白い部屋で
とりあえず書き始めました。どんなふうに終わるかとか一切考えていない見切り発車ですが、なんとか頑張ります。
今から少し前。時計がないのではっきりしないけど、感覚ではたぶん数時間くらい前だと思う。
それまで普通に道を歩いていたはずのぼくは、気がついたら白い部屋に立っていた。壁も床も天井も、完全に真っ白。やはり真っ白なドアらしいものが両側に二カ所ある以外は、窓もない。普通に明るいけど、天井にも壁にも照明器具のようなものは見当たらない。
家具と呼べそうなものは、部屋の中央に置かれた大きな机だけ。しかも、その机がまた真っ白。あらゆるのもが白で統一された部屋だ。
そして、その机には一人の女性が座っていた。透き通るような白い肌に、ゆったりとした純白の布を体に巻き付けたような服。やっぱり、この部屋は白がメインテーマらしい。
訳がわからないまま部屋を見回していると、机の女性が話しかけてきた。
「ようこそ。ここは、あなたたちが死後の世界と呼んでいる場所よ」
なるほど、死後の世界だったのか。確かに、この真っ白な部屋はそんなイメージがぴったり……。
……死後の、世界?
「ということは、もしかして、ぼくは死んだんですか!?」
「ええ、かなり言いにくい事なんだけど。あなたは、先ほどトラックに轢かれて死んだの」
いや、思いっきりストレートに言いましたけど。オブラートとか一切ありませんけど。
トラックに、か。そういえば、そうだった……ような、そうでもない……ような。
「はっきり覚えていないと思うけどね。そのあたりの記憶はこっちで操作してあるから」
「操作って?」
「自分が死んだ瞬間の光景なんて、あまり思い出したくないでしょ?まあ、もしあなたが希望するなら、全ての記憶を戻してあげてもいいんだけど」
「……いえ、遠慮しておきます」
さて、どうしよう?
ちょっと早すぎる気はするけど、死んでしまったものは仕方ないとして。
事故なら当然ではあるけど、あまりにも突然だよな。
「せめて、少しだけ戻って家族に挨拶するとかはできないんですか?」
「申し訳ないけど、それは無理」
本当に、何でもはっきり言う人だな。
まあでも、そうだよな。そんなことができたら、死の意味がなくなってしまうだろうし。
「ただ、どうしてもと言うなら、生前の家の近所に生まれ変わらせてあげてもいいけど。生まれてから数年間は前世の記憶が残ってることがあるから、町でバッタリ前世の家族に再開して挨拶するなんてことも、もしかしたらできるかもしれないわよ」
なるほど、そういう手もあるのか。オカルト雑誌が取材に来そうな事案だけど。
机の上に置いてあった厚いファイルを開いて何やら調べ始めた女性を眺めながら考える。
家族はそれでいいとしても、SNSの知り合いなんかはそれでは無理だよな。
ここから、ネットに電気信号を割り込ませるとかパソコンをポルターガイストで遠隔操作するとかして、なんとかメッセージを書き込めないものだろうか。死んだ人間からの書き込みなんて、それもオカルト雑誌が取材に……。
ん……?
パソコン?
「お願いです、今すぐ現世に戻らせてください! 10分でいいから!」
「ちょっ、いきなり大声出さないでよ! びっくりするじゃない」
ファイルを眺めていた女性が抗議してくるが、こっちはそれどころじゃない。
「パソコンの中のデータ消してからでないと、死んでも死にきれないんです!」
女性は、呆れたような顔でぼくを見つめると、ひと言。
「無理」
「ああああああああああああああああああああ!!」
「やっぱり、近所に生まれ変わるのはキャンセルで!」
「挨拶したいんじゃなかったの!?」
「状況が変わりました」
ダメだ。アレを見た家族がいるところになんて、絶対に生まれ変わるわけにはいかない。
もしかしたら親戚にも広まってるかもしれないから、他の町でも油断はできない。
「それじゃ、どこに生まれたいのよ」
「できれば、生前のぼくを知ってる人間がいる間は、生まれ変わらない方向で」
「それも無理」
「ああああああああああああああああああああ!!」
「1年や2年ならともかく、何十年もこっちでスタンバイ状態のままというのは、システム上も無理なのよ」
落ち込むぼくを見て、彼女は持っていたファイルを閉じてため息をついた。
「どうしてもと言うなら、他の世界に転生するという奥の手があるけど」
「そんなことできるんですか!?」
「この世界から転生が認められている世界が、いくつかあるの。異世界なら、さすがに生前のあなたを知ってる者はいないから、ほとぼりが冷めるまでそっちで暮らしてみる?」
「……それで、お願いします」
「さて、それでは異世界に送るとして……」
彼女は、少し考え込むような顔で言った。
「最近は、異世界に送るときには、何かすごい能力をつけてあげるのが流行ってるのよね」
確かによく聞くのは事実だけど、それって流行の問題なのか?
「あなたも欲しい?」
「そりゃまあ、もらえるものなら」
断る理由は何もない。
「まあ、当然そうよね。でも……」
彼女は、机の上の書類を睨みながら再び考え込む。
「私、転生者を担当するのは初めてで、いまいち感覚がわからないのよね」
彼女は、難しい顔でしばらく机の上の書類に何やらいろいろ書き込んでいたのだが、やがてペンを止めると満足げに頷いた。
「うん。まあこんなところかな」
彼女は机の端に置いてあった封筒を取ると、書類を折りたたんで入れた。
「じゃ、後は向こうの担当者に引き継ぐわ。これを持って行って見せればわかるから」
「はあ」
ぼくが封筒を受け取ると、彼女は壁のドアを指した。
「そのドアから出て、まっすぐ進んで。途中に分かれ道はないので、迷う心配はないから」
ドアの外には、廊下がずっと先まで続いていた。
幅も天井までの高さも建物の廊下としてはごく常識的なサイズだが、やはりさっきの部屋と同じで壁も床も天井も真っ白。さわるとすべすべしていて、どこにも継ぎ目のようなものは見当たらない。
窓や照明器具らしきものがまったく見当たらない点も同じだ。かなり遠くまで続いているらしく、先が霞んで見えない。
歩きながら、受け取った封筒を眺めてみる。
何の飾りもない真っ白な封筒だが、かなり厚手の紙でできたしっかりしたものだ。
彼女の言っていたことから推測して、中身は転生後にぼくに与えられる能力についてだと思うんだけど、しっかり封がしてあって読むことはできない。
向こうの担当者とやらが、これを読んで能力の説明をしてくれるんだろうか?それとも、もしかして能力は転生後のお楽しみとか?
ようやく、廊下の終点らしきものが見えてきた。
どれくらい歩いただろう? 時計はないから正確にはわからないけど、感覚では30分……、いや、もしかしたら小一時間くらいは歩いていたかもしれない。しかし、不思議なことに疲れたり汗をかいたりといったことはまったくない。生身の体で歩いたわけではないのだから、当然と言えば当然なのかもしれないけど。
どうやら、ここが廊下の終点で間違いないようだ。突き当たりの壁には、さっきの部屋からこの廊下に出たのとまったく同じデザインのドアがひとつ。聞いていた通り、廊下の途中に横道は1本もなかったから、ここで合ってるんだろう。
軽くノックしてから、おそるおそるドアを開けて覗き込んでみると、中はさっきの部屋とまったく同じ真っ白な部屋だった。中央に白い机がひとつだけある点も同じ。唯一ここがさっきとは別の部屋であることを示しているのは、座っているのが明らかに別の女性だということだけ。
「あら、いらっしゃい。転生者ね?」
「あ、えっと、多分そう……だと思います」
ぼくも、突然のことで実は状況がよく分かってないけど。
女性は、ぼくから受け取った封筒を開けて書類を取り出すと、読み始めた。
しばらく眺めているうちに、ぼくは彼女の様子がおかしいことに気がついた。なんだか顔がみるみる険しくなっていくし、書類を持つ手も少し震えてるような?
「……何よこれ……」
え、何が?
「冗談じゃないわよ。何なのよこれ……」
え? え?
「こんなの、人間が使っていい能力じゃないことくらい、誰でもわかるでしょうが……」
どんな能力が指定してあったんだよ!?
「あ、あの……。無理そうなら能力を下げてもらっても別に……」
「こんな人間がいたら、私がここにいる意味がなくなっちゃうじゃないの!」
あ、だめだ。聞いてない。
「あの世界の馬鹿どもは……。いつもいつも、無茶ばかり……」
それぞれの世界の担当者同士で、何か確執でもあるの!?
そうだとしても、関係ないぼくを巻き込まないでほしいんだけど。
「あの、無理なら能力はもういいんで……」
「ええ、わかったわよ。これ、すべて与えてやるわよ」
「え?」
「そのかわり、ドラゴンとして転生させてやる。人間でとは指定してないものね。うふふふふふふふふふ……」
え……?
ドラゴン?
ドラゴンって、あのドラゴン?
いや、ちょっと待って。落ちついてもう一度ぼくの話を……と言う間もなく、彼女はペンを取ると書類にサラサラと何かを書き込んで……。
そこで、ぼくの記憶は一旦途切れている。