(3-02) 供物
私はシーナ=サートル、16才……でした。今朝までは。
私の両親は、私が生まれて間もなく、馬車の事故で亡くなったそうです。私もその場にいたそうですが、当時まだ1才にも満たなかった私は、まったく覚えていません。
多くの犠牲者を出した大事故だったそうですが、私だけは奇跡的にほとんど無傷で救出されたのだそうです。
救出されたものの、誰も身寄りのなかった私は、そのまま町外れの小さな孤児院に引き取られました。
あまり裕福とは言えない小さな孤児院での暮らしが、満ち足りて幸せだったと言えるかどうかは少し疑問の余地がありますが……。それでも、少なくとも日々の食事と寝床の心配だけはする必要なく、今までなんとか生きてくることができました。
しかし、孤児院は17才の誕生日までには出て行かなければならない決まりがあります。
一人で生きていくために、孤児院の紹介で仕事をいくつか体験してみたのですが、どれもいまいちしっくりこなくて……。他のみんなが気に入った仕事を見つけて次々と孤児院を出て行く中で、将来の不安に押し潰されそうな日々を送っていました。
そんなある日、町を大きなニュースが駆け巡りました。森の洞窟に、新しい聖竜王様が来られたそうなのです。
でも、正直なところ、私はあまり興味を持てませんでした。
前の聖竜王様が出て行かれて以来、百年近く主のなかった洞窟に、新しい聖竜王様が入られたのです。それがすごいことだというのは、もちろん私にも理解できます。
でも、それに対応するのは教会の人たちの仕事です。町の片隅でひっそりと暮らしているだけの私になんて、何の関係もない話……だと思っていました。教会の人が、孤児院に私を訪ねて来るまでは。
教会の人の話によると、新しい聖竜王様が来られた時には、少女を捧げなければならない決まりになっているのだそうです。そして、この町の中で、その供物となる少女の条件を最もよく満たしているのが、どうやら私らしいのです。
話を聞いて、孤児院の院長さんはオロオロしていましたが、私は迷わず供物となることを承諾しました。それは人としてこの上ない名誉であり、しかも今まで悩んでいた将来の不安がすべて一瞬で解決するのです。断る理由なんてありませんでした。
その日から、私の生活は一変しました。
孤児院から中央教会の一室に引っ越し、神様の聖別を受けた特別な材料で作られたという食事を毎日与えられました。そして、暇さえあればお風呂で体中を磨き込まれたり、司祭様から直接、聖竜王様に捧げられる意義や供物としての心得などを説かれたり。
これらによって私は、聖竜王様のお食事に相応しい清らかな心と体に生まれ変われるのだそうです。
そんな生活がしばらく続きました。
そして今朝、私は無事に生まれ変われたのだそうです。自分ではよくわかりませんけど、司祭様のご判断なので、たぶんそうなのでしょう。
早速、教会の大聖堂で、私のための儀式が行われました。
まずは、清らかな供物を象徴する真っ白なドレスに着替えました。たぶん、かなり高価な服なのでしょうね。普通に暮らしていたら、私にはおそらく一生着る機会なんてなかったくらいの。
そして、私は祭壇の前で神様に祈りを捧げ、昨夜頑張って覚えた口上を述べました。これまで生きてきた人間としての肉体と魂を、神様に返上するという内容です。神様の代理人たる司祭様の受諾宣言を以て、私は人間ではないものとなりました。
そして、司祭様の祝福を受けて、私は正式に人間から聖なる供物へと昇格を果たしたのでした。
儀式が終わって外に出ると、教会の前に豪華な教会所有の馬車が待っていました。私はそれに乗り、聖竜王様の洞窟へ向けて出発したのです。




