【3-01】 馬車
洞窟の中で寝転んでいたぼくは、聞き慣れない音に気が付いて顔を上げた。
蹄の音に、車輪が軋む音。馬車だな。それも、一台ではなさそう。何台もの馬車が、連なって走っているらしい。
この洞窟があるのは、人里からかなり離れた森の奥。近くに街道などが通っていないことも確認済み。どう考えても、馬車が偶然近くを通りかかるような場所ではないはず。
洞窟の周囲も、普通の森が普通に広がっているだけ。人々がわざわざ馬車で訪ねて来るような特別な場所なんて何もないはず……なんだけどなあ。
という間にも、馬車はどんどん近づいて来る。
いや、そうか。特別な場所ならひとつだけあるぞ。この洞窟そのものが。
もしかして、馬車隊の目的地はこの洞窟?
これまでの経験では、人間の方からぼくに近づいて来る時は、ぼくを攻撃するための場合が多い気がする。
ということは、いよいよ勇者様御一行の登場か?
ついにこの洞窟が、ドラゴンの棲むダンジョンとして有名になったのか?
でも、ダンジョンと言っても、中にはぼくしかいないぞ。入ってすぐに、いきなりラスボスと対決することになるダンジョンってどうなんだ? それに、ぼくは巣に宝物を溜め込んだりはしてないからな。ぼくを倒しても、何も出ないぞ。
……いや、もっと現実的に考えてみよう。
そうだ。あの、大きな町。
もしかしたら、あの町の人たちは今ごろ、町の近くの森にドラゴンが棲み着いて困ってるのかもしれない。だとしたら、町が報酬を用意してドラゴン討伐を依頼なんてことは?
うん、まだこちらのほうが可能性がありそうな気がするな。
しかも、もしそうだとしたら当然、それを引き受けるのはドラゴンを倒せる自信があるレベルの冒険者のはず。ベテランのドラゴンにとっても、かなり手強い相手に違いない。まして実戦経験ゼロの初心者ドラゴンであるぼくに、最初から勝ち目なんてないのでは?
こんな時は、どうすればいいんたろう。いざというときの逃げ道を確保するためにも、洞窟の外で待ち構えた方がいいような気もするけど。
ま、いいか。モンスターなら、倒されてもすぐに復活できたりするかもしれないし。ここにいよう。
入り口から外を伺っていると、洞窟前の広場に馬車隊が到着した。馬車は4台か。それほど大型の馬車ではないみたいだけど、何人くらい乗ってるんだろ?
ドアが開いて、人が降りてくる。えっと、10人くらい……かな。それにしても、おじさんばかりだな。おじさんどころか、完全にお爺さんと呼んでいい年齢の人だって混じってるし。
服装は……。ああいうのは、何て言うんたろう。なんかこう、教会とかにいそうな感じの。
あまり、勇者とか冒険者とか、そんな雰囲気ではないな。あえて言うなら魔法系か? 老練な魔導師とその弟子たちとでも考えれぱ、まあ一応は納得できなくも……。
見ているうちに、馬車からなんだかよくわからない道具がいくつも運び出され、広場に配置されていく。やがて、何かの儀式が始まった。何の儀式かはわからないけど。
攻撃魔法の発動準備と言われれば、そんな気もするし。全然別の儀式と言われれば、そんな気もするし。今のところ、魔方陣が浮かび上がってくるような様子はないけど。
ところで、気になることがひとつ。
おじさんばかりの中に、一人だけ女性がいる。しかも、かなり若そう。たぶん、まだ少女と呼んでいい年齢だろう。この世界の教育制度がどうなっているのかはわからないけど、日本ならたぶん中学生か高校生か……。
その少女が立っているのは、儀式の中心付近に設置された、何だかよくわからない飾りのようなもので囲まれたエリアの中。なんとなく、かなりの重要人物っぽい扱いに見える。もしかしたら、彼女がこの儀式の主役的な立場なのかもしれない。
何も武器を持っているようには見えないから、やはり魔法系かな?
ドラゴン討伐を引き受けた国一番の魔導師が、実は可憐な美少女だった……なんて、ラノベなんかならいかにもありそうな展開だけど。
でも、現実に自分がそれに攻撃される立場となると、ちょっと複雑な気分だな。
しかし、それにしては彼女の服装に少し違和感がある。着ているのは、あまり派手ではないがいかにも上品そうな純白のドレス。
あまり、魔導師という雰囲気ではない気もするな。どっちかと言えば、花嫁のような雰囲気で……。
花嫁? 誰の? ぼくの? いや、そんなはずはない……と思うけど。
しばらく眺めているうちに、いよいよ儀式は最高潮を迎えた……ような気がする。儀式の進行なんて知らないし、そもそも言葉がわからないから何をやってるのかもわからないけど、なんとなく雰囲気的に。
その時、少女が洞窟の方へ向かって、ゆっくりと歩き始めた。いよいよ攻撃が来るか……とちょっと身構えたけど、少女は何もせず、ただゆっくりと歩き続ける。
あまり洞窟に近付き過ぎると、ドラゴンを倒せるほど強力な攻撃魔法を撃ち込んだら自分も巻き込まれるのでは……と他人事のように心配している間にも、少女はどんどん近付いてくる。彼女がようやく立ち止まったのは、ちょうど洞窟の入り口。覗いていたぼくのすぐ目の前だった。




