【5-11】 巫女
「あの……、ぼくの言葉、わかる?」
ルーザンの洞窟から帰ってひと息ついたところで、おそるおそる少女に話しかけてみた。びっくりして振り返り、頷く少女。あ、本当だ。ちゃんとわかってるみたい。
えっと、ここからどうしよう? あ、そうか。こんな時、まず最初に聞くべきことがあったな。
「君の名は?」
少女が、ちょっと驚いた顔をしながらも、ひとつの言葉をゆっくりと繰り返し発音してくれる。えっと、し……な? シーナ……でいいの? あ、いいみたい。そうか、シーナっていうのか。
さて、ここからどうするか。話したいことはいろいろあるんだけど、何と言えばいいだろう?
いや、彼女がぼくの巫女だとしたら、ぼくには遠慮する理由は何もないはずだよな。難しく考えなくても、何でもストレートに言っても大丈夫か。
「人間の言葉を、教えて欲しい」
シーナは、少し驚きながらも、頷いてくれた。
というわけで、とりあえず簡単な言葉を教えてもらったんたけど、なかなか難しい。どうやら、ドラゴンの喉では、人間の言葉を正確に発音するのは無理みたい。これでは、ぼくが言葉を覚えて人間と話をする計画は、ちょっと無理かもしれないなあ。
「コンニチハ」
「お、うまいうまい」
ふと思い付いて、逆にシーナにドラゴンの言葉を教えてみたところ、あっさり習得してしまった。どうやら、人間の喉ならドラゴンの言葉をかなり正しく発音できるらしい。
ということは、彼女にドラゴン語を習得してもらって、人間と話したい時に通訳してもらうことならできるわけだ。どちらでも人間と話ができることに変わりはないし、計画を変更するか。
とりあえず、シーナには『はい』と『いいえ』を覚えてもらった。ぼくが何か質問し、それに対して彼女に肯定か否定かで答えてもらえば、それだけでも人間についてかなりの情報が手に入る。
人間のことは、ルーザンもあまり知らないみたいだったからな。やはり、人間に直接聞くのが一番早くて確実だ。
何かを質問してみて、もし答えが『いいえ』なら内容を少し修正して質問し直す。彼女が『はい』と答えるまで、それを何度か繰り返す。普通に答えてもらうよりかなり手間はかかるけど、基本的なことならこれでも何とかなる。
夕食を食べながら、体を拭いてもらいながら、寝る直前までシーナを質問責めにしてしまった。その結果、かなりいろいろなことがわかってきた。
この世界には、過去も現在も、ドラゴンを倒せる方法は存在しない。というより、ドラゴンを倒すなんて、想像するのも憚られるほどのタブーらしい。シーナが答えながら涙目になったので、ちょっと慌てたけど。
ただし、タブーなのは海のこっち側の島の中だけ。やはり、あの海峡が国境になっていて、向こうの大陸は別の国らしい。そして、両国ではドラゴンに対する考え方がかなり違う。
ぼくが海の向こうにいた時に人間に矢で攻撃されたことを話しても、シーナはそれほど驚かなかった。ただ、海の向こうの人々も矢でドラゴンを倒せないことくらいはわかっているはずで、倒すのではなく追い払うのが目的だったのではとのこと。
しかし、そうだとすると、ますますドラゴンが人間を警戒しなければならない理由がわからない。今は失われているけど、昔はドラゴンを倒せるすごい武器か魔法のようなものがあったという話だったら、ちょうど辻褄が合ったんだけど。
それから、時々馬車でやって来て妙な儀式を始めるあのおじさんたちは、宗教関係の偉い人たちらしい。そして、シーナの上司(?)にあたる人物でもあるとか。
つまり、シーナもその宗教の関係者だということか。そういえばこの前、修道服っぽいのを着てたな。あの服、あれ以来一度も着ているのを見たことはないけど、今もちゃんと洞窟の壁に掛けてある。時々埃を払ったりしているので、たぶん大事なものなんだろう。
まあ、あの人たちが宗教関係なのは想像がついてたけど、シーナの説明によると、この島の中で暮らす人々の大部分が信仰する正式な国教の関係者だという。
洞窟前の町には大きな教会がいくつもあり、時々洞窟にも聞こえてくる鐘の音もその教会のものだとか。そして、ドラゴンの洞窟に少女を送り込むのも、その教会の活動の一部らしい。
ルーザンの話では、ドラゴンは島内全域に生息している。そして、住んでいる場所に関係なく、すべてのドラゴンは巫女を従えているという。
つまり、ドラゴンの洞窟に少女を送り込む活動は、島全体で行われていることになる。だとすると、それが島全体で広く信仰されている宗教に関係するものだというシーナの話に、矛盾はないことになる。
過激な新興宗教みたいなのだと困るなと心配してたんだけど、そういうことなら、あのおじさんたちも受け入れて大丈夫……かな?




