【3-05】 朝
いつも通り目を覚ましたぼくは、なんだか脇腹のあたりがほんのりと温かいことに気が付いた。ああ、そうだった。少女を抱いて寝てたんだったな。
しばらくぼんやりしているうちに、少女も目を覚ましたらしい。翼の下でごそごそ動きはじめたので、翼を開いて解放してあげる。
体を起こしてしばらく周囲を見回していた彼女は、やがて鱗の上を地面まで滑り降りた。手で少し髪を整えた後、ぼくの目の前……いや、口の前にやって来て、ぼくに背中を向けて座り込み、そのままじっと動かなくなった。
問2、この時の少女の気持ちを答えなさい。
えーっと、これは……。
「朝食の用意、できてるよ♡」かな?
うーん、どうしよう?
生きた人間を丸ごとなんて、朝食にはちょっと重過ぎるかもしれないなあ。
……いや、食べないけど。
その時、音が聞こえた。それはかすかな音だったけど、それでもドラゴンの耳が聞き逃すことはなかった。
今のは、少女のお腹が鳴った音だな。
それはそうだろう。彼女は昨日の午後から、何も食べていないはずだ。
というか、ぼくも昨夜は少女のことでバタバタしてて、夕食を食べてない気がする。ドラゴンは小食だから、一食や二食抜いたくらいでどうということはないけど。でも、人間はそうもいかないだろうな。
どちらかと言えば、これはむしろ、ぼくが彼女に朝食をご馳走するべき場面だろう。と言っても、用意できるのはいつもの岩ミルクしかないけど。
あれ、人間が食べても大丈夫なのかな? ぼくが食べて大丈夫なんだから、毒ではない……と思うけど。まあ、実際に試してみるしかないか。
ぼくが立ち上がった時、少女がビクッと体を震わせた。いや、食べないからね?
少女の横を通り過ぎて、いつも食事場所にしてる壁際に近づく。
さて、どの岩にしようか。
聞いたところによると、女の子はだいたい甘いものが好きなのだとか。では、この洞窟の中で一番甘い岩にしてみるか。
岩からミルクが吹き出し始めたところで一度振り返ると、少女は目を丸くして眺めていた。うん、初めて見た時は、誰でも驚くよね、これ。出したぼく自身でさえ驚いたんだから。
さて、これが食べ物だと彼女に理解してもらうには、どうすればいいだろう? ここは、ぼくが自分で食べて見せるのが一番早いかな。
わざと彼女に見せつけるように、流れ出る液体を飲んだり床に溜まった塊を食べたりしてみる。
うん、甘い。
例えるなら……、ちょっとさっぱり目の蜂蜜といったところか。蜂蜜を塗ったトーストかホットケーキだと思えば、朝食としてそれほど変ではないかもしれないな。
その時、再び少女のお腹が鳴った。今度のは、ドラゴンの耳でなくても聞き逃す心配はないほどの音量だった。
しっぽの先で背中を押すと、少女は素直に立ち上がって、押されるままに歩き始めた。しっぽや鼻先で誘導して、岩ミルクを吹き出している岩の前に少女を立たせる。
ぼくができるのはここまで。後は、彼女が食べる気になってくれるまで待つしかない。
少女はしばらくの間、吹き出している岩ミルクと横で見守るぼくの顔を何度も交互に見つめていたが、やがて指をそっとミルクに差し込んだ。
指をおそるおそる口に入れて……。直後、少女の顔が少し綻んだ。あ、わりと気に入った顔だ。
かなりお腹がすいていたのだろう。すぐに、少女は手でミルクを受けて夢中で飲み始めた。よし、とりあえずこれで大丈夫そう。
ついさっきまでミルクを吹き出していた岩肌を不思議そうに撫でている少女を眺めながら考える。
さて、彼女をどうしよう?
どうやら彼女はぼくに食べられるためにここに来たらしいけど、それだけは断固拒否するとして。それ以外なら、なるべく彼女の希望通りにしてあげたいと思うんだけど……。
その場合、彼女は次にどうしたいと思うだろう? 諦めて町へ帰るか、それとも……。うーん、いまいち読めないな。




