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【1-17】 空へ

 さて、夜になった。暗くないので、いまいち雰囲気は出ないけど。

 ではさっそく、今夜も飛ぶ……いや、浮く練習を始めるか。飛ぶのは……、まあ、そのうちに。


 周囲を少し探すと、川に沿って細長く続く、木のない空間を見つけた。よし、今夜はここでいいか。川の近くには大きな岩がたくさんあって邪魔なので、こっちの、少し高い所にある広場にしよう。

 さっそく羽ばたいて浮き上がり、高度1メートルで漂ってみる。うん、もう数分間なら余裕だな。

 では、次はどうしようかと考えながら漂っているうちに、風にでも流されたのか、気がつくと1本の木のすぐ側に来てしまっていた。びっくりして思わずそっちの翼を少し強く羽ばたいたので、体が傾いて横に大きく流れる。

 でも、もうこんなときの対処方は習得済みだから大丈夫。こうやって傾いた側の翼を少し強く羽ばたけば、簡単に立て直せる。ほら、これで体は地面と水平に……。あれ、地面がない?

 横を見ると、少し離れたところに崖があった。あれ、横に崖なんてあったかな……?


 いや、そういえば、さっきまでいた場所は崖の上だったような……? えっ、ということは、今ので崖から飛び出して……? えっえっ?

 ふと下を見ると、ぼくの真下には何もない空間がずっと続き、遥か下の方を川が流れている。

 わわっ、落ちる落ちる落ちる!

 思わず翼に力が入って、全力で羽ばたいてしまった。直後、エレベーターが上がり始める時のような感覚が。

 ドラゴンの大きな体でも見上げるほどの高さにあったはずの巨木の頂が、目の前を勢いよく下へと流れていく。森の木々に遮られていた視界が、一気に開ける。どんどん遠ざかっていく地面に、翼にさらに力が入る。

 ちょっ、ちょっと待って待って待って。まだ上空へは心の準備が!


 みるみる高度が上がっていく。既に小さな山の頂上を見下ろすほどの高さ。大きな山の頂上だって、そろそろ見上げる必要はなくなってきた。

 地上の背景音は遥か下方に遠ざかり、周囲には全力で羽ばたく自分の羽音だけが響く。

 どうすんのこれ? どうしたらいいのこれ? とにかく、これ以上上昇を止める方法だけでも、なんとか考えないと!


 だっ、だいたい、そろそろ翼が痛くなってきた。いくらドラゴンでも、そんなに長い時間全力で羽ばたき続けるなんて無理だって!

 い、いや、そうか。この高さなら、落下しても墜落するまでにはしばらく時間がかかるはず。その間だけでも翼を休ませることができれれば……!


 思い切って翼の力を抜いてみる。ふう、これで翼の痛みはかなり楽になった。たとえ短時間でも、こうしていられるなら、なんとか……。

 ……落ちないな。ほとんど羽ばたいてもいないのに、落下どころか高度が下がってる気すらしない。


 ああ、そうか。

 あれでは、翼に力を入れ過ぎだったんだ。

 普通に水平に飛びたいだけなら、翼にほとんど力を入れずに軽く動かすだけでいいのか。急上昇したい時とか全速力で飛びたい時以外は、力いっぱい羽ばたかなくても十分なんだな。

 うん。このくらいの力で羽ばたいてればいいのなら、かなりの時間飛んでいられそう。


 えっと、これからどうしよう?

 永遠に飛び続けるわけにはいかないからな。飛び立ってしまった以上は、なんとかして降りるしかないわけだけど。

 まっすぐ飛んでても降りられないし。まずは、広い場所へ向かって旋回できる方法を考えないと。どうやったら曲がれるんだろ?

 体を傾ければ旋回できるかな? 空き地で浮いているときは左右の羽ばたく力を変えれば傾いたけど、飛んでるときも同じでいいのだろうか。

 やってみると……。おっ、ちゃんと傾いた。あ、曲がってる曲がってる。


 でも、思ったほど傾かないな。浮いてるときは、ちょっと左右の差がついただけでもひっくり返りそうになったのに。

 何度やってみても、左右の羽ばたきにかなりの差をつけないと大きくは傾かない。

 なるほど。ふわふわ浮いているのと違って、速度を出して飛んでいると姿勢は勝手に安定するのか。むしろバランスを崩して体を傾けるのに苦労するくらい。

 ということは、上空を高速で飛び回るほうがむしろ簡単なのか。地上付近でふわふわ浮いているのは、初心者の練習課題どころか、ベテラン飛行生物向きの高等技術だったんだ。

 飛ぶ時は、特にそうしなければならない理由がない限り、いつまでも低いところにいないで、さっさと十分な速度まで加速しながら上空へ上がってしまうほうが、かえって安定して飛ぶことができて安全なわけだ。


 しばらく旋回を繰り返しているうちに、感覚がわかってきた。上昇下降と旋回の仕方がわかれば、いきなり曲技飛行みたいなのは無理としても、普通に飛ぶだけならなんとかなるだろう。とりあえず飛んでいられる目処がついたことで、眼下の景色をゆっくり眺められるくらい、気持ちに余裕が出てきた。

 うん、飛んでる。

 なにかもっと感動的なものを想像してたけど、それくらいしか感想が出てこない。まあ、実際にやってみるとそんなものなのかな。


 しばらく景色を眺めていると、ふと気がついたら羽ばたくのを忘れていた。それでも、特にどうということはないらしい。

 十分な高度さえあれば、風に乗って滑空するだけでもかなりの時間飛び続けられそうだ。速度が出ていれば、翼を捩って角度を変えるだけで簡単に体を傾けられて、旋回も楽だし。時々羽ばたきを止めて休憩しながら飛べば、さらに長い時間飛んでいられそう。


 見下ろすと、羽ばたかずにのんびり滑空していたので、だいぶ高度が下がってきたらしい。一時ははるか下にあった森が、いつの間にか木々の一本一本をはっきり見分けられるくらいまで近づいていた。

 今夜はいろいろと疲れたし、これで終わりにしようかな。

 あ、降りるのにちょうどいい感じの空き地を発見。空の上からだと、空き地を一目で見つけられて便利だな。あの広さなら、ドラゴンの大きな体でも十分に着地できるだろう。


 着地の時も、飛び立つ時とたぶん同じ。直前までは十分な速度を保っておくほうが、姿勢が安定して安全なはず。

 空き地に向かって、高度を下げていく。よし、コースはこれで大丈夫。後は空き地が近づいてきたところで、減速しつつ脚を下げて地面に着けるだけ……。


 あれ?

 ふと見下ろすと、地面の木が、なんだかすごい勢いで後ろに流れていく……?

 えっ、速い! もしかして、こんなに速度出てるの? ぼく、ずっとこんな速さで飛んでたの!?

 いくら何でも、これでは速すぎる!

 とにかく急いで減速しないと! 減速ってどうすれば……。そうだ、前向きに羽ばたいて逆噴射すれば、と思う間にも、空き地は急速に目の前に迫ってくる。

 どうしよどうしよ間に合わない止まれないぶつかるぶつかるぶつかる!!


 全身に衝撃。

 木が軋む音。

 飛び散る木の葉。

 目の前にあった木が、ゆっくりと傾いていく。

 大きな木が倒れる轟音が、夜の山々に響き渡る。


 あいたたたた。……いや、それほど痛くはないけど。

 なんとか生きてる……?

 体を確かめてみるが、何も異常はない。生きてるどころか、怪我もしてないな。ドラゴンがとても丈夫な生物で助かった。


 空の上は周りになにもないから気づかないけど、飛んでる時って思ってる以上に速度が出てるものなんだな。次から、着地する時は、そのつもりでもっと早めから減速し始めないと。

 いろいろと失敗もあったけど、ちゃんと上空を飛べたし、なんとか無事に地上にも戻れたし、今日はよしとしておこう。ドラゴンの体は、多少の墜落を恐れる必要がないくらいに丈夫なこともわかったしな。これからは遠慮なく飛び回って……。


 あれ?

 落ち着いてよく考えれは、あのまま無理に空き地に突っ込まなくても、一旦着地を諦めて上昇してからもう一度やり直せば良かったんじゃ?

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