に答えた。
「結婚式や披露宴にご参加なさらなかったので、顔を拝見しておりませんが。タイア子爵は、アレリラの実家であるダエラール子爵家と繋がりがございます」
「何だと?」
王太子殿下が目を丸くされたのは、アレリラ側の親族関係までは深くお調べにならなかったからだろう。
イースティリア様は帝国宰相であるため、王室も派閥関係には気を配っておられる筈だ。
しかし、ダエラール子爵家は領地こそ小さいものの血筋そのものはそれなりに古く、かつ、親王室派である。
また、アレリラ自身に関しても宰相付きになる段階で調べられていると思われるので、危険な人物を調べるよりは調査が甘かった可能性がある。
「わたくしも、数度だけお顔を拝見したことがある程度ですが」
驚きの度合いがただの驚きではなかったような気がするが、その理由まではアレリラには分からない。
なので、イースティリア様の言葉を肯定し、情報を補足するに留めた。
「ーーーサガルドゥ・タイア子爵は、母方の祖父に当たる人物です」
※※※
その瞬間、レイダックは王太子としての思考に切り替えて、目を細めた。
「おい、イースティリア」
「陛下がどこまでご存じかは不明ですが、お話を伺った限り、殿下のご懸念する点に関しては心配ないでしょう」
相変わらず、いつもの無表情で、人の思考を先回りするいけ好かない返答を口にする。
アレリラの方がまだ可愛げがあるというものだ。
「何故そう言い切れる」
「公式に記録されている限り、タイア子爵に子は一人しかおりません。そうだな、アレリラ」
「はい。わたくしの母のみでございます。タイア子爵領は、祖父が亡くなった後は、陛下に返上なさる旨を母より伝え聞いております」
ーーーソレアナの子は、娘だったのか。
アレリラの母が、先ほど聞いた話に出てきた、ソレアナの身籠ったという子なのだろう。
ただ一人の子にも関わらず、婿を取らずに嫁がせたのは、危険から遠ざける為か。
この件について、レイダックが気にしていたのは、血筋だった。
ダエラール夫人が、もしサガルドゥとソレアナが結ばれた結果生まれた娘であったとしたら。
アレリラと弟のフォッシモは、バルザム王家の、かつての第一王位継承者の血を引いていることになるのである。
もしそうであれば、ウェグムンド侯爵家に実質公爵家の血が入ることになり、もしその状況を知る者が存在すれば…下手をすれば反乱の旗頭、王位簒奪の人形として、フォッシモやアレリラの子が祭り上げられる可能性が出てくるのだ。
イースティリア暗殺の件が、ただの逆恨みや権力闘争で済まなくなる根深い問題の端緒となる危険があった。
「お前、父上の前ではとぼけたな?」
「何の話でしょう」
「ことの重大さを、お前が把握していない筈がない」
「陛下も把握なさっていないと? アレリラとフォッシモの容姿は、御母堂であらせられるダエラール子爵夫人によく似ています。それが、何よりの証左かと」
言われて、レイダックは気づいた。
確かに、バルザム王家の特徴である紅玉の瞳、褐色の肌、黒髪の内、アレリラが備えているのは黒髪だけ。
そして色味は、どちらかと言えば漆黒……角度によっては藍に見える王家の黒髪とは少し違う。
話の内容が分からないだろうに、アレリラは口を挟んではこない。
「……懸念はない、ということか?」
「あれば、陛下があの程度で済ます筈がないでしょう。そもそも、アレリラとの婚姻が認められたかどうかも怪しいかと」
レイダックがしばし黙考していると。
「祖父が、何か致しましたか?」
と、アレリラが口を開く。
どことなく顔色が悪く、不安そうな色を感じるのは、気のせいだろうか。
「何か心当たりが?」
「非常に申し上げ難いのですが」
「言ってみろ」
レイダックが促すと、アレリラは一拍置いて告げる。
「ーーー祖父は、非常に悪戯好きな人物です」
「……は?」
「流石に常識は弁えていると思われますが、もし王室に対して誤情報を与え、混乱をもたらしたのでしたら、笑い話で済むものではございません」
「悪戯……というのは?」
「例えば、ですが……暗殺計画そのものが存在せず、虚偽である可能性などです」
言われて、レイダックは一瞬固まった。
思い出すのは、父の顔。
あの人の兄弟であるとすればやりかねない、という思考が頭をよぎったのだ。
ーーーいや、下手すると父上と共謀したとかか?
笑えない悪ふざけ、という点に的を絞ると、本気であり得る。
「……イースティリア」
「私も考えましたが、それはさすがにないと信じたいところです」
イースティリアの答えは、あっさりしたものだった。
「が、もう一つの可能性については考慮しています」
「まだ何かあるのか!?」
本気と嘘以外に、どんな可能性があるというのか。
しかしイースティリアの口にした答えに……レイダックは、それが一番ありそうだと納得してしまった。
「既に暗殺計画を潰した上でその点を隠している、というのは、あり得ます」
「……金の無駄遣いじゃねーか」
「そうとも言えません。要職にある者として身辺に気をつける、というのは重要なことです。平時であっても、旅行という状況で、警備体制の手配書をご覧になった陛下が『足りない』という判断をなさったかもしれません」
イースティリアは、どこまでも生真面目だった。
そして、アレリラも同様に頷く。
「わたくしの不徳の致すところです。もしそうであったとしても、警備計画は見直しを致します」
「ああ」
「いやそれで良いのかよ!?」
どっちにしたところで悪質であることに変わりはない、と思うレイダックだったが。
「どれが事実か分からない以上、本人に伺うしか手はないでしょう。そして、最悪を考慮して計画を組みます。アレリラ、旅行の道程も見直してくれ。ロンダリィズ領に伺う前に、タイア子爵領に寄る」
「畏まりました」
アレリラが頭を下げて、その話は終わった。
というわけで、どうやら別の意味で不穏な話になってきたっぽいですね!
悪ふざけがあり得る、と言われる王族ってどうなんだよと思いますが、レイダックもウィルダリアもまぁ……うん。
というわけで、そろそろ旅行に出かけろよ!← と思われた方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いしますー!
後、ちょっとこの連中だけだと執筆カロリー高いんで、ボンちゃん早く出てきて!←




