(3-03) 聖竜王様
森の中のでこぼこ道を長い間走っていた馬車が、やっと止まりました。着いたようです。
馬車を降りると、そこは森に囲まれた緩やかな斜面に広がる草の広場でした。広場に面して崖があり、その崖に大きな穴が見えます。あれが、聖竜王様の洞窟なのですね。
もちろん、見るのは初めてです。
洞窟の周囲一帯の森は、教会が管理する聖竜王様のための聖域で、よほどの理由がない限り人間は立入禁止です。まして入り口が見える距離まで洞窟に近付いたことのある人間ともなると、教会の中にも今まではほんの数人しかいなかったのだとか。
さっそく広場に仮設の祭壇が設けられ、奉納の儀式が始まりました。聖竜王様に、供物が届いたことに気付いてもらうための儀式です。しかし、その供物そのものである私は、祭壇に立って聖竜王様に祈りを捧げる以外には、あまりすることはありません。
儀式が終わりに近づきました。いよいよ奉納の時です。
私は促されるままに祭壇を降り、洞窟の入り口に向かって歩き始めました。
ちょっと、体が震えているかもしれません。いや、間違いなく震えてますよね、私。
聖竜王様にすべてを委ねさえすれば、私は確実に天国へと送り届けてもらえるのです。何も恐れる必要なんてありません。それは、十分に理解しているつもりです。そもそもそれ以前から、将来への不安でもう生きていても仕方がないとまで思い詰めていました。
でも、いざその時になると、やはり私は死を恐れているのでしょうか?
いいえ、考えるのはやめましょう。私はもう、答えが出るまで生きてはいられないでしょうから。
……食べられるって、痛いのでしょうか?
それはまあ、痛いですよね。司祭様のお話では一瞬のことだから心配ないとのことでしたが、一瞬でも痛いものは痛いですよね。
もし聖竜王様に最後の願いをひとつ聞いていただけるなら、頭からバリバリと囓るのではなく、丸ごとひと飲みにしていただく方が少しは楽かも……なんて思ってみたり。
洞窟の入り口で一度立ち止まり、聖竜王様への最後の祈りを捧げます。
この森全体が聖竜王様の聖域ですが、洞窟の中は人間は完全に立ち入り禁止の禁域です。ここから奥へ進むことが許されるのは、聖竜王様に捧げられる供物だけです。
祈りを終えて顔を上げた私を、洞窟の中から大きなふたつの目が見下ろしていました。
綺麗……!
それが、聖竜王様の第一印象でした。
全身を覆うエメラルドグリーンの鱗が、洞窟に差し込むわずかな光を受けて、1枚1枚が虹色の縁取りに包まれています。
頭上に伸びる、力強くも繊細で優美な曲線を描く2本のつのが、薄暗い洞窟の中でさえ琥珀色に輝いています。
私を静かに見下ろす澄んだサファイアブルーの瞳には、知性さえ感じさせる柔らかい光が宿り、私の恐怖心を取り除いてくれました。
本当に、ため息が出るほど綺麗。世の中には、こんなに綺麗な生き物もいるのですね。
司祭様のお話を聞いて、もっとギラギラと目を輝かせた猛獣のような生き物を想像していたのですが、まったく違いました。
私はこれから、こんな綺麗な生き物の一部となるのですね。こんな結末にたどり着くことができるなら、16年間生きてきたことは無駄ではなかったかもしれません。
いよいよ、私は洞窟へと入ります。
いつの間にか、体の震えは止まっていました。もし恐怖で足が動かなければ這ってでも進めと言われていたのですが、そんな必要はまったくなさそうです。
むしろ、もっと聖竜王様のお側に行ってみたい、もっと近くから聖竜王様を見てみたいという衝動すら感じながら、私はゆっくりと洞窟に足を踏み入れました。




