どうしたのかなぁ?
※この作品は、拙作『お空が晴れてる!』『いたいよぉ!』『明日は遠足!』の続編として書かれていますが、そちらを読まれていないかたも楽しめるように書いています。もちろんそちらをお読みくださったかたも楽しめます(*^_^*)
「……ただいまぁ……」
部屋のドアが開いて、ゆいがふらりと帰ってきました。なんだかほっぺたが赤くなっています。どうしたのでしょう?
「ゆいちゃん、どうしたのかなぁ? 風邪とかかしら?」
まんまるふっくらした、くじらのぬいぐるみがいいました。
「でも、けさは元気だったよね。学校の先生からも電話なかったでしょう?」
にっこり笑っている、くまのぬいぐるみが首をかしげます。
「うーん、でも、風邪のような気がするよ」
小さなひよこのぬいぐるみに、やっぱり小さなうりぼうのぬいぐるみもうなずきます。
「うん、だってゆいちゃん、なんだかボーッとしちゃってるもん」
うりぼうのいう通りでした。ゆいはランドセルを学習机にドンッと置くと、そのままボフッとベッドに倒れこんだのです。ベッドが波打ち、ぬいぐるみたちのなかでも、一番古株の、アザラシのぬいぐるみがぽふんと浮きました。
「わぁっ、もう、ゆいちゃん、びっくりするじゃないか」
「ぐぇぇ、そんなことより、助けてくれよぉ」
ゆいはからだを起こして、それから足でつぶれていたシャチのぬいぐるみを助け出します。アザラシの次に古株の、シャチのぬいぐるみは、むくれたように文句をいいます。
「もう、重いよ! ゆいちゃん、ちょっと太ったんじゃないの?」
ゆいがハッと顔をあげたので、シャチはビクッと固まってしまいました。ぬいぐるみたちの声は、ゆいには聞こえないはずです。ですが、ゆいの目からはぽろぽろと、涙があふれて止まらないのです。シャチはあわてて言い訳します。
「ちちち、違うんだよ、ゆいちゃん! おれは別にそんな、ちょっと重くてびっくりしたから、思わずいっちゃっただけで、ゆいちゃんは太ってなんていないよ!」
シャチの言葉が聞こえたのでしょうか、ゆいはぽつりとつぶやきます。
「……わたし、太ってないかなぁ……」
「そうだよそうだよ、ゆいちゃんは太ってなんていないよ! なぁ、みんな!」
シャチにいわれて、みんないっせいに声をあげます。
「そうだよ、ゆいちゃんは太ってなんかいないわ!」
「スリムだよ、だから自信もって!」
「そうだよ、全然重くないよ!」
今日はみんなの声が聞こえるのでしょうか? ゆいの顔がだんだんとほっこりにんまりしてきます。
「……そうだよね、太ってないよね。……勇気先生も、ゆいのこと……」
「きゃっ!」と恥ずかしそうな声を出すと、ゆいはシャチをぎゅうっと抱きしめました。その様子を見ながら、かえるのぬいぐるみが、お友達のキノコのぬいぐるみを抱きしめながら「ははーん」とつぶやいたのです。
「そうかそうか、そういうことか」
一人でうなずくかえるに、アザラシがたずねました。
「いったいどういうことなの?」
「簡単だよ、ゆいちゃんは、恋をしているんだよ」
恋と聞いて、みんな目を丸くしてしまいました。
「コイ? 池とかで泳いでるやつか? ぐぇぇ……」
ゆいにぎゅうっとされながら、シャチがかえるに聞きました。みんなも興味津々といった様子で、かえるを見ています。
「違うよ、お魚のコイじゃなくて、恋だよ。ほら、すっごく好きだよっていう、あの『恋』だよ」
「ええーっ!」
これにはみんな大さわぎです。それもそのはず、今までゆいは、お友達の女の子たちの話こそしていましたが、男の子の話なんてしたことがなかったのです。でも、かえるはまだちょっと考えこむようにうつむいて、それから「ふーむ」とうなったのです。
「でも、ただの恋じゃないぞ。だってゆいちゃん、さっき『勇気先生』っていってただろ」
「あっ!」
かえるの言葉に、みんな固まってしまいました。やっぱりみんなの声が聞こえるのでしょうか、ゆいはほおをぎゅっと押さえながら、溶けちゃいそうなほほえみをうかべたのです。
「勇気先生、かっこよかったなぁ……。塾に行かされるって決まったときは、すっごくいやだったけど、あんなかっこいい先生がいるなら、毎日でも行きたいなぁ」
とろんっとした目で、ゆいはシャチをじーっと見ていましたが、なにを思ったのか、くちびるをつきだして、シャチをゆっくり顔に近づけていったのです。
「ちょ、待ってくれぇ、ゆいちゃん、おれは勇気先生じゃないぞ!」
むちゅーっとゆいにキスされるシャチを見ながら、みんなはぁっとため息をつくのでした。
その日から、ゆいはいつも勇気先生のことばかりを話すようになりました。ぬいぐるみたちをぎゅうっと抱きしめて、勇気先生のかっこいいところや、素敵なところを延々と聞かせるのです。風邪とかじゃなかったのは良かったですが、ぬいぐるみたちはもううんざりしているのでした。
「くそう、もしその勇気先生と会ったら、おれ絶対かみついてやるからな!」
ゆいに何度もキスされて、ベトベトになったシャチがどなります。アザラシが笑いながらからかいました。
「でも、よかったじゃんか。ゆいちゃんにいっぱいちゅーされて」
「よくないよ! ベトベトになったら、またママに洗われちゃうじゃんか」
ゴシゴシぎゅうぎゅうされるのを想像して、シャチがぶるるっと身ぶるいします。アハハとくじらが笑いました。
「でも、ゆいちゃんの初恋、実ってほしいわね」
くじらの言葉に、みんな、さっきまで文句をいっていたシャチまでもが、こっくりうなずきます。と、ガチャリとドアが開いたのです。ゆいが帰ってきたようです。でも、様子がなんだかおかしいです。
「ひっく……ひっく……」
ランドセルを乱暴に床に置くと、「うわぁんっ!」と泣きわめいてから、ベッドにダイブしたのです。アザラシとシャチが下敷きになりますが、ゆいは構わずぎゅうっとくじらを抱きしめます。
「ひどいよぉ……! 勇気先生、好きな人いるって! フィアンセがいるって! うわぁぁぁん!」
ものすごい勢いで泣きわめくゆいに、くじらはされるがままになっていました。他のぬいぐるみたちも、ずっぷりと沈んでいました。誰一人声をあげる者はいません。そのままゆいの泣き声だけが、部屋に静かにひびくのでした。
「……ゆいちゃん、結局塾は行くことにしたんだね」
くじらがさびしそうにつぶやきました。シャチがキバをむき出しにして、怒ったようにうなります。
「くそう、もし勇気先生と会ったら、おれ絶対かみついてやるからな! ゆいちゃんのカタキをとってやるぜ!」
「そんなことしたら、ゆいちゃんもっと傷つくだろ」
アザラシがあきれたようにツッコみます。
「なんだとっ!」
「ちょっと、ケンカしないでよ!」
シャチとアザラシのあいだに、くじらがあわてて入りました。ケンカにはなりませんでしたが、他のぬいぐるみたちもみんな沈んでいます。と、ガチャリと部屋のドアが開きました。
「あっ、ゆいちゃん帰ってきたよ!」
かえるの言葉に、みんなも顔をあげてゆいを見ます。そして、みんな目を丸くしたのです。ゆいのほっぺが赤くなっていたのです。もしかして風邪でしょうか?
「はぁ……」
小さなため息をつくと、ゆいはランドセルを学習机にドンッと置き、そのままボフッとベッドに倒れこんだのです。ベッドが波打ち、アザラシがまたしてもぽふんっと浮きました。いったいどうしたのでしょうか? みんな心配そうにゆいを見ます。すると――
「塾でいっしょのクラスになった、彰浩くん、かっこよかったなぁ……」
それだけつぶやくと、ゆいはシャチをひょいっと抱き上げ、そしてくちびるをつきだして、むちゅーっと……。
「うわぁ、やめろぉ! おれは彰浩くんじゃないぞ!」
お読みくださいましてありがとうございます(^^♪
ひとまずこれで『ゆいちゃんのぬいぐるみ』シリーズは終了となりますが、もしかしたらまた続編を書くかもしれませんので、そのときはまたお楽しみいただければ幸いです(^^♪
ご意見、ご感想などもお待ちしております(*^_^*)