(3-24) 診療所
ゆっくり目を開けると、窓から朝日が差し込んでいました。
窓……? ああ、そうでした。ここはもう、洞窟ではないのですよね。
体をもぞもぞ動かしてみますが、体に感じる軽い圧迫感が、いつまで待ってもなくなりません。
ああ、そうでした。今、私の体を覆っているのは、聖竜王様の翼ではなく普通の毛布です。自分で押し退けない限り、私が起きたことに気づいて開かれることはありませんよね。
ここは、教会が運営する診療所。
聖竜王様が飛び去られたあと、町の人たちが私に気づいて集まってきて……。連絡を受けた教会の人たちが慌てて駆けつけて、私はここへ運び込まれたのです。
聖竜王様に乗って空を飛ぶなんて、とんでもない超絶体験のはずなのですが……。意識が朦朧としていたらしく、残念ながら聖竜王様の背中の刺に必死でしがみついていたこと以外はあまり覚えていません。
それはともかく……。とうとう、私がまだ生きてることが教会の人たちに知られてしまいました。これから、どうなるのでしょう?
午後、ベッドの上でぼんやりしていたら……。なんだか、廊下が妙に騒がしいような?
と思ったとたん、ドアが勢いよく開いて、診療所の人が部屋に飛び込んで来ました。
「シーナ、すぐに着替えて! 今、司祭様が!」
え? と思った直後――
「いや、かまわん。そのままでよい」
司祭様が、お供の人を二人引き連れて部屋に入って来られました。
「しかし、彼女は今、寝間着姿で……」
「かまわんよ。病人なら、それは当然のことだ」
司祭様は、慌てる診療所の人を制止すると、ベッドのそばまで来て私を見下ろされました。
「シーナよ。体調が優れぬところを悪いが、少し話を聞かせてくれるかな?」
「……はい」
ここまでは、だいたい予想していました。司祭様が直接来られるのはちょっと予想外でしたけど。
ベッドの近くに椅子をふたつ置き、二人が座りました。一人が質問係で、もう一人がメモ係のようです。
司祭様は、その後ろの壁際の椅子で、腕を組んで目を閉じておられます。
「では、シーナ。あれから何があったのか、すべて聞かせてくれ」
さすがに、司祭様の前で嘘は言えませんね。別に隠す理由もありませんけど。
言われた通りの方法でアピールしてみたものの、聖竜王様には私を食べるおつもりはまったくなさそうだったこと。
聖竜王様が岩を舐められると、不思議な白い液体が染み出してくること。
その液体、またはそれが地面に溜まって固まったものが、聖竜王様の主食らしいこと。
むしろ、僅かな木の実以外は、その液体以外を食べておられるのを見たことがないこと。
私も、その液体を分けてもらうことで今まで生きてこられたこと。
聖竜王様の召使いとして、毎日思いつく限りのお世話をしたこと。
聖竜王様には明らかに高度な知性があり、決してただの狂暴な猛獣ではないこと。
聖竜王様が町から服を奪われたのは、巣作りのためではなく、私に着せるためだったこと。
奉納された布団は、聖竜王様の寝床に敷いて有効に活用させてもらったこと。
私は、初めて洞窟に入ったあの日から昨日までの出来事を、促されるままにすべて話しました。聖竜王様と散歩したり川で泳いだりしてわりと満喫していたことだけは、適当にぼかしましたけど。
司祭様は、終始無言で聞いておられました。
すべてを話し終わったところで、二人が司祭様を振り返りました。
「一通りの話は聞けましたし、今日はこのあたりで終わりにしては?」
「彼女は病人です。あまり長く話し続けるのも、体に毒かと」
「ああ、そうだな」
どうやら私は、とりあえずこれで解放されそうですね。
二人がメモを整理している間に、司祭様が椅子から立ち上がってベッドのそばまで来られました。
「シーナよ。もうひとつだけ聞こう。体が治った後、おまえはどうしたいと望んでおるのか?」
「私は……、もし許されるなら、聖竜王様のところに戻りたいです!」
頭で考える前に口が動いていた……ような。
ても、内容を取り消したり訂正したりする必要はまったくありません。たとえ一晩じっくり考えた後でも、他の結論が出ることは絶対にないと、自信を持って断言できます。
「そうか」
司祭様からは、それだけでした。




