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エティッチ様は、奔放が過ぎました。


「ここは……」

「ロンダリィズ伯爵家のタウンハウスです」


 アレリラが馬車で案内した先で、ウルムン子爵は呆然としていた。

 いやよく見ると、手足がわずかに震えていて、目にはキラキラとした光が宿っている。

 

「この畑が!? 全部!? あのロンダリィズ伯爵家の所有物ですか!?」

「はい」


 ロンダリィズ伯爵家の所有している敷地は、広大だった。


 正面玄関から入った場所にある自然の有り様を生かした庭園。

 真っ直ぐに伸びる巨大な道の先にあるのは、逆に敷地に比較するととても小さい屋敷。


 おそらく、使用人を含めて十数人住めば、手狭とすら感じるだろう。


 その屋敷の奥や脇。

 ぽつりぽつりと立つ小屋に、畑を世話する使用人棟と思しき、屋敷に匹敵する大きさの建物。


 奥には川や水車小屋のみならず、最早湖とすら呼べそうな大きさの溜池。

 機織りの音が響く布織り小屋、薬草畑の横にあるのはおそらく薬品生成の為の実験棟、広大な畑の中には異国の作物を育てているのであろう、知識でしかしらない田んぼ。


 希少な魔銀(ミスリル)で覆われていると思われる建物もあり、それはおそらく魔導具の実験開発用のものだろうと目星をつける。

 呪いや魔力の暴発に備えて、破邪の性質を持つ金属で覆っているのだろうと思われた。


 ーーー付き添いでなければ。


 アレリラ自身が己の為に、このロンダリィズの敷地を駆け回りたいほどに、それは知識の宝庫のような有り様を呈していた。


「あの、薬草畑に……!」

「ウルムン子爵」


 まるで導かれるようにフラフラと歩み出そうとした青年に、ついて行きたい衝動を鋼の自制心で押さえつけながら、アレリラはピシリと声を掛ける。


「本日は、エティッチ様とのご面会が目的でございます」

「そ、そうだった!」


 ハッとしたウルムン子爵は、慌てて居住まいを正す。

 そのまま、正面のこぢんまりとした屋敷に足を踏み入れた。


「まぁ! お待ち申し上げておりましたわぁ〜!」


 伯爵令嬢とは思えないほどの軽やかさで、スカートの裾をはためかせながら姿を見せたエティッチ様に、入り口で控えていた老執事とアレリラが同時に声を上げる。


「「エティッチ様」」

「あ……ごめんあそばせ!」


 ほほほー、とわざとらしくシナを作ったエティッチ様と、正式に面会をする礼を交わすと同時に。


「エティッチ」


 アレリラや老執事よりもさらに厳しく冷たい声音が、彼女の背後、二階へと続く階段の上から飛んだ。

 サァ、と顔色を青ざめさせたエティッチは、ギギギ、と後ろを向いて、震える声を上げる。


「お、おかあ、さま……これは、その」

「見苦しい言い訳は結構」


 首を高く覆うレースの青いドレスを纏った女性は、その冷たく赤い瞳でエティッチ様を見据える。


「ロンダリィズ伯爵家の令嬢ともあろう者が、はしたなくもお客様の前に作法もなく飛び出し、その上案内を待たずに挨拶を交わし、あまつさえわたくしと客間で横に並ぶこともないままに殿方と言葉を交わすなど、言語道断です」


 ピシッと一分の隙もなく結い上げた黒い髪に、御年齢によるシワはあるものの、成人した三子を持つとは思われぬ若々しい容姿。


 浅黒い肌を持ち、背筋を伸ばして佇む様は、なるほど、デビュタントの時に目にした〝傾国の妖花〟アザーリエ・ロンダリィズとよく似ていた。


 ロンダリィズ伯爵家が女主人、ラスリィ・ロンダリィズ。


 服飾業界に産業革命を起こし、安価で良質な服を量産して、平民までもが安く手軽に手に出来るようにと、工場を作り流通ルートを確立させた女傑である。

 同時に、高位貴族向けの最高級品質のドレスや斬新なデザインの開発なども手掛けており、王太子妃ウィルダリア殿下が好んで身につける衣装は、ほぼほぼロンダリィズ工房の手によるものだ。


 作物開発と戦争の英雄である当主、グリムド・ロンダリィズに勝るとも劣らぬ功績によって、バルザム帝国社交界の覇者の一人として君臨している。


 ーーー躾はあまりお得意ではないのでしょうか。


 エティッチ様の自由気ままな態度に、内心不敬なことを考えていると。


「ご来訪に感謝を、コロスセオ・ウルムン子爵。また、アレリラ・ウェグムンド侯爵夫人」

「ご挨拶が遅れまして、誠に申し訳ございません。非公式の訪問に甘えて非礼を致しましたこと、深くお詫び申し上げます」

「も、申し訳ございませんっ!」


 アレリラが深く頭を下げて階上の夫人に向けて謝罪すると、ウルムン子爵も慌てて頭を下げる。

 おそらく嘆息したいのだろう、ロンダリィズ夫人は、はらりと扇を広げて顔を隠した。


「ごゆるりと滞在なさいませ。ウェグムンド夫人、並びに、ウルムン子爵。……エティッチ」

「はい! お母様っ!」


 直立不動の、可能であるのなら最初からその態度を取るべきだったと思うエティッチ様の返事に、ロンダリィズ夫人は絶対零度の気配を放つ。


「全てが済み次第、わたくしの部屋へ」

「ふぅ、はいぃ……!」

「我が家の家訓は」

「『貴族たる者、悪辣たれ! 労働を行うことは最大の悪である! 働け!』でございます!」

「そう。そして『貴族たるもの、隙を見せぬが当然……もし見せるのなら、かすり傷で首級を上げる覚悟で』。家訓の条項、全てを忘れぬよう、今一度頭に刻みなさい」

「畏まりましたっ!」


 そのまま、背を向けてロンダリィズ夫人が去っていくのに、エティッチ様とウルムン子爵があからさまに肩の力を抜いてホッとする。

 お二人は詰めの甘さと外面の緩さが似た者同士だ。


 そんなお二人の様子を見ながら、アレリラは手元の裏紙にメモを書き留める。


 ーーーロンダリィズ夫人は、ウルムン子爵とエティッチ様の交流を歓迎しておられる、と。


 でなければ、いきなりの非礼を不問にはしないだろう。

 もしこれが婚約を前提とした公式な訪問であれば、今すぐ帰れと言われてもおかしくはなかった。


 その場合は、逆にエティッチ様が万が一にも飛び出さぬよう、厳重に監視されていたかもしれないけれど。


「では、ご歓談のために茶席を用意いたしております。お庭での散策はその後でよろしいでしょうか?」


 気配を消していた老執事が柔和な笑みと共に提案してくれたので、アレリラは無表情に頭を下げた。


「お気遣い、痛み入ります。よろしくお願い致します」

 

外交の英傑が伴侶、内政の革命家ラスリィ・ロンダリィズ夫人登場。


 ちなみに一人だけ未登場の伯爵位後継者、アザーリエの弟でエティッチの兄に当たるスロードくんは、『鉱物研究・魔導具加工技術の第一人者』として知られています。

 わずか4歳で領地間魔導鉄道開発の基礎アイデアを父に提唱し、近日、魔導士協会で、ライオネル王国の才女イオーラ・エルネスト女伯と共同でオリハルコンの錬成に成功する予定。


 アザーリエは労働環境改善の法律設立に尽力しており、隣国で平民に多大な人気があり、聖母扱いされてます。


 エティッチちゃんはどーするんでしょうね?


 ウルムン子爵には勿体なさそう! いやむしろお似合い? と思われた方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等、どうぞよろしくお願いいたしますー。



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― 新着の感想 ―
「労働を行うことは悪である」と「働け」が矛盾するので、 「行う(おこなう)」ではなく「厭う(いとう)」か 「疎う(うとう)」の誤字だったりしますか?
[一言] 流石ロンダリィズ!って感じですね(笑) エティッチの才…確かに気になる!
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