(5-04) お客様
洞窟の外から、聖竜王様の羽音が聞こえてきました。どこかへお出かけでしょうか? いや、むしろ近付いてきているような。いつの間にかお出かけで、戻って来られたのでしょうか?
あ、聖竜王様のお声が。いつもはあまり鳴かれないのですが、今日はずいぶん賑やかですね。何かあったのでしょうか?
洞窟の外を覗いてみると……、聖竜王様が二頭。ああ、お客様でした。他の聖竜王様が訪ねて来られるのは、私がこの洞窟に来て以来初めてです。
「あなた、エルンの修道院の人?」
突然の人間の言葉に少し驚きましたが、見ると私と同じくらいの歳の人が二人。
「あ、はい。そうです」
「私たち、ルーザンの修道院から来たんだけど」
ああ、ルーザンの。では、あちらはルーザンの聖竜王様なのですね。
二人は、ルーザン聖竜王修道院の院長・ネルさんと副院長・フィマさんだそうです。
「ルーザンでも、洞窟が修道院ということになっているのですね」
「うん。普通は、どこでもそうだよ」
教会の人は、文書を解読したらそうしろと書いてあったとか言ってましたが、これはどうやら、その解釈で正しいみたいです。
「でも、修道服は着てないのですね」
「……あれ、森の中だと動きにくいし」
どこも同じのようです。
「今までに、誰か他の修道院の人と会ったことある?」
「いえ、初めてです」
「初めてなのか。それじゃ、シーナはまだここに来たばかり?」
この場合は、どう答えればいいのでしょう?
「えっと、院長にはまだなったばかりですけど、それよりも前からここにいたので……」
「えっ、院長になる前からいたの?」
二人が驚いているということは、普通はそうではないのでしょうか?
「前は別の院長がいたけど、その人は引退してシーナが後を継いだってこと?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
供物に選ばれてからの出来事を話したところ、二人は笑い出しました。
「いやいや、聖竜王様が人間を食べるとか、さすがにあり得ないし」
あー、やっぱりそうなのですね。私もしばらくここで暮らしてみて、そんな気はしてましたけど。
「でっ、でも、笑い事じゃないですよね」
フィマさんが、目に浮かんでいた涙を拭きながらも、少し真剣な顔で二頭の聖竜王様を見つめます。
「聖竜王様に食べられるために洞窟に入れなんて言われたら、私だったら怖くて逃げ出すかも……」
それが、今思い出してみても、あまり怖かったという印象がないのです。入る前が少し怖かったかなというくらいで。今思えば、聖竜王様を一目見た瞬間から、聖竜王様は私を食べられることなどないと、心のどこかでちゃんと気付いていたのでしょうね。
「あー」
ネルさんが、洞窟の天井を見上げながらため息をつきます。
「こんなことになってる洞窟が、本当にあるなんてな」
フィマさんも頷きます。
「冗談で考えたことはありましたけど、まさか本当にあるとは思いませんでしたね」
普通は洞窟では、聖竜王様が入られたのが確認されたら直ちに聖竜王修道院が開設され、すぐに院長が選ばれて洞窟に向かうのだそうです。食べられるためにではなく、聖竜王様のお世話をするために。
ただ、教会では聖竜王様のことについてはメモを残すことさえタブーと考えられているそうで、引き継ぎがうまくいかないと――聖竜王様について話すことすらかなり気を遣うそうなので、うまく引き継がれるほうが珍しいくらいらしいですが――ややこしいことになっても不思議はないそうです。聖竜王様のことに関して教会が消極的だとは私も感じていましたが、思ってた以上に厳しいみたいですね。
ネルさんが、改めて大きなため息をつきます。
「教会が前の聖竜王様の時の記録をきちんと残していれば……。あるいは、せめて他の教区の教会に一言相談していれば、シーナは最初から院長としてここに来れたはずなのに」
それはまあ、そうかもしれませんね。
「タブーだか何だか知らないけど、実際に洞窟に入る私たちの身にもなってほしいよな」
まあ、できれば。既に終わったことなので、私はもういいのですが。
「ところで、私たちが初めてということは、連絡会のことはまだ聞いてないよね?」
教会がいまいち頼りにならないので、各地の聖竜王修道院が教会を通さずに直接横に繋がって、聖竜王様についての情報を交換し合う仕組みがあるのだそうです。
「そんなのがあるなんて、全然知りませんでした」
「うん。これを知ってるのは、聖竜王修道院の関係者だけだから。あ、これは教会に無断で勝手にやってることだから、ややこしいことにならないように、教会の人には内緒にしておいてな」
人間が作った組織なのに、人間の世界とは何の関係もなく、聖竜王様の洞窟の中だけで完結しているのがおもしろいですね。もちろん私も、今日から会に入れてもらえることになりました。
というわけで、まずは先輩たちが長い時間をかけて確立したという、正しい聖竜王様のお体の拭き方を教えてもらいました。なるべく体に負担をかけずに楽に拭ける姿勢とか、なかなか興味深い話がいろいろ聞けました。さっそく今夜から試してみたいと思います。




