【1-15】 飛行
見上げると、既に夕焼けは消え、森を覆う木の葉の間からは星が覗いていた。森の中は、既に薄暗くなっている。もちろん、ぼくがドラゴンだから薄暗いで済んでいるだけで、人間の目ならもう森は真っ暗だろう。
では、いよいよ飛ぶ練習を始めるか。
森の中と言っても、その気になって探せば木のない空き地のような場所が意外とあちこちにある。
思い切り羽ばたいても翼が木にぶつかる心配はなさそうな広い場所を見つけるのに、時間はかからなかった。
では、さっそく始めよう。まずは……、どうすればいいんだろ? 飛行機の操縦とかならまだなんとなく想像はできるけど、自分の背中に生えた翼で空を飛ぶ練習なんて、やったことがないどころか誰かがやっているという話を聞いたことすらない。何から始めればいいのか、想像もつかないんだけど。
とりあえず、羽ばたいてみようか。
翼をひらいて、少し力を入れてこうやって下向きに羽ばたくと……。お、体が一瞬浮いた。ドラゴンの力が強いのか翼が高性能なのか、わりと簡単に浮くものなんだな。ふむふむ。
……いや、そこで羽ばたきを一回で止めて着地してしまってはだめなんだよな。もっと羽ばたいて飛び続けないと、飛ぶ練習にならない。
よし、ではもう一回。
羽ばたいて浮いてから、脚が地面に着く前にさらに羽ばたくと……。よし、浮いてる浮いてる。この調子で浮き続け……っ、とっとっと。
バランスが崩れて、ひっくり返りそうになってしまった。
もう一度やってみよう。一回……、二回……、三回……、四か……わっとっと。
うーん、何回か羽ばたくうちに、どうしてもバランスが崩れてしまう。何が悪いんだろう? 風の影響だろうか。それとも、左右の翼の羽ばたく力が違っているのかな。
よし。それなら、わざと左右の力を変えて試してみよう。
こうやって左右の翼の羽ばたく力を変えてみると……、おっとっと。やっぱり体が傾く。ということは、左右の羽ばたく力を完全に揃えればいいのかな?
何度がやってみるが、どうしてもすぐにバランスが崩れてしまう。自分では同じように羽ばたいているつもりなのに、どうしても左右の翼を動かす力に微妙に差ができてしまうらしい。
飛ぶのって、こんなに難しいのか? それとも、何かが間違っているのか?
あ。でも?
そこで、ふと思い付いた。わざと左右の羽ばたく力を変えてバランスを崩すことができたのだから、同じ方法で逆もできるのでは?
もう一度やってみる。
バランスが崩れて体が傾いたところで、すかさずそっちの翼をわざと少し強めに羽ばたくと……。体が逆に傾いて、つまり水平に戻る……はず。
おっ、成功……とっ、とっとっとっ。逆の方向にひっくり返りそうになってしまった。これでは左右の差をつけすぎなのか。ほんの少しだけ強めれば十分なんだな。
でも、考え方はこれで合ってる気がする。バランスを崩さないようにするのが無理なら、最初からバランスが崩れることを前提に、崩れても自力で立て直せるようになればいいんだ。
しばらく繰り返しているうちに、だんだん感覚がわかってきた。そのうちに、数分間は一度も地面に脚をつけずに空中に浮いていられるまでになった。バランスが崩れそうになるたびにあちこちフラフラして、木にぶつかりそうになることも多かったけど。まだ、体を水平に戻すのに精一杯で、体が勝手に木の方向に動いていることにまで頭が回らないんだよな。まあ、このあたりは慣れるしかないか。
長い時間連続で滞空していられるようになってくると、空中でいろいろ試してみる余裕も生まれてくる。思い付いたことをいろいろやってみた結果、しっぽを振った反動でバランスをとるなんていう高等技術(?)も覚えた。
なるほど。長いしっぽには、こういう使い方もあるのか。
そろそろ眠くなってきたので、今日はこのくらいにしておこう。飛行生物初心者の初飛行としては、まあまあ満足できる成果を出せたと思う。
……地面から一メートルほどの高さでフラフラしながら浮かんでるのを、飛んだと言っていいのかどうかはわからないけど。
ま、まあ、別に急ぐ必要はないからな。空中をふわふわ漂ってるだけでも、今まで経験したことのない感覚でおもしろいし。本格的な飛行に挑戦するのは、もう少し低いところで練習してからにしよう。




