【5-05】 言葉
「あ、そう言えば……」
ルーザンが、話し込んでいる巫女たちを眺める。
「マナの出し方を知ってるんだったら、あの子にもマナを食べさせてる?」
「うん。毎日食べさせてるけど、まずいかな?」
「いや、いいよ。それで普通」
そうか。実はマナは人間が食べると毒だなんていう話でなくてよかった。
「どのくらい食べさせてる? もう十日以上になる?」
うん。彼女が最初に洞窟に来たときから数えれば、十日は確実に過ぎてるな。
「それなら、もう言葉はわかってるはずだけど……」
言葉がわかる?
「誰が、誰の言葉を?」
「あの子が、あなたの……というか、私たちの言葉を」
……!?
ルーザンの話によると、巫女にしばらくマナを食べさせ続けると、ドラゴンの言葉を理解するようになるらしい。
理解できるとは思ってなかったから、彼女に話しかけたことはほとんどない。でも、思い出してみると確かに、咄嗟に声を出した時に、彼女がぼくの言ったことを理解しているような反応をしたことが何度かあった気もする。
いや、それよりも……。ペットの犬や猫にに話しかけるくらいの感覚で声をかけてみたことが、何度かあったような。あのとき彼女は特に反応しなかったけど、実は全部わかってたってこと?
「それが、そうとは限らないの。最初は気付いてないことが多いから」
気付いてない? 言葉がちゃんと理解できてるのに、自分でもそれに気付いてないってこと? そんなことがあるの?
「ほら、あなたたち」
ルーザンが巫女たちの方に声をかけると、ルーザンの巫女二人が振り返った。あれは、ルーザンの言ったことが伝わってるのか? 自分たちが呼ばれたことを理解して振り返ったようにも見えたけど。でも、ドラゴンの声が聞こえたから振り返っただけとも解釈できるし……。
「その子に、全部説明しておきなさい」
二人は、すぐにうちの巫女に向き直ると、何やら話し始めた。あれは? ルーザンの言葉を理解して実行しているようにも見えるけど、何を話してるのかわからないので、伝わってるかどうか判断は難しいな。でも確かに、ルーザンの声を聞いたときに、二人が少し頷いたようにも見えた。
ルーザンが笑う。
「これで大丈夫。今日からあの子は、言葉で指示すればちゃんと理解するからね」
彼女との会話、挑戦する前に成功してた。
ただ、伝わるのはなぜかドラゴンから巫女への一方通行らしい。彼女から人間についての話を聞きたいなら、やはり予定通り時間をかけて言葉を勉強するしかないみたいだな。
あれ? 言葉と言えば……。
あまりにも自然だったので思わずスルーしてしまっていたけど、本当ならもっと早く、一番最初に感じるべきだった疑問が。
「あの……。ぼく今、ちゃんとドラゴンの言葉を話してる?」
「あ、そうか。あなた、他のドラゴンと話をすること自体が初めてなんだよね」
ルーザンが頷く。
「うん、大丈夫。これでちゃんと話せてるから、それは心配しないで」
どうやら、異世界に行ってもなぜか自然に現地の言葉が話せるというお約束は、ぼくにもしっかり適用されていたらしい。ぼくの場合は、適用対象が現地の人間の言葉ではなく現地のドラゴンの言葉だったけど。ぼく自身がドラゴンなんだから、考えてみればそれが最も自然だな。
「あ、でも」
ルーザンが、すこし首を傾げる。
「かすかになんだけど、今まで聞いたことのない不思議な訛りが混じってるような……」
たぶん、日本語訛りだな。




