【5-13】 社会
洞窟の中にいたら、外からドラゴンの羽音が聞こえてきた。また、誰か来たかな?
「エルン、元気ー?」
ああ、ルーザンか。
「どう? みんな来てる?」
「うん。さっきも一頭来てた。ビーツさん、だったかな」
「ああ。あのおばさん、話し始めると長いでしょ?」
うん。ぼくが何も言わなくても一方的にしゃべり続けて、言いたいことを言い終わったら帰っていった。
「でも、別に悪いドラゴンじゃないから」
うん、それはわかる。
あれ以来、洞窟にドラゴンが次々と挨拶にやって来る。ちょっと変わった新顔が来たという噂が、近所のドラゴンたちに広まったらしい。
最近独立して自分の洞窟を持ったばかりたという若者ドラゴンから、小さな子供ドラゴンを連れた母親ドラゴン、話好きのおばちゃんドラゴンまで。
おもしろいことに、みんな基本的には同じ姿のドラゴンのはずなのに、顔を見るだけでオスかメスかはもちろん、だいたいの年齢までわかる。ほくのそういう感覚は、ちゃんとドラゴンとして正しく機能するように調整されているらしい。
「次々と来るから、顔と名前を覚え切れないんだけど。ここは、みんな近付かない場所なんじゃなかったの?」
ルーザンが笑う。
「用事がなければ避けるけど、用事がある時は別だから」
「用事って?」
「エルンに会うこと」
ああ、そうか。
それはつまり、ドラゴンにとって人間を警戒するというのは、その程度の理由で簡単にキャンセルできるくらい優先順位が低いということだよな。
確かにそんな雰囲気はある。本気で人間を警戒してるなら、ここへ来るにしても、町から見えないように山に隠れながら飛ぶくらいはしてもいいと思うんだけど。でも、今まで挨拶に来た中に、そんな慎重な飛び方をしていたドラゴンは一頭もいなかった。ルーザンも含めて。
さすがに町の真上を飛ぶのは避けてるみたいたけど、町から丸見えの場所でも特に気にする様子もなく、悠然と飛んで来る。話してみると、みんな口では人間を警戒してると言うんだけど……。本当に警戒してるのかどうか。
それはともかく、いろいろなドラゴンと話をしてみて、いろいろとわかってきた。
どうやら、ドラゴンにとって近所とは『自分の洞窟から途中休憩なしで飛べる範囲』という意味らしい。具体的には、だいたい30分から40分くらい。
ドラゴンが30分も飛べば、かなりの距離になるはず。人間の感覚なら、いくつもの町を含むかなり広い範囲ということになるだろう。
そして、みんな――おもに話好きのおばちゃんドラゴンたち――の話をまとめると、どうやらぼくは、人間に洞窟から盗み出され海の向こうに持ち去られた卵から孵ったことになっているらしい。なるほど、海の向こうで生まれたドラゴンというと、普通に考えればそんな感じになるわけか。
ぼくがドラゴンの常識に疎いのは、最近まで他のドラゴンの存在を知らずに、海の向こうの森で一頭だけで暮らしていたから。ぼくに人間への警戒心が薄いのは、孵ってからしばらく人間に飼われていた経験があるから。確かに、理屈は合ってる。
最近はめったに聞かなくなったけど、昔は実際に時々聞く話だったらしい。ドラゴンたちは人間がどうしてそんな酷いことをするのかわからないと怒ってたけど、ぼくにはだいたい想像はつく。ドラゴンの卵、きっと高く売れたんだろうなあ。
とりあえず、どうやらドラゴンの社会に受け入れてもらうことはできたみたい。
いや、受け入れられたどころか、困ったことがあればいつでも言えと、みんな親切に気を遣ってくれる。なにしろぼくは『自分では何も抵抗できない卵の時にトラブルに巻き込まれて幸せな幼少期を奪われた、不運でかわいそうな被害者』だから。
とうしよう? あまり気を遣ってもらうのも悪いとは思うけど……。だからと言って、他の世界から来たなんて説明しても信じてもらえる自信がない。
それに、完全に間違っているわけでもない。ぼくが島の外からやって来たばかりの、この社会のことを全然知らないドラゴンなのは事実だし。そうなった理由が、少し間違ってるだけで。
もう、訂正はせず、そういうことにしておこうかな。いろいろなことを覚えてここでの生活に馴染むまでは、ある程度は気を遣ってもらわないわけにはいかないだろうし。
それはともかく、ドラゴンってやっぱり卵生なんだなあ。
これで5章を終わりとします。




