【7-02】 名前
「ねえ、エルン」
おしゃべり中の巫女たちを眺めていたルーザンが、ふと思い出したようにこちらを向向いた。
「さっき言ってた『シーナ』って、何のこと?」
「ああ、まだ言ってなかったっけ。うちの巫女の名前だよ」
「名前?」
ルーザンが、首を傾げる。
「あの子、シーナの洞窟に住んでるの?」
違う。そうじゃない。
「シーナの洞窟って、聞いたことないけど。そこから、ここに通ってるの?」
いや、だから。洞窟から離れなさい。
「洞窟とは関係ない。人間としての名前だよ」
ルーザンが、いまいち理解してない顔で首を傾げる。
「人間に、名前なんてあるの?」
それはまあ、名前くらいあるだろ。人間なんだから。
あれ? でも、そういえば……。
巫女を連れて挨拶に来たドラゴンは何頭もいたけど、ドラゴンが巫女を名前で呼んでいるところは一度も見たことがない気がする。ルーザンも含めて。
「人間にも、ちゃんと名前があるよ。住んでる洞窟とは関係ないけど」
ルーザンが、驚いたような呆れたような顔をする。
「そんなこと、考えたこともなかった……」
……ドラゴンって、人間に名前があることを知らなかったの!?
「でも、それじゃ……」
ルーザンが、巫女たちの方を見る。
「もしかして、うちの子たちにも名前があったりする?」
「うん、あるはずだよ。聞いてみる?」
おーい、シーナ。その二人の名前、わかるか? シーナが、片方を指しながらゆっくりと発音してくれた。
ね……る? ああ、ネルか。
シーナがもう一人を指して、また同じようにゆっくりと発音してくれる。
ふ……い……ま? フィマね。ふんふん。
「こっちが『ネル』で、そっちが『フィマ』だって」
「ネル……フィマ……」
ルーザンは、しばらく口の中でブツブツと繰り返していたが、やがて巫女たちの方を向くと、恐る恐るという感じで呼び掛けた。
「ネル……と、フィマ?」
ルーザンの二人の巫女が、驚きながらも言葉を発する。その言葉に、ぼくは聞き覚えがあった。シーナも時々使う、このあたりの人間の言葉で返事の意味だ。
数日後には、巫女たちが実はもともと名前を持っていたという話は、すっかりドラゴンの間に知れ渡っていた。ドラゴンたちにとっては、かなりの大ニュースだったらしい。
そして、ドラゴンたちの間で、巫女を名前で呼ぶことが流行した。これって、ぼくが流行を造り出したことになるのだろうか?
中には、巫女をぼくの洞窟に連れて来て、名前の聞き方がわからないので代わりに聞いてほしいというドラゴンも何頭か。シーナを通して名前を聞き出してあげると、とても喜んでくれた。
ドラゴンだけではなく、初めてドラゴンに名前を呼んでもらえた巫女のほうも、とても喜んでくれた。感極まって泣き出す巫女までいたくらい。
そして、もともと「海の向こうから来たドラゴン」としてちょっとした有名人……いや、有名ドラゴンだったぼくは、「巫女に名前があることを発見したドラゴン」としてますます有名になった。喜んでいいものかどうか、よくわからないけど。




