【2-08】 洞窟
洞窟の入り口から廊下のような通路を少し下ると、両側の壁が広がって部屋のような空間になっていた。あ、思ったより広いな。
まあ、とんでもなく広大というほどではないけど。それでも、幅も奥行も、ぼくが首からしっぽまでまっすぐ伸ばしてもまだ余裕があるくらいだから、地下にしてはかなり広い空間なのは間違いない。
見たところ、特に変なものは見当たらない。ごく普通の、天然の洞窟に見える。観光地の洞窟と違って、見学用の順路があるわけでもないし。
洞窟の一番奥まで入ってみたところで、ぼくはかすかなにおいに気がついた。これ、たぶんドラゴンのにおいだと思う。ぼく以外の。
ということは……。この洞窟、以前はドラゴンの巣穴だったんだ。だから、今でも動物たちは遠慮して入らないのか。同じドラゴンのぼくは、その点は気にする必要はないわけだけど。
だとすると、あの鹿たちが言いたかったことは……。
ドラゴンのぼくをドラゴンの巣穴に連れて来た意味とは、普通に考えれば「ちょうど空き家があるから、ここに住め」なのでは?
そこまでお膳立てされたのでは、何となく断りにくいな。別に、断る理由もないけど。
もし、ここに住むとしたらどうなるのだろう? そのつもりで、改めて洞窟内を見回してみる。
残っているドラゴンのにおいは、かすかなもの。変なガスのにおいがしないかと鼻に神経を集中していなければ、見落としていたかもしれないくらいの。たぶん、そのドラゴンがいたのは、何年どころか何十年単位で昔のことだと思う。さすがにもう、前の持ち主が突然戻って来る心配はないだろう。
……そのドラゴン、どうなったんだろう?
別に、洞窟の床にドラゴンの骨が散らばってるなんてことはないから、事故物件ではない……と信じたいけど。
まあ、それについては深く考えるのはやめよう。
広さは……まあ、これだけあれば十分か。
寛いだり寝たりするだけなら、これだけの広さがあれば文句はない。
別に、洞窟の中で運動会をしたいわけではないからな。ドラゴンは、家に家具を置くこともないし。
最初に入った時から気がついてたんだけど、洞窟の床を水が流れている。流れを辿ってみると、水は奥の岩の割れ目から流れ出していた。水は小さな川になって洞窟の床の隅の方を通り、入り口側の壁の割れ目に入っていく。岩の中の小さな隙間を通って、外に流れ出しているのだろう。
この洞窟、水道付き物件なのか。水量はそれほど多くはないけど、ちょっと喉が乾いたときに飲むくらいなら、これだけあれば十分だな。もっとたくさんの水が必要なら、洞窟を出て少し行けば川もあったし。水に不自由はなさそうだな。
電気はさすがに来てないけど、それは仕方ない。この世界では、人間の家にだってまだ電気はなさそうだし。そもそも、ドラゴンは家電製品なんて持ってない。
ガスは……、いらないな。ぼくなら、ガスコンロに火をつけるより自分で炎を吹いた方がずっと早い。
というわけで、結論としては、巣穴とするのに特に不満はない。
せっかくだから、しばらくはここに住んでみるか。




