お友達が、出来ました。
「……ほぇ?」
アレリラの言葉に、ボンボリーノはアーハと共にポカーン、と口を開けて、間抜けな顔をしていた。
「婚約解消の打診を、前伯爵様に受け入れられずああした手段を取ったこと。オースティ氏へ、わたくしの就職の打診をしていただいたこと。イースティリア様とのご面会の際にわたくしを推挙して下さったこと。それらのことをつい先日お伺い致しまして、己の不明を恥じた次第にございます」
思い返すに。
以前のアレリラは、決してボンボリーノ本人に興味を示していたとは言えなかった。
後々、人との繋がりや業務を円滑にする為に必要なことを考察した際に、ボンボリーノはアレリラと、少ないながらも交流を持とうと努力していたのだと気づいた。
それは月に一度のお茶会での話題であったり、あるいは図書館まで訪ねてきて話しかけて来たことであったり、旅行に誘ってくれたことであったりした。
当時、結婚することが決まっていることや、人との交流がどうした意味を持つのかを明確に理解していなかったアレリラは、彼の行動の意味を理解出来ていなかった。
人との繋がりというのは、決して実利のみの付き合いで深まるものではないのだということを知ったのは、オースティ氏の取り成し方を学んでからのことだったし、明確に理解したのはイースティリア様と知り合ってからだった。
この方に失望されたくない。
そう思うイースティリア様と……人として、上司として尊敬できる方と共に働き、彼がアレリラにはない視点で様々な物事を説いてくれたから。
その結果、ようやくボンボリーノの行動の意図を理解出来る様になり、教えられた裏事情によって、謝罪をせねばならないことに気付いたのだ。
「ペフェルティ伯爵は、人との繋がりを大事になさっておいでです。わたくしに対しても、常々手を取り合おうとなさってくれていたのに、わたくしは理解出来ておりませんでした」
何かを楽しいと思ったら、それを共有したいと願う。
話をすることで、お互いが異なることを理解した上で、その考えを尊重する。
ボンボリーノは、アレリラを否定しなかった。
けれど、それ楽しいの? 面白いの? そればっかりじゃなくても良いんじゃないの? と。
常に問いかけ、自分の考えを披露していた。
そして分からないと言いながらも、決してアレリラに何かを辞めろとは言わず、誘いを断っても強要はしなかったのだ。
彼に足りないところは数多い。
それは先ほどのイースティリア様とのやり取りでも当然そうだったし、支えているアーハでさえ完璧なサポートをしていたわけではないけれど。
不完全な二人は、不完全ながらもきちんとお互いを支え合っていた。
完璧でなければ、と狭い視野で気を張っていたアレリラの態度は、そしてそれ以外での意思疎通を軽んじていた自分は、きっとボンボリーノにとって息苦しかったことだろう。
彼は、アレリラの前でも笑っていたけれど。
アーハに対するように、心から笑ってはいなかったのではないだろうか。
アレリラが、イースティリア様に対するような気持ちを、彼に向けなかったのと同じように。
「お互いを理解する努力を、わたくしの方からも返していれば、ペフェルティ伯爵や夫人があえて汚名を被ることもなく過ごせたかもしれませんし、あるいは円満な解消に向けて努力出来たことでしょう。そんなわたくしを気にかけていただき、誠にありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした」
アレリラが深く頭を下げると、夫妻はひどく慌てた様子を見せた。
「いや、ちょ、侯爵夫人がオレなんかに頭下げたらダメだよ〜!?」
「そうですよぉ〜。それに私たち、迷惑とか思ってませんでしたしぃ〜」
「いえ。これは、わたくしの不始末ですので」
「堅い! 堅いよアレリラ嬢〜!」
「ボンボリーノぉ、ウェグムンド夫人よぉ〜!! でも頭を上げて〜!」
二人があまりにも焦るので、アレリラが頭を上げると、二人はあからさまにホッとした。
一応高位貴族夫妻としてそれはどうなのか、と思わなくもないが、これが決して悪いばかりの態度ではないのだということを、もうアレリラも理解していた。
「いや〜、アレリラ嬢はそう言ってくれるけど、オレもごめんな~。バカだからあんな感じしか出来なくてさ~」
と、ボンボリーノがぺこりと頭を下げる。
そしてすぐに上げた。
「でも、オレもお前にムカついてたし〜、アーハと浮気したのは事実だし〜、アレリラ嬢を二人に話したのも別に深く考えてたわけじゃなかったし〜」
お互い様じゃね? とヘラヘラ笑うボンボリーノは、確かに賢いとは言えないのかもしれないけれど。
自分に足りないものを素直に認めることが出来るというのは、大きな強みであるのだとアレリラは思う。
さらに、ボンボリーノは意外なことにアレリラを褒め出した。
「それにオレ、ムカついてたけどアレリラ嬢のこと嫌いじゃなかったよ〜。お堅いとは思ってたけど、オレに分からないこといっぱい知ってたし、成績も良かったし、いっつもピシッとしててカッコよかったし〜」
「そうですよぉ〜。貴族学校でもずっと高嶺の花で、ボンボリーノにはもったいないって言われててぇ〜! このおバカに粉かけられた時も、ウェグムンド夫人を捨てて私なんか選ぶって信じられない〜って思ってましたもん〜!」
「そう、なのですか?」
ずっと人から避けられていると……本当は自分から人を遠ざけるような態度を取っていたのだけれど……思っていたとアレリラは、その言葉に戸惑った。
「そーだよ〜。アーハと出会った旅行誘ったのもさ〜、オレはアレリラ嬢は多分来ないよ〜って言ったんだけど、友達の婚約者が君とお近づきになりたいって言ってたからだし〜来なくて残念がってたし〜」
「ボンボリーノが『オレにはもったいないから別れたい』って言わなかったら、さすがに私も協力しなかったっていうか〜。おかげでボンボリーノと結婚できて嬉しいけどぉ〜」
「あはは、オレもだよハニー」
いつの間にか二人でイチャイチャし始めたボンボリーノ達の姿を見て。
アレリラは、口元をかすかに緩めていた。
なるほど、これは確かに。
「ーーーお二人は、とてもよくお似合いですね」
気づけば、アレリラはそう口にしていた。
こちらを見て、またなぜかポカンとした二人は、それから嬉しそうに歯を見せて笑う。
「アレリラ嬢と宰相閣下もすげーお似合いだよー!」
「いや〜ん、ウェグムンド夫人の笑顔とっても素敵〜! これからお友達になってほしい〜! 皆に自慢出来るしぃ〜!」
キャッキャと騒ぎ始める二人に、アレリラはうなずいた。
「ありがとうございます。わたくしも、ペフェルティ夫人のご友人に加えていただけるなら、大変光栄です。知り合いは多少おりますが、友人と呼べる人はいないので」
口にしてみると、それはとても寂しいことのように思え、また、自分の至らなさに苦笑を禁じ得ない。
「大歓迎ですよぉ〜! お茶会も誘いますし、アレリラ様とお呼びしていいですかぁ〜!? 私のこともアーハって呼んで下さいぃ〜!」
天真爛漫で明るい笑顔に、アレリラは釣られて笑みを深める。
「ええ、是非。アーハ様のお誘いを楽しみに致しております」
それからもう一度、深々と頭を下げたアレリラは、お二人を見送って執務室に戻る。
アレリラはその道すがら、幼馴染みとも呼べるボンボリーノとの日々を思い返していた。
何事も器用にこなせない彼の、欠点ばかりを目にしていたような気がしたけれど。
いつも彼の周りには笑顔の人々がいて、それは間違いなく、人を笑顔に出来るボンボリーノの美点で。
自分は目にしていなかったのではなく、きっと目を逸らし、自分に持たないものを持っていた彼を羨ましいと思っていたのだろう。
気づけなかっただけで、気づいていれば違う未来もあったのだろうと、そう思うけれど。
「感謝は伝えられたか」
「ええ、滞りなく」
それでも一番、感謝しているのは。
やはり、自分のことを理解して、教え導いてくれた、誰よりも尊敬できる、今では最愛の殿方であるイースティリア様に出会わせてくれたこと。
口にせずとも、自分ですら分からないことであっても、理解して気遣ってくれるこの方の側にいられて。
今までの努力があったから、お支えできる。
ボンボリーノと道は違ったし、間違ったことは多くあったけれど。
だからイースティリア様に出会えたし、自分の努力は全てが間違いではなかったと、心から信じることが出来るのだから。
アレリラは責任に重きを置くので、お堅いですが、実は周りから見ると『自分を律してきちんと意見も言える賢い美人』という印象です。
人付き合いが下手で交流がなかったので本人は気付けていませんが、学生時代、常にトップで立ち振る舞いも言葉遣いも完璧な彼女は、ご令嬢の羨望の的であり、ボンボリーノはご令息がたの嫉妬の対象だったりしました。
ボンボリーノも気後れこそしませんが『ああ、アレリラ嬢に比べたらオレってバカなんだよな〜』っていう意識が、彼の人格形成の一因になっています。
アレリラ嬢、初の友人おめでとう! と思って下さった方は、ブックマークやいいね、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価や他作品もよろしくお願いいたします。