意外な人物が繋がりそうです。
「なるほど。それは少々問題だな」
休暇を取って赴いていたお茶会から帰り、帰宅したイースティリア様と食事を摂る際に、アレリラはウルムン子爵の件を報告した。
すると彼は、微かに眉根を寄せる。
起こった問題に対して、何か思案する時の表情だ。
「ウルムン子爵は、有能なお方と聞き及んでおります」
「事実だ。手際が良く的確な采配を行う。少々人間関係を軽視する面はあるが、個々人の能力に合わせた割り振りに関しては問題がなく、数字や報告の誤魔化しにも厳しい」
「効率の良い運用をしたり、不正を未然に防ぐ能力がおありなのですね」
「そうだ」
ということは、やはり彼の不興を買いやる気を削いでしまうのは問題がある。
サラダにサクッ、とフォークを刺して口に入れたアレリラは、舌に感じたドレッシングの微かな甘味と香りに小さく目を細めると、側に控えていた侍女長、ケイティに向けて手を上げた。
「何かございましたか?」
「ドレッシングに、おそらく煮て濾した人参の汁を使っておりますね。イースティリア様は甘みのある人参を少々不得手としておりますので。お出しする際はドレッシングやグラッセ等の調理や煮る、蒸すなどをせず、塩や胡椒で焼いたものなどをお出しするように料理人にお伝え下さい」
アレリラの言葉に、軽く目を見開いて驚きを示したケイティは、すぐに頷いた。
「畏まりました」
「気づいていたのか?」
イースティリア様も不思議に思ったのか、そう問いかけてくる。
「食の好みは、重要です。舌に合わないものを食した後は気分が沈み、業務や余暇に差し障りが出ることもございますので、イースティリア様の好みは極力把握するように努めております」
秘書として側に仕え始めた頃からの習慣で、お得意でないものを食された時は、いつもより皿の料理が減る速度が遅く、口の開き方が小さい。
表情には出ず、イースティリア様は昼食に関しては出されたものに文句をつけたりはされなかったので、アレリラが宮廷料理人に気づくたびに伝えていた。
「苦手なものが宮廷で出てこなくなったのは、君の采配か」
「差し出がましいことをして申し訳ありません」
本人に伝えるつもりはなかったが、隠すつもりもなかったアレリラは、気に障ってしまった可能性を考慮して、頭を下げる。
しかしイースティリア様は、それに対してかすかに頭を横に振った。
「いや、問題はない。嬉しく思う」
「恐縮です」
話を遮ってしまったアレリラは、次に鳥のソテーに手をつけながら、再び話題を振った。
「ウルムン子爵の件については、どうなさいますか?」
「良い機会だと捉える。王太子妃殿下が、国の事業として行う大街道の整備事業が今後あるのだが、彼にその一部を取り仕切らせてみよう。総括が妃殿下となる為、問題が起これば妃殿下の責となる」
「早々問題は起こせない、と」
「それもある。が、緊張が伴う以上、『どのようにすれば問題が起こらないか』を学ぶ、いい機会だろう。身分を理由に下の者を軽視するという振る舞いが見受けられるという報告もあった以上、対人面に関して幾つかの注意をした上で、改善が見られるかどうかを観察する必要がある」
「もし改善されなければ、どうなさいますか?」
「これ以上の重用は出来ない、と判断することになるだろう。問題の根を洗い出し、改善可能であればその限りではないが」
アレリラはひとまず頷いて、考える。
大街道整備は、今回は西部の国との人的・物的交流を強化する為に行うもの。
向こうの公爵と縁を繋ぎ、領地間横断鉄道を敷き、娘を嫁がせたロンダリィズ伯爵の領地に向けて整備される。
近年は友好関係にあるが、流石に王都まで他国から直線で来れる鉄道を伸ばす訳にはいかない為、ロンダリィズ領を経由して鉄道を敷くための第一歩となる。
国力強化の大事業だ。
そんな大事業の一端を担わせるほど、イースティリア様がウルムン子爵の能力を評価なさっておられるのなら、欠けた部分があることで評価を落として、ただ手放すのは勿体ない。
「ウルムン子爵の件について、お茶会で詳しい話を聞いたのですが」
「重要なことか?」
「はい。個人的には人と軋轢を起こす原因は、身分差よりも性格の問題なのではないか、と感じました」
アレリラ自身も、人から近寄り難いと長い間思われていた。
今でもさほど改善はされていないが、少なくとも業務上では円滑にコミュニケーションが取れるようにはなっている。
その軋轢の原因の多くは、アレリラの率直過ぎる物言いにあった。
「ウルムン子爵は、おそらく人との適切な距離感を掴むのが、苦手なのではないかと。私の場合、一律に対応することが問題でした」
上司であっても同僚であっても部下であっても、その業務に瑕疵があればアレリラは同じように指摘していた。
その態度が『生意気だ』と上司や年上、あるいは男性の同僚から反感を買い、当時の直属の上司であったオースティに『伝え方の問題』と指摘されたのだ。
そこで、個々人ごとに伝える方法を変えた結果、円滑に仕事が出来るようになった。
「彼の場合は、爵位や立場が上の者であれば、問題なく対応出来るようです。イースティリア様の評価が高いのも、それが理由の一端かと思われます」
「一理ある」
「業務とは関係のない、婚約者候補の女性に最初から距離が近過ぎて関係が発展しないこと、酒席でペフェルティ伯爵に注意を受けた結果、暴言を吐いた、という具体例も提示されました」
つまり女性への対応や、自分より何らかの能力が劣ると感じている相手、そして立場が下の者への対応が問題ということになる。
「ふむ。……有能な女性と組ませるか?」
「それも対応策としては有効ですが、相方となる方に負担をかけることになります。モノの見方を変える、という視点でご提案したいのは、普段関わりのない、女性や他者が優位な場というものを設けて、研修をさせるのも一つかと」
「具体的には」
「そうですね……彼になんらかの趣味があれば、それに関しての討論やゲームなどを、酒が入らないような状態で共同で行ってもらう、などが有効な手段かと」
イースティリア様は、食事を終えられると口元をナフキンで優雅に拭い、一つうなずいた。
「ウルムン子爵は、釣りや家庭菜園、庭造りなどを趣味としていると聞いている」
「意外ですね」
それがアレリラの率直な感想だった。
短気で行動的な印象のある男性だったので、そうした物静かな一人で嗜むことを好んでいるとは思わなかったのだ。
「そうか?」
イースティリア様は、意外だとは思っていないようだった。
「ウルムン子爵は、人と話すことが元々不得手だという印象だが。それは人と関わるのが苦手で一人でいることを好み、故に距離感を掴みかねるのでは?」
「なるほど」
イースティリア様の観察眼は、いつでもアレリラに新しい見方を提示してくれる。
「では、短気と感じるのも、人の言葉を率直に受け止めてしまうから、でしょうか」
「可能性は高いな」
「……では、わたくしのほうで一人、そうした趣味に理解がありそうで、かつ人のあしらいが上手いご令嬢に心当たりがございます」
「ご協力いただけそうか?」
「おそらく、面白がるのではないかと。ロンダリィズ伯爵家が変わった家訓をお持ちで、その為に一通りご自身で全ての日常生活を送れるように仕込まれる、というお話を伺いました」
「エティッチ・ロンダリィズ伯爵令嬢か。ロンダリィズ伯爵は、ご自身で畑の管理をなさる方だ。可能性はあるな」
「ええ。一度打診を?」
「ご令嬢自身に問題がないようであれば、頼めるか」
「承りました」
アレリラはうなずき、出された食後のお茶に口をつけた。
ロンダリィズ家のご令嬢は、自分で薪割りまで出来る剛の者たちです。
そしてエティッチ嬢は、イケメン大好きで、ウルムン子爵は結構なイケメンです。
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