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異世界文化倶楽部  作者: 海布賀麻布朗
第1章
4/7

その3

 ローゼンベルクがひとつ咳払いをしてから読み上げる。


 『私はネザーランドの商人、ヘルマン・ペンデルス。ヨーロッパの各国を巡って商売をしていた。東インド会社などが好調なおかげで、あまり大きくない我々の商会もそれなりに利益を上げる事が出来ていた。しかし、イングランドとの関係が悪化し、やがて宣戦布告を受けるに当たり、私は地中海の方面へと拠点を移そうと航海をしている際に嵐に遭った。なんとか陸地に辿り着いた私が見たのは、私の住んでいた世界では無かった。』


 「英蘭戦争はいつだったっけ?」

 光輝がみんなに問いかける。

 「1600年代の半ばだったかな?」

 戌井が応える。戌井は日本史だけでなく西洋史も得意らしい。

 「そんな時代のオランダの商人らしいね、ペンデルス氏は。」

 ローゼンベルクも羊皮紙から目を上げて会話に加わる。

 「ネザーランド?オランダ?どっちなの?」

 南がそんな声を上げる。学も同じ疑問を抱いていた。

 「ネザーランドはこの頃の国名のネーデルラントの英語読みだな。オランダっていうのはホラント地方やその後のホラント王国の日本語風な言い方だったかな?」

 再び戌井が応える。

 「続けるよ。」

 と言ってローゼンベルクは引き続き読み上げる。


 『初めは何処か知らぬ国にでも着いてしまったのかと考えた。しかし、此処では何もかもが私の解らぬ事ばかりであるし、道理や理念といったものが違うという事に気付いた。私は酷く混乱した。

 しかし、幸いにもこの世界の人々は私を受け入れてくれた。話を聞くと、どうやら過去にも私の様にこの世界に来てしまった人は居たらしい。しかし、皆元の世界へと戻る事は叶わなかった様だ。

 私も元の世界に戻る方法を探したが、見つける事は出来なかった。私もこの世界で生を全うする事だろう。しかし、私には見つけられなかったが戻れる方法もあるかも知れない。どうか絶望せずにこの世界で生き続けてほしい。』


 ローゼンベルクがそこまで読み伝える。誰も口を挟んだりせずに聞いている。


 『この世界は私の知っている世界よりも文化的には何百年も前の世界の様だ。私が持って来た知識でこの世界の役に立てたかも知れない。どうかあなたも持っている知識をこの世界の為に役立てて欲しい。

 最後に、私が解る全ての国の言葉でこの文章を残す。その他に私がこの世界に来てから気付いた事などを記した物は王宮の書庫に保管した。興味があったら読んでみて欲しい。きっとあなたの役に立つ事もあるだろう。』


 「あとは署名だね。」

 そう言ってローゼンベルクは読み上げた羊皮紙をそっとテーブルの上に置いた。

 一同は沈黙したままだ。うなだれてしまっている者もいる。戌井は腕を組んで目を瞑っている。同じ様に腕を組んで居た光輝が学の方を見る。

 学は軽く周りを見廻してその視線に対して答える。

 「とりあえずはこの世界で生きていくしかないって事かな?」

  光輝はうなずいてその言葉を肯定する。

 「どうやらその様だな。」

 それを聞いてローゼンベルクが単語カードを探しながらカタリーナに示す。

 『Present』『Situation』『Understanding』

 カタリーナはそれを見て改めて礼をすると部屋から出ていった。


  * * * * * * * * * 


 しばらくするとカタリーナがふたりの女性を連れて戻って来た。カタリーナは青いローブを着ているが、ふたりは白のローブで作りも若干シンプルな感じだ。

 カタリーナは例の単語カードの中から何枚か選んで並べる。

 『Meal』『Preparation』『Completion』

 『Guide』『Accompany』『Please』

 どうやら食事の準備が出来たので付いて来て欲しいとの事だった。

 「やった〜。」

 と声を上げたのは珠恵だった。さっきから静かだったのだが、どうやら空腹だったかららしい。

 「蓮見さんらしいな。」

 戌井が笑いながら言う。

 珠恵はニッと笑ってからわざとらしく神妙な顔を作って答える。

 「こんな時に食事ができるようになっておかないと、どこへいっても生き残る事はできないわ。」

 「メーテル!?」

 山本が驚いた様に言う。

 「メーテルだ・・・」

 上野も気付いた様につぶやく。

 学は言われて気付いたが、セリフの細かいところまでは覚えていない。何人かは訳が解らずキョトンとしている。

 それに構わず珠恵は入口のカタリーナの前まで行き

 「はやく行こうよ〜。」

 とこちらに向かって手招きしている。

 「よし、行こうか。」

 学がそう言うとみんな自分の荷物を持って立ち上がり、ぞろぞろと入口の方へと向かう。そしてカタリーナに案内されて建物の中を歩いていく。

 光輝はさり気なく辺りを観察しながら付いていく。部屋の構成などから何か解るかとも思い全体図を想像していたが諦めた。

 (教会にしろなんにしろ建築様式をそもそも知らないからな。ましてやこの世界のなんて。)

 それでも、広場で見た外観と歩いた感じとを比べてみる。

 (結構広いし造りもしっかりしている。町の中でも中心的な役割を持った建物なんだろう。)

 (建物自体はまだ新しいみたいだな。装飾品なんかもまだ新しさが目立つ。)

 光輝がそんな事を考えていると、一同は少し広めの部屋に招き入れられる。部屋の中央には質素な大テーブルに人数分の椅子が用意されている。給仕であろうか、白いローブの女性が何人か控えている。

 カタリーナに促されて部屋の隅にあった少し小さめのテーブルに手荷物を置いてから席に着く。そして、一同が着席したのを確認すると白いローブの女性たちが配膳をはじめる。

テーブルの上に拳より二回りほど大きなパンの様な物とシチューの様なものにサラダ、それにワインの様な飲み物が注がれたグラスが並べられる。

 どうしたものかと一同が戸惑っていると珠恵が

 「いっただきま〜す。」

 と言って手を合わせてから食べ始めた。

 珠恵はそのパンをちぎってシチューに浸して食べている。

 「これ、おいしいよ〜。」

 それを見て他のみんなも顔を各々何かモゴモゴ言って同様に食べ始める。

 「やー、これは発酵させて無いまま焼いた感じだね。」

 食べながらローゼンベルクが言う。

 「昔、見よう見まねでパンを焼いたらこんな感じのが出来たよ。」

 ローゼンベルクがそう言うのに続けて山本が言う。

 「素材は良さそうなのにちょっともったいないね。」

 山本の家はパン屋で自家製のパンを売っている。食べるのはもちろんとして、作り方もそれなりに知っているのだろう。

 「持っている知識を役立てて欲しい、か。」

 光輝がそうつぶやく。そして山本に尋ねる。

 「パンを発酵させるのは難しいのかな?」

 「普通はイースト菌を使うんだけど・・・無さそうだよね。でも、天然酵母が作れれば出来ると思うよ。」

 「なるほど。」

 光輝はそう言うと何か考える様にしながら食事を続ける。

 「これ、なんの肉だろうね。」

 「さっきの馬?」

 「いや、馬が交通手段になっているなら貴重なんじゃあないかな?」

 「さっぱりしているけど鶏肉ほどでは無いね。」

 みんな食事をして余裕が出てきたのか、そんな話をしている。

 珠恵はすでにシチューを平らげていて、給仕の女性に勧められて2杯目を食べている。

 「異世界だったら、やっぱり剣と魔法の世界かな?」

 「モンスターは居るかな?ひょっとして魔王も?」

 「冒険者に俺はなる!」

 「別に海賊王で良いじゃないか。」

 何人かやたらと饒舌になっている。上野、南、小白だ。

 「[かがく]、これ。」

 と言って光輝がグラスを上げて匂いをかぐような仕草をする。

 「ああ、やっぱりそうか。」

 学はグラスの飲み物は一口付けて、わずかではあるがアルコール分がある様な気がしたのでそれ以降は飲んでいなかった。

 「やー、彼ら少し酔ってるみたいだね。ビールよりもアルコール度は低い感じだけど。」

 そう言いながらローゼンベルクはグラスの飲み物を飲んでいる。

 「[ルド]は平気なのか?」

 戌井がそう尋ねるが、彼のグラスも既に空いている。

 「ワインとビールは16歳になればOKだからね、多少は飲んでいたよ。こういう席で出された時だけね。」

 どうやらドイツでの話らしい。

 「日本では20歳だな。その年齢にならないと買えないんだよ。親父がボヤいているよ。自分がガキの頃はよく酒屋まで買いに行かされたもんだが、今は頼めやしないって。」

 「やー、厳しいんだね。」

 戌井が言うのにローゼンベルクが答えるが

 「もっとも、うちみたいな家は親戚一同が集まると酒盛りになるし、どうしても勧められてなあ。」

 と言って戌井はニヤリと笑う。

 「ふふふ、親戚付き合いは大事だからね。」

 ローゼンベルクも笑って答える。

 「まあ、そんなに強く無いし酔って暴れる様な事にはならないとは思う。二日酔いは体質もあるだろうから解らないがね。」

 戌井がそう締める。

 「次から食事を出してもらうとしても、アルコール分は控えてもらった方がいいかな?」

 学がそう言うと光輝も頷いていう。

 「そうだな。まだ右も左も解らない世界だし、些細な事にも気を付けた方が良いかも知れないな。」

 そんな心配を余所に上野たちは盛り上がっていたが、とりあえず大きな事にはならず上機嫌になった程度で済んだ様だ。


  * * * * * * * * * 


 食事も終わりテーブルの上が片付けられて、再び先ほどのお茶のような物が出された。一同がそれを飲んでひと息ついているところにカタリーナがふたりの女性を伴って現れる。ふたりは例の単語カードを持っている。

 カタリーナの指示でひとりが単語カードをテーブルの上に並べる。先ほど英語版を使ったからであろうか、英語のカードである。英語の得意な者ならニュアンスも解るだろう。

 『Future』『Explain』『Tomorrow』

 それを見て光輝がローゼンベルクに確認する。

 「今後については明日説明するってことかな?」

 「やー、たぶんそんな感じだね。しかし、単語だけでも結構解るもんだね。」

 続けてカードを並べると、カタリーナが申し訳なさそうに何かを言いながら頭を下げる。

 『People』『Many』『Unexpected』『Bedroom』『No』

 『Town』『Inn』『Lodging』『Please』

 「人が多いのが予想外で寝室が無い、町の宿屋に宿泊して欲しい、かな?」

 多くのカードを出されると理解しにくいところがあるが、ローゼンベルクがうまいこと翻訳してくれている。

 そして、皆に尋ねる。

 「どうする?」

 学がすぐさま答える。

 「あの森の中で野宿って事もありえたんだし、屋根と床があればそれだけでも充分だよ。なぁ?」

 と言って最後はみんなの方を向いて確認する。

 「異議なし。」「賛成だね。」

 みんな口々に同意の声を上げる。

 ローゼンベルクはそれを聞くと、いつの間にか持っていた『Yes』『No』のカードの『Yes』を指し示し、カタリーナに同意の旨を伝える。

 カタリーナはそれを見ると安堵の表情を浮かべ再び一礼する。それからふたりの女性に何かを伝えるとひとりは部屋の外へと出ていった。残ったひとりは別のカードを並べていた。カタリーナはそれを指差す。

 『Guide』『Accompany』『Please』

 一同は立ち上がって各々手荷物を取ってカタリーナの近くに集まる。全員が準備出来たのを確認してから彼女は部屋を出て歩いていく。一同はぞろぞろとそれに付いていく。

 最初に建物に入った際の広間を通り、兵士が両脇から開けた正面の扉を抜けて屋外へと出る。

 「なんだ、この人だかりは?」

 上野が思わず驚きの声を上げた。先ほどは広場の端の方から遠巻きに見ていた人たちが建物の前に集まってきているようだ。入口の正面を空けて両脇に並んでいる。5、60人はいるだろうか。

 「まるで花道だな。」

 学がそんな呑気な感想を口にした。光輝は周囲に集まってる人たちを観察する。

 (物珍しさで我々を見に来ただけでは無さそうだな。)

 人々の中からカタリーナの名を呼んでいる者が結構いる。よくテレビなどで映されるような空港を歩いている有名人に呼び掛けるような感じに近いか。

 (いや、もっとなんというか崇拝に近い様なノリだな。)

 光輝がそんな事を考えているとカタリーナが軽く1歩前に出て右手を上げた。すると、ざわめいていた人々が一斉に口を閉ざして彼女に注目する。

 静かになったのを確認するとその手を下ろし、胸の前で祈る様な形で手を合わせて一礼した。

 「+☆#□ ☆&☆& ▽$+※ $*▽ &▽▽@@ ○$※%△」

 静かだが良く通る声で集まった人たちに向けて何かを話し始めた。当然の事ながら一同には何を言っているのかは解らないが、時折話しながらカタリーナが一同を振り返る様なそぶりをすると、集まった人たちも視線を移す。

 「なんか、俺たちの事を話しているみたいだな。」

 学がそう言ったところで、人々から歓声が上がった。そして、ひとしきりカタリーナの名を呼んでからばらばらと散開していった。その顔は喜びに満ちているようでもある。

 「すごい人気だな。」

 戌井もそんな事を言っている。

 「いや、人気だけでなく敬愛されているというか崇拝されているというか、そんな感じがしないか?」

 光輝は先ほど思った事を口にする。

 「日の丸の小旗があったら振ってそうなノリだったよな。」

 上野がそんな風に言うのを聞いて一同がハッとする。

 「もしかして・・・ものすごく地位の高い人なのかな?」

 「いや、ただ地位が高いだけでなく皇族とか王族とかかも知れないぞ。」

 学と光輝が小声でそんな会話をしていると、カタリーナが一同に近寄ってきて、また一礼してから付いて来る様にと促す。一同はなんとなく緊張して歩き出せないでいた。すると、珠恵が脇からすすっと前に出て歩き始めた。

 「行くよ〜。」

 みんなはそれを見て慌てて付いていく。

 「彼女は動じないな。見習わないとな。」

 光輝が苦笑しながら言う。

 「ああ、全くだ。」

 戌井がそれに応じる。戌井はこちらの世界に来てすぐにひとりで弁当を食べて寝ていた珠恵を思い出して苦笑していた。

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