謝罪いたします。
「ペフェルティ伯爵様ご夫妻がいらっしゃいました。ご面会のお時間です」
「分かりました」
執務中。
結婚式も無事終えて少しした後。
新たに秘書を二名イースティリア様が雇い入れ、その指導に当たっていたアレリラは、受付の事務官の言葉に立ち上がった。
「顔合わせに懸念があるなら、私一人で赴くが?」
「いえ、問題ありません」
イースティリア様は、当然ながらボンボリーノとアレリラの婚約破棄の顛末をご存知だ。
いかに裏で手を回していたという事実があっても、公衆の面前で婚約破棄された事実に変わりはないので、気遣ってくれたのだろう。
アレリラの方はあの当時、別にボンボリーノに何か思うところがあったわけでもないので、大して気にしてはいない。
自分のことを否定されたように感じたのも、勝手に裏読みしていたことや、夜会の無責任な噂のせいだったので、彼本人が悪かったのは後先考えていなかったらしいことだけだ。
婚約破棄の後、話すのは初めてだけれど、アレリラに遺恨はない。
イースティリアの気遣いに感謝しつつ、応接間に赴くと……一応、礼節は弁えているのか、席の横に立って待っていたボンボリーノとアーハがこちらに目を向けた。
その前に、テーブルの上の高級茶菓子に見惚れて二人で涎を垂らしそうになっていたのは、見て見ぬふりをする。
「宰相閣下、お招きありがとうございます〜。アレリラ嬢も久しぶり〜!」
「お二人とも、ご結婚おめでとうございますぅ〜! 後、ウェグムンド夫人よぉ〜?」
「面会の要請に応じていただき、ご夫妻には感謝する」
「お二人も、わざわざ足をお運びいただきありがとうございます」
相変わらずあっ軽い調子のボンボリーノとアーハの手でも振りそうな様子に、礼儀……と内心軽くため息を吐きながら、アレリラはいつもの鉄面皮で着席を促し、イースティリア様と共に対面に腰掛けた。
「で、本日はどのようなご用件で〜? 金山のことですかね〜?」
「ああ」
ヘラヘラと、どことなく馴れ馴れしい口調で問いかけるボンボリーノだが、イースティリア様はあまり気にした様子がなかった。
他の方がこんな態度を取ったら、かすかに不機嫌そうに眉をしかめている筈なのだけれど。
ーーーお親しいのかしら?
あまり二人が結びつかないが、夜会で会う以外にも幾度か顔を合わせたことがあるということなので、話をするのが初めてではないのかもしれない。
というアレリラの疑問は、すぐに解消された。
「銀山の時に引き続き、素晴らしい幸運に恵まれているな」
「めちゃくちゃ焦りましたけどね〜。オレ、単に旅行に行った時に砂金が流れてるの見つけて、あっちの方になんかあるかも〜、って言っただけなんですけどね〜」
どうやら、ボンボリーノが金山を見つけたようで、銀山の話で面識があるという話らしい、と当たりをつける。
「今日は、誰にどういう形で頼むかの打ち合わせがしたいと思ってな」
「え〜? そんなの、閣下の良いようにしたら良くないすか〜?」
「ボンボリーノぉ〜。いつもそんなんじゃダメって言ってるでしょ〜? 今の所有者はまだあなたなんだから、宰相閣下だって話をしないと動けないのよぉ〜。聞いて頷いといたらいいから〜」
「そっかぁ〜、分かったよハニー!」
人前でイチャイチャしない。
本人の前で『聞いて頷くだけで良い』とか言わない。
責任を丸投げない。
言いたいことはいくらでもあるけれど、アレリラは黙っておく。
イースティリア様が、何故か楽しげで気分を害していないからだ。
ーーーどういうことなのかしら?
もしかしたら、アレリラの知らない何かが二人の間にあるのだろうか。
後で聞いてみよう、と思っている間に、素早く持ってきた書類を二人の前に並べて、イースティリア様に軽く頷きかける。
「そちらの書類を見てほしい。金山の譲渡に関しては、通常の土地の移譲と変わらないので、さほど気にする必要はない。土地代の支払いと、施工の際に必要な人手や仮の住まいの建設金などはこちらで請け負い、建設はぺフェルティ領にて行う予定だ」
アレリラは、ぺフェルティ領について婚約者時代に前伯爵から色々と教えられている。
金山があるのはウェグムンド侯爵領・ダエラール子爵領にほど近い田舎の土地だけれど、近くに交易を主として栄えた街があるので、そこと山を繋ぐあまり手をつけられていない地域についてもちゃんと把握していた。
なので、そうした手配をアレリラが行っている。
「計画書の細かい点はまた詰めなければならないが、おそらく人員が揃えば彼らの落とす金でぺフェルティ領は潤うだろう。また、資材などの手配をぺフェルティ夫人のご実家に任せようかと思うのだが」
「だってさ〜、どうする? ハニー」
「良いわよぉ〜。パパに出来そうなところだけお願いしとくわね〜」
アーハの父である男爵は、元々ぺフェルティ領出身で、そこで商売を起こした後に王都に手を広げた方だという。
勝手知ったる歴戦の商人だということなので、不安はないだろう。
「金山譲渡に関する利益の分配については、新たに作られる街での商売の優先権と、関税管理などをお任せしようと思う」
元々ぺフェルティ領地内ではあるのだが、初期費用を出すのはウェグムンド侯爵家だ。
その辺りを肩代わりした上で、利益を譲るという話に、ボンボリーノはヘラヘラと頷こうとしたが。
「もう、ボンボリーノぉ〜。いくらバカでも、お金の話は簡単に頷いちゃダメって言ってるでしょぉ〜?」
アーハが、ペシリ、とボンボリーノの頭を叩く。
「え〜? だって宰相閣下の話じゃ〜ん。大丈夫っしょ〜?」
と言いながらも、ボンボリーノは書類に目を落として……あれ? と首を傾げた。
「えっと〜、金山の管理って、ダエラールのおじさんに頼むの〜?」
ボンボリーノは、どこか困ったような顔でアレリラに目を向ける。
「その予定で、イースティリア様はお話を進めておいでです」
「それに〜、職人たちの管理が文官のウルムン子爵かぁ〜……えっと、宰相閣下〜?」
「聞こう」
ボンボリーノは、ヘラヘラと笑いながら、とんでもない事を言い出した。
「オレ、ウルムン子爵嫌いなんですよね〜。変えてくれないですかね〜?」
と。
「彼は領地こそ持たないが、宮廷業務における財政管理は評価が高く、実績も上げている。何か問題があるのか?」
好悪で? と訝しむアレリラの横で、イースティリア様は淡々と問い掛ける。
「あの人、目上には丁寧なんだけど、下の人は無視したり小バカにしたりするんですよね〜。オレも何回か話したことあるんですけど、なんかイヤ〜な感じするんですよ〜」
「ボンボリーノぉ〜、その言い方じゃダメよぉ〜。バカねぇ〜」
アーハが口を挟み、首を横に振る。
「私もあの人嫌いだけどぉ〜、夜会で女の人にしつこく迫ったりとか〜、酒癖が悪かったりとか〜、そういうトラブルを起こしそうな行動が多いからでしょぉ〜?」
「ゴメンねハニー! そう、そういうこと〜!」
あはは、と笑い合う二人に、イースティリア様は小さく頷いた。
「なるほど。意見は参考にしよう。代わりの人材としては?」
「ん〜、補佐のところに名前があるオースティさんとかかなぁ〜」
それは、アレリラを文官に引き立ててくれた人の名前だった。
ボンボリーノが、口利きをしてくれたという彼は、元々アレリラの上司だった。
「どう思う、アレリラ」
イースティリア様の問いかけに、彼の人となりを淡々と説明する。
「悪くはないでしょう。華々しい実績を上げておられる方ではありませんが、調整や根回しなど、波風が立たぬよう立ち回れる方です。仕事も早いですし、元から他人と揉め事を起こさない穏やかな性格をしておられます」
アレリラが入った後、いまいち人との距離感が掴めずに何度かぶつかった時に、間に入ってくれた。
人の話をよく聞き、対立を収めてくれる姿勢には見習うところが多かった方だ。
「では、差し替えよう。そのように手配してくれ」
「よろしいのですか?」
アレリラは驚いた。
イースティリア様が、自ら書類に目を通すこともなく重要な人事を決断なさるのは稀なことだ。
「ボンボリーノ氏とアーハ夫人、アレリラが推すのなら間違いはないだろう」
自分と彼らがそこまで信頼を置かれていることに、さらに驚いたアレリラだが、ボンボリーノはいつも通り気にした様子もなく、さらに提案する。
「後〜、ダエラールのおじさんとこに頼むなら、アレリラ嬢の、おっと、ウェグムンド夫人の弟のフォッシモくんの方が良いと思いますよ〜」
「そちらは?」
「おじさん気が小さいから、金山の管理なんかオレみたいにアワ吹くと思うし〜。あの子はオレみたいにバカじゃないし~?」
「貴族学校でも成績良かったって、従兄弟の一人が言ってたわよねぇ〜」
「それは事実ですが」
アレリラほどではなくとも、フォッシモは優秀な成績で卒業している。
「経験不足では」
「補佐をつけよう。どちらにせよ、ダエラール領を継ぐのであれば最終的な監督は彼になるだろう」
「畏まりました。でしたら、ウェグムンド領で有望な方をリサーチしておきます。また、オースティ様にも適任が文官の中にいるかを打診しておきます」
「頼む」
それから細かいところを詰め終え、アレリラは三人にお願いした。
「少々、ペフェルティご夫妻にお時間をいただけますでしょうか? イースティリア様は先にお戻りいただければと」
彼はうなずくと先に出ていき、不思議そうな顔をするボンボリーノ達に、アレリラは頭を下げた。
「ペフェルティ夫妻に、感謝と謝罪を致したく、お時間を取らせていただきました。私の私有財産を手配してくれたこと、並びに今までの非礼の数々をお許しくださいませ」
ボンボリーノ夫妻への面会。
ぽかーんとする彼らを前に、アレリラは何を語るのか。
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