001 『ハロウィン、そしてウィリアムとお菓子』
※大災害から数年後のアキバという設定です。
『今日はハロウィンだな、主君』
「えっ、そうなの!?」
〈円卓会議〉の事務作業で三日三晩徹夜していたせいか、日付感覚が狂ってしまったのだろうか。
『そうだぞ、主君』
『仕事のしすぎはよくない』
あまりにも正論なアカツキの言葉がシロエにグサリと刺さる。
「ハロウィンって聞くと、あの時の遠征のことを思い出すね」
シロエは〈奈落の参道〉大規模戦闘の時のことをふと思い出した。
『主君についていけなかった時、私はとても寂しかったぞ』
「あはは、ごめんこめん」
〈円卓崩壊〉事件を経て、ススキノとアキバの親交は活発化した。一時期にゃん太班長とボロネーゼ親方の2人が〈記録の地平線〉ギルドハウスでしょっちゅう料理対決をしていたのはシロエの記憶にも色濃く残っている。
「最近見てないけど、ウィリアム元気かなぁ」
というのも、最近〈円卓会議〉は開店休業状態となっている。
理由は至極単純。議論することがないのだ。
月への通信に関しては〈ロデ研〉が八木アンテナの研究開発を順調に進めていると以前報告があったし、最近は特に目立った事件も〈典災〉等各種モンスターの襲撃もないからである。
『ウィリアム殿か』
「うん、数週間前の円卓会議で会ったっきりなんだよね」
『まあウィリアム殿のことだ、ススキノで毎日ラーメンでも食べているのだろう』
「太りそうだなぁそれ…」
『そういう事言わない、主君』
「うっ」
また正論をアカツキにかまされてしまった。
―数時間後。
『シロエち』にゃん太が声を掛ける。
「どうしたの班長」
『客人がお見えですにゃあ』
ハロウィンの日の客人。なぜか嫌な予感がする。
「お客さんかあ」
『何かと久しぶりですにゃ』
「そうだね、班長」
(とりあえず、出迎えするか…)
そう思いつつシロエがギルドホールのドアを開けたその時。
『トリック・オア・トリート〜!シロエさん!』
「ウィ、ウィリアム!?」
なんとゲーム時代のハロウィンイベントで配布された〈仮装用装備〉(なおステータスUPは皆無)を身につけたウィリアムが来ていた。
(さすがに予想外だぞ、これは…)
さすがのシロエも突然の出来事に動揺を隠せない。
『シロエさん、お菓子も持ってきたぜ』
『親方特製さ』
(何だこのよく分からないお菓子は…)
透明なビニール的な素材に入ったお菓子は、飴のような…グミのような…それとも煎餅のような…?
強いて言うならよく分からない物体だった。どんな風に調理したらこうなるのだろうか。調理失敗した時の、あのゲル状の物体が混ざっているのではないか?そう思うほどだ。
「あ、ありがとう…」
『見た目はちょっとアレだがさすが親方、味に関しては一級品だぜ!』
見た目はアレだけど。料理失敗のゲルに負けず劣らずの形をしている。
そうシロエは思ったが、そんなに押されては断れない。
…ということで、とりあえずひとくち食べてみることにした。
…のだが。
「お…お…」
『お、おいシロエ、どうした…?』
ウィリアムはなにがあったのか、と驚いたような表情をしている。
「おいしーーーーーーいっ!」
見た目に反して予想以上の美味しさ。
『それはよかった、親方にもちゃんと伝えておくぜ』
「見た目はどうにかしておいてっていうのも、よければ」
『ああ、折を見て伝えておく』
お菓子の見た目の件も伝えられるのか。自分で言ったのになんだか罪悪感を感じる。
「ありがとう」
シロエは素直に感謝の気持ちを伝えた。
『じゃあな、シロエ また会いに来るぜ』
「うん、じゃあまた」
(また、って いつ来るんだろう…)
そうシロエは考えた。スノウフェルの時期だろうか。お正月だろうか。
「サンタクロースのコスプレとか、ウィリアムならしかねないよなぁ」
『なに独り言をつぶやいているのだ、主君』
「うわっ」
さっきまでいなかったはずの〈暗殺者〉の少女が急に現れて思わずシロエは声を発してしまった。
『うわっ、とはこれまた失敬な』
「ごめんごめん、ほんとにごめん」
『わかればいいのだ』
…
アキバの街のドタバタした日常は、ゆっくり、ゆっくり続いていく。
〈了〉