第006話「贈り物はワ・タ・シ」
「ふぅ、今日も一日疲れた」
名前の無い村の中心にある、この村唯一のバー。
その中で、ユウは疲れを吐くかのように溜息を零した。
「それで、例の四人はどうだった?」
「まあ、使える奴だったよ」
「そう言えばさ、俺昔さー」
「あははは、マジかよ」
しかし、そんなユウの心情とは裏腹にバーは人、エルフ、スライム、ゴブリン、オークと多種多様の種族が互いに今日あったことや過去の武勇伝を語ったりと一種の祭りのような雰囲気と化していた。
もちろん、元勇者でそれなりに楽しいことが好きだったユウも普段は祭りに入る方だ。
なら、そんなユウが何故今日に限ってそうならないかと言うと、それは今日一緒に酒を飲んでいる人物が原因だった。
「なあ、義息子よ。
どうすれば……孫に……」
「……すみません。お義父さん。
こればかりは俺もどうしようも出来なくて。
サキもジークが慣れるまで、週一しか会っちゃダメと言ってきかないので」
そう言うと、クソッ、やっぱりだめかと呟きながら、ユウの義父の魔王はグラスを盛大に机に叩きつけた。
「くそっ、マスター、酒を!!」
「はいはい、分かりました。
あ、ちゃんとバケツ抱えて飲んでくださいね」
「分かってるよ!!」
そう言って、バーの店主である竜人の店長に酒を注いでもらった魔王は一気にグラスに入った酒を飲み込んだ。
その瞬間、白骨となっているため、当然と言えば当然なのだが飲んだ酒は下顎の空洞から一気に零れだし、抱えていたバケツにドバドバと落ちていった。
「……口からどんどん零れるのによく飲みますね
ところで魔王様、魔王様は容姿的……と言うより、空洞だらけで飲食は難しいと思うんですけど、味、分かるんですか? と言うより酔えるんですか?」
そして、そんな魔王の姿に疑問を抱いた店主が魔王に質問した。
「そんなの酔えないに決まっているだろ。
ただ、味は骨に当たった部分から感じられるから正確には味の感触を楽しんでいる感じだな。
あと、単に人間だったころに感じた酔いはまだ覚えているから、そのことを思い出しながら飲めば酔った気分になれる。
まあ、言ってしまえば思い出し酔いだ」
「なるほど。
人間や私たち亜人種の場酔いに近い感じなんですね。
勉強になります」
そう言って、軽く頭を下げる店主。
そんな店主を余所に、魔王はグラスを持ったまま机に突っ伏す。
「それよりさー。マスター聞いてくれよ。
娘のサキがさー。孫が怖がるからって――――」
その時、突然始まった魔王の言葉にしまったと言う顔をする店主。
その店主へこの酔っ払いは自分が対応するから離れていいよと合図をするユウ。
そんなユウの気持ちが伝わったのか、店主は軽く礼を言いながら、すみません。忙しいのでまた今度にと言うと、そそくさと違う客の元へと言った。
「たっく、何だよ。
みんなして、俺をのけ者にして」
そう言って、悪い風に思い出し酔いをし始めたのか、一気に雰囲気が悪くなる魔王。
そんな魔王を前に、ほぼ全員が「いや、お前のせいだろ」と言う無言の言葉が突き刺さった。
まあ、みんなの気持ちはよくわかる。
何せ、ここにいるほぼ全員がほぼ毎日孫に会えないと言うことを延々と言われているのだ。
そりゃ誰だっていやになる。
もちろん、最初は心配したり、気にしなくても平気だと言うやつが大半だった。
しかし、それが三日、四日、五日と続くうち、全員が嫌気がさし、気づけばお義父さんの対応をするのは俺だけとなっていたのだった。
もちろん、俺自身はお義父さんの相手をするのは全く嫌じゃないのだが……
「流石に俺もきつ過ぎる」
日に日に廃れているお義父さんの姿を見るのは流石に堪える。
とは言っても、流石に俺の一存で勝手にお義父さんと息子のジークを合わせるわけにはいかないし。
「さてと、どうすっかな」
と、サービスで貰ったポッチーと言う先端にチョコの乗った有名お菓子を食べながら考える。
そんな時。
「よう、お疲れ様。
何だ。ユウ、何時ものか?」
「よう、オーグ。お疲れ様。
何時ものだよ」
「そうか、マスター。
ビールくれ」
そう言って、俺の隣に座るのは、オークと言う種族で魔王の四天王の一人だったオーグだった。
「それじゃあ、乾杯」
「乾杯」
数秒程度で来たビールを俺と一緒に乾杯すると同時に一気にビールを煽るオーグ。
「それにしても、どうなんだ?
ジーク君はそろそろ魔王様に慣れたか?」
「お義父さんの姿を見て察してくれ」
「分かった。察する。
まあ、とは言ってもだ。魔王様」
「ああ、何だ? オーグ」
「子供なんて気づけば自分のこと好きな人のことは勝手に好きになってくれるんですから待ってれば大丈夫ですよ。
現に家がそうでした――」
「黙れ、美人妻7人のハーレムオーグが」
「ひでぇ!!
俺だって別に好きでハーレムを作った訳じゃないんだぞ」
「お前、それがどれだけ恵まれていることかわかったうえで言ってるだろ」
「……ノーコメントでお願いします」
そう言って、軽く咳をしたオーグは話を元に戻した。
「まあ、でも俺の子供だって生まれてからしばらくの間は俺の顔を見るたびに泣いてたけど今は別に普通に懐いてくれているぞ。
だから、魔王様もそう気を落さずにしていればその内懐いてくれますよ」
「そうか? そうだと良いんだが……」
「因みになんだけど、オーグは子供さんが懐くのに何か特別なこととかしてやったか?」
「特別なこと? 別段そんなのやってないけど……強いて言えば、一緒に遊んであげたくらいか?」
「一緒に遊ぶか……なるほど、難しい問題だな」
「そうですか? 魔王様も骨だけとは言っても人型なんですし、四足獣よりも遊びやすいと思う――――」
「小さいものを持つと、骨の隙間から……零れる」
「……何というか本当にすみませんでした」
「別に気にしてないよ」
とはいうがやはり少し希望してたのか、魔王の肩は一気に落ちる。
とは言っても現に、昔まだ怖がっていないとに積み木を持とうとしたら手の平から落ちるわ、逆に骨の間に詰まって取れなくなったりして右往左往したからな。
流石に、あれをもう一度やる気は無い。
「でも流石に、怖がられている今で抱っこしたりは無理ですし。
となると……やっぱり遊び関係か?」
「でも、大きいものを使うとなると怪我する可能性もあるし、かといって小さいものを使うと今度は零れるし……」
「難しいな」
うーんと、腕を組み、頭の中で試行錯誤する俺たち。
俺も出来れば息子には早くお義父さんに慣れてもらって、二人とも幸せな日常を過ごして欲しいのだが……中々いい案が浮かばない。
「そうか! 分かったぞ。
あるじゃないか! 孫と一緒に遊べて、かつ私のこの体でも問題ない遊びが!!」
その時不意に、何かが思いついたかのように魔王が立ち上がる。
「えっ、本当ですか!?
是非とも教えてください」
「俺にもぜひ、昔救ってもらった恩です。
出来ることなら何でもしますよ」
俺とオーグの言葉に、腕を組み誇らしげに立つ魔王。
その口から、魔王の案が俺へと伝えられ……
「……正気ですか?」
「下手するとサキに永久追放されますよ?」
「なっ、俺の案に何が問題が――――」
「「全てが問題です」」
「ぐはっ! だったら、どうすれば良いんだよ!!」
そう言って、バケツを抱え、酒を盛大に零しながら飲む魔王。
その姿は文字通り悲痛そのものであり、流石に何とかしてあげたいのだが……
「流石にあれはちょっと問題あるよな」
「まあ、このまま何もしないよりかは可能性はあるけど」
「因みになんだけど、お前の子供にそれをやったら――――」
「うちは言っても全員オークの血が入って耐性あるから、大丈夫だと思うが。
少なくとも人間とサキュバスのクオーターだろ?
その手の耐性なんて無いだろうから、下手するとギャン泣きするぞ」
「ですよねー」
「でも、万が一でも可能性があるんだろ?
なら、俺はその可能性に賭ける!!
二人とも協力してくれ!! この通りだから」
「なあ、オーグ」
「ああ、分かるよ。
元とは言え、魔王様が土下座する姿なんて見たくなかった」
まあ、それだけ限界なのだろうし、何とかしてあげたいと思うのも嘘じゃないしな。
「はあ、分かりました。
手伝います」
「俺も手伝うぜ。
魔王様」
「本当か!?」
さっきまでの重い空気はどこへやら、一気に明るくなった魔王。
「そうですよ。魔王様!!
俺たちだってあなたに救われたんだ。
包装くらいなら出来るし、俺にやらせてくれ!!」
「なら、俺は頑丈で軽い箱を用意します」
「僕は家にある一番きれいな紐を持ってきます」
そして、俺たちと同じで土下座する魔王を見てられないと思ったのだろう。
次から、次へと俺も手伝いますと言う声が響く。
性別どころか、種族の垣根さえ超えた俺たちの声。
その声を聴きながら俺は、手を高く上げる。
「よし、お前ら。
お義父さんのために頑張るぞ!!」
「「「「オー!!」」」」
バーの中に響く声。
その声を聴きながら俺たちはさっそく行動に移ったのだった。
そして、翌日早朝。
「と、言うことでお義父さんからジークに、骨とう品のプレゼントだそうだ」
朝食後、全員で協力して綺麗な内装にした箱を前にです。
「骨董品? まあ、嬉しいけどジークまだ1歳ですよ?
骨董品なんて貰っても意味ないと思うのですけど……まあでも、将来何か役に立つかもしれないでしょうしありがたくいただきましょうか。
はーい、ジーク。お爺ちゃんからプレゼントだって」
「うー」
涎を垂らし、無邪気に箱の蓋をぺちぺちと叩く息子のジーク。
その姿はとても愛らしいもので、心が罪悪感でチクチクと痛む。
「因みに包装も、箱もみんなが協力してくれたから、後で俺から礼を言うよ」
「あ、そうなんですか。
じゃあ、そのための菓子折りを今日中に買っておきますね」
「ああ、頼むよ。
それでなんだが……蓋を開けるの、俺が外に出たら開けてくれないか?」
「……? 別に良いけど。何かあるの?」
「ああ、ちょっと準備しなきゃいけなくてな」
「そう、ならあなたが出て行ったら開けますね」
「そうか。ありがとう」
そう言うが早いか、立ち上がったユウはそのまま外へと出る。
そして、その扉が完全に閉まると同時に、サキは箱を息子の手前に置く。
「それじゃあ、お父さんが出たし早速開けましょうね」
「うー」
とは言ってもまだ、箱の開け方も分からない1歳児のジーク。
そんな彼の手を優しく握りながら丁寧にサキは箱を開けていく。
そして、紐が完全に解け、残るは箱のふたを開けるだけとなった。
「はーい、それじゃあオープン」
そう言って、蓋を開けた。
するとそこには確かに立派な骨とう品があった。
そう、立派な、立派な……
「やあ、お爺ちゃんだよ」
魔王の頭部が。
「…………」
「うぎゃぁぁぁぁあああああ!!」
瞬間、家が壊れるのではないかと言うほどの爆音が部屋の中に響く。
「わ、ご、ごめん。
ほらー、いい子いい子って、あ、やべ。体今分離しているんだった!!」
「…………」
「うぎゃぁぁぁぁあああああ!!」
鳴りやまない息子の鳴き声と、あたふたと箱の中を転がる父親の頭部の骨。
その様相を見ながら、箱をテーブルに置き、息子をあやし、魔法でそっと眠らせるサキ。
「あ、あの。サキ、本当にすまなかった。
でも、分かってくれ。俺もさみしかったんだ」
「それで、自分の頭部をボール代わりにして遊んでもらおうとしたってこと?」
「…………はい」
「そう」
そして、ベットに息子を寝かしたサキはそのまま父親の頭部を持ち、部屋の窓を開ける。
そして――――
「ボールを部屋の窓に――――」
「あ、ちょっとまって。ミシミシ言っている。
あれ? なんか痛いイタイイタイ」
「シュゥゥゥーッ!!」
「超!エキサイティン!!」
東部の骨が軋むほどの力で骨投品となった魔王の頭はそのまま村の何処かへと飛んで行った。
そして、魔王の頭部が何処かへ消えた様相を見届けたサキは同時に部屋の前に降伏の意を示すかのように手の平を天へと向けた集団を見つけた。
「弁明、あるなら聞きます」
「「「「ありません。僕たち、私たちは魔王様のために動きました」」」」
桜咲く卒業式のように、全員声を合わせながら頭を深く下げる一同。
そんな全員に冷たい視線を向けながら――――
「お父さんの首、探しといてください。
あと、次やったら。全員一生出禁にするから」
「「「「承知いたしました。サキ様」」」」
バタンと全力で閉まる窓。
その姿を見て、これ以上の叱咤はないと全員は安堵の息を零す。
そして――――
「よし、みんな。
今日はありがとう。
それじゃあ、お義父さんの首を探しに行こう」
「「「「おー!!」」」」
あの時と同じく全員の心を一つにしながら、何処かへ飛んで行った魔王の首を探しに行くのだった。