【1-01】 丘で
気がつくと、この場所に立っていた。
見回すと、どうやら小高い丘の頂上のようだ。周囲はなだらかな斜面が続く丘陵地帯で、その向こうは森が広がっている。
ここが、異世界なのか?
景色には、あまり違和感はないな。植物は緑色だし、空は青いし。言われなければ、別の世界に来たなんて気付かないかも。これなら、それほど苦労せずに暮らせるだろう。
むしろ違和感があるのは、自分の体。
横を見ても自分の肩が目に入らないし、下を見ても地面があるだけで、自分の体も足も見えない。
そして、脚だけでなく腕にも体重が掛かっているのを、はっきりと感じる。ということは、ぼくは今、4本の脚で地面に立っていることになる。なのに、ぼく自身は自分が不自然な姿勢をとっているという感覚はなく、普通にまっすぐ立っているだけのような気分だ。不自然な姿勢のはずなのにそれを不自然だと感じない自分に逆に不自然さを感じる、みたいな。
首を回してみると、体を動かすことなく首の力だけで顔を完全に後ろに向けることができた。しかも、首にはまだ余裕がある。もっと曲げられそう。
そして、ぼくは初めて、この世界での自分の体を見ることができた。
少し青みを帯びた緑色の鱗に覆われた体。その後ろには体より長いくらいのしっぽがまっすぐに伸びている。首もかなり長いようだ。だから、首だけで顔を後ろに向けることもできるんだな。首からしっぽの先端近くまで、背中の中心に沿って三角形の棘がならんでいる。そして、肩には骨組みの間に膜を張ったような、コウモリに似た構造の翼が一対。
典型的な、西洋風のドラゴンだな。
ぼくが腕や脚を動かしてみると、ドラゴンの腕や脚――正確には前脚と後脚と呼ぶべきなんだろうけど――が、その通りに動く。ちょっと信じられないけど、どうやらこれが本当にぼくの体らしい。
うわあ、ドラゴンだよ。本当にドラゴンになっちゃったよ。どうしよう、これ?
もう一度あの白い部屋に戻って、能力を減らしていいから人間にしてくれって頼んでみるか? でも、どうすれば戻れるんだ?
いや、別にドラゴンでもいいんだけどさ。
でも、今までずっと、人間として暮らしてきたからな。いきなりドラゴンとして暮らせといわれても、体の使い方も基本スペックも、まったく想像がつかないんだよな。人間の体なら、異世界だろうが少し変な能力が追加されていようが、基本的な動かし方くらいは知ってるけど。
少し、落ちついて考えてみよう。とりあえず……、ドラゴンって、どうやって座ればいいんだ?
もう一度首を曲げて、体を観察してみる。
首が長いから、自分の体を少し離れた位置から客観的に眺められるというのが、ちょっとおもしろいな。
鱗に覆われた体は一見すると爬虫類っぽいイメージだけど、体型というか、胴体と脚の位置関係を見る限り、骨格はトカゲやワニよりも、むしろ犬や猫に近い構造のように見える。ということは、犬や猫の動きやポーズを真似してみればいいのだろうか?
たとえば、こうやって後脚を曲げて、尻を地面につけてみると……。あ、そのままだとしっぽが邪魔になるのか。では、しっぽは根元から少し上に曲げ気味にして……。よし、できた。犬でいう「おすわり」のポーズ。
とうことは、さらにこうやって前脚も曲げて、肘で体を支える感じにすれば、腹全体が地面につくはず……。「ふせ」のポーズもできるな。
それなら、さらに前脚をこうやって内側に曲げ痛っ!いたたたた。ドラゴンの前脚は内側には曲げられない構造なのか。ということは、香箱座りは無理なんだな。残念。
でも、「ふせ」の姿勢からこうして首としっぽをぺたんと地面につけてしまえば……。そうか。こうすれば全身が完全に地面につくことになるから、体の力を完全に抜いてしまっても大丈夫なんだ。だとすると、寝るときはこの姿勢でいいのか?
しかし、ドラゴンの体はかなり大きいうえに首もしっぽも長いから、全身をまっすぐ伸ばせるほど広い場所なんて、なかなか見つからないかもしれないからな。そんな場合は、こうやって首としっぽを丸めれば……。うん。体が硬くて猫のように完全に丸くなるのは無理みたいだけど、これならそんなに広くない場所でも寝られそう。あ、首もしっぽも長いから、体を丸めれば自分のしっぽを枕にして寝られるのか。
しかし、そうか。犬や猫が寝るときは、普通はこうやって体全体をごろんと横に倒して……。あっとっと。翼を体の下に巻き込まないように気をつけないと。これなら、人間が横向きに寝てるのと同じような感じだから、なんとなく寝やすいかもしれないな。でも、これでは飛び起きるのに少し時間がかかる。安心できる場所以外では、使わないほうがいいかな?
いや、ドラゴンの体で遊んでいる場合じゃないな。これからどうしよう?