その2
一団に対して同行するという意思を伝えるために代表として学、言葉の解る者としてローゼンベルク、それから学が助言を求める相手として光輝を指名して交渉に当たる事になった。
もっとも、交渉と言ってもこちらから何かが出来る訳でもない。ひどい条件を突きつけられても断る事が出来るかは不明だ。光輝にはその辺りの判断と、相手の観察を主に行ってもらうつもりで学は頼んでいる。
「それじゃぁ行こうか。」
3人とも荷物などは何も持たずに手ぶらでローブの女性たちの方へと歩いていく。不信感を抱かせないように、両手は下げたままではあるが手のひらを広げ相手に見せるようにしながら歩いて行く。そしてローブの女性と両脇の跪くのをやめている男ふたりと、3メートル弱ほどの距離で向き合う。
(西洋風な感じでもあるけどどこか違うな。)
光輝はローブの女性を見ながら考える。
(神官っぽいけど兵士よりも位が上って事か。兵装は最初の隊長っぽい男よりこの大男の方が質実ともにしっかりしているな。)
光輝がいろいろと様子を見ている間にローゼンベルクが女性に向かって言う。
「Wir werden Sie begleiten.」
すると、女性は困った様な顔で左右を見て何か言っている。
「書いてある言葉以外は解らないんじゃないのか?」
光輝がその様子を見て小声で言う。
「それもそうだな。あの本に書いてある文章を指して、それにイエスの意思表示をするか?」
学がそう提案するのふたりはうなずいた。
「やー、それしか無さそうだね。」
ローゼンベルクはそう言うとゆっくり半歩ほど前に出た。すると相手の3人もこちらを見る。
注目されている事を確認すると、ローゼンベルクは自分の目を指差し、それから大男の持っている本を指差してページをめくるような仕草をした。
どうやら意図は伝わったらしく、女性が大男にうなずくと大男はすっと前に歩み出て腹の高さくらいでローゼンベルクの方に向けて本を開く。どうやら通じたらしい。
「羊皮紙かな?パピルスでは無いだろうけど。気を付けてめくらないとな。」
光輝が後ろから声を掛けるのにうなずいて、ローゼンベルクがそっとページをめくっていく。
「やっぱりラテン語にギリシャ語にロシア語だね。」
ドイツ語の前に呼びかけられた言葉の事だろう。そしてその次がドイツ語であったはずだが、さらにページをめくっていく。
「イタリー語、フランス語、・・・あった。イングランド語もあったよ。」
と言って二人を振り返る。
言われて学と光輝が覗き込む。
「イングランド語ならみんな解るんでしょう?」
ローゼンベルクはそんな事を言う。光輝は英語もそれなりに得意だが、学はせいぜいが赤点を取らないという程度だ。
「ま、まぁ大丈夫。それより、書いてある事は一緒?」
学が確認する。
「一緒だね。見てよ、質問とそれに対しての答の選択肢もある。基本的にイエスノーで答えればいい様になってるみたい。」
と、言ってから女性の方を見て本に書かれている一文を指で辿る。
「Please accompany us, we will explain in detail.」
それから本に書かれている選択肢を指差して
「Yes, Yes, Yes!」
と告げた。
先ほどと違うページでの反応で戸惑った様だが、にっこりと笑って一礼をして下がっていく。両脇のふたりも軽く礼をして下がっていった。
それから大男の方がなにか指図をすると、集団の中から馬車が出て来て広場の中に止まる。
(馬っぽいけどなんか違うな・・・足が短くて太い?)
学は間近で馬らしき動物を見て思った。
「道産子馬とかの日本の馬ともだいぶ違う感じだな。」
と、光輝も間近で馬を見た感想を言う。
「ほぅ、これが異世界の馬か。」
「馬っぽいのに馬じゃない、けど馬っぽいのはなんなんだろうね。」
先に学がみんなに準備をして出てくる様に言っておいたのだが、すでに緊張感もなく馬らしき動物に近付いてああだこうだと言っている。
と、ここで部隊の方で言い合いが起きている。何事かと見ていると、先ほどの先着した部隊の隊長らしき男が身振りで説明してくれた。どうやら馬車には3人までしか乗れないらしい。
すると奥からまた一台馬車が広場に入って来たのだが、先に来たものとは違い、屋根もなく荷物を積んでいた。
そして、積荷を広場に下ろすと藁を敷きその上に布の様な物をかぶせた。
先ほどのローブの女性が出て来て、頭を下げながら身振りで説明をする。最初の馬車には乗りきれないので、荷馬車の方に乗って欲しいいうことらしい。
元々歩いてここまで来ているのだし、馬車に乗せてもらえるのなら贅沢は言ってられない。
「それじゃぁ、蓮見さん、山本、小白がこっちの馬車に乗って。」
学がそう指示する。女の子と体力の無さそうな二人という判断だ。小白は荷物も多い。
珠恵は馬車を見比べていたが
「あたしはこっち〜。」
と荷馬車の方に飛び乗ってすぐに横になった。乗り心地より横になれるのを優先したらしい。
「え!?ああ、それじゃぁ・・・どうしようか?」
珠恵の行動に戸惑いながら残った一同を見廻す。
光輝が珠恵の寝ている馬車を指さして言う。
「こっちの馬車もそんなに広いわけじゃないし、すでに場所を取られちゃってるからな。大きい人がこっちの良い馬車に乗ってもらった方が良いんじゃないか?」
と、戌井の肩を叩く。
「ああ、ちょっと申し訳ないがそうしよう。」
戌井もそういって承諾し、馬車に乗り込む。続いて山本、小白と乗り込んだのに続いてローブの女性も乗り込んだ。
(うわ、これはキツいな。)
と学は思った。どのくらいの距離を移動するのか解らないが、初対面で言葉も通じない、しかも女性と狭い空間に居続けるとか自分だったら耐えられない。光輝やローゼンベルクなら大丈夫なのだろうが。
そちらは置いといて、学も馬車に乗る。珠恵が荷台の左側に進行方向に頭を向けて横になっているので、反対側に上野、南、ローゼンベルク、光輝の順で体育座りをしている。学はその最後尾に座る。
広場を見ると、この荷台から降ろした荷物があり、数人が残って警護をするようだ。
(なんか申し訳ないな。)
学がそんな事を考えていると馬車が動き出した。
* * * * * * * * *
「やっぱりこれって異世界なのか?」
走り出した馬車の中で上野がそんな事を言い出す。
「違う国なのか違う星なのか違う次元なのか、その辺りは解らないけど大雑把に言えば異世界だろうね。」
光輝が答える。
「異世界と言えばお約束の、その世界の言葉が解ったりするとかそういうのは無いのかな?」
「なんでも入れられるアイテムボックスとかね。」
上野が言うのに南が続ける。なんとなく読書傾向の解る発言だ。
「そんなご都合主義的な事は起こらないだろう。ご都合主義な事を起こしてくれる神様的なのにも会ってないしなぁ。」
光輝がダメ出しする。
「しかし、無人島だったりしないだけマシだろう。『十五少年漂流記』はゴメンだよ。」
学がそう言うと光輝が
「あれは名作だな。最近は『二年間の休暇』って原題の方が多いらしいよ。『十五少年漂流記』の方が解りやすくて良いんだけどな。」
と答える。そこにローゼンベルクも乗ってくる。
「やー、ジュール・ヴェルヌだね、あれは良いね。『十五少年漂流記』っていうタイトルもあるんだね。そっちの方が面白そうじゃないか。」
「学校丸ごとだったら『漂流教室』っぽいのにね。」
「怖いとこを出してくるなぁ。」
南が言うのに学が反応する。
「それじゃぁここは未来の地球か。」
「砂に埋れた自由の女神を探さないと。」
「それは『猿の惑星』だよ。」
「ってか、『漂流教室』だったら帰れないじゃないか。」
不安を隠すかのように皆で軽口を叩いているそばで、ひとり珠恵だけが横になって寝ている。
* * * * * * * * *
雑談をしながら皆いつの間にか寝てしまっていた。道も舗装されている訳でも無いし馬車そのものも荷物用だった事もあって乗り心地は酷かったのだが、疲労と緊張からだろうか。もっとも、端っから寝ていた者も居たのだが。
馬車がゆっくりと停まると、横になって寝ていた珠恵が起き上がって辺りを見まわす。そして、パン!とひとつ手を叩いてみんなに声をかけた。
「着いたみたいだよ〜、起きて〜。」
学は音に驚いた様にビクッとして目を覚ました。そして、周囲を見て状況を把握しようとする。
「どこかの町にでも入ったみたいだな。」
光輝も座ったままで伸び上がって確認する。馬車は停められている場所は広場の様になっているが、その周囲にはあまり高くない建築物が建っている。
学が時計を見ると20時40分であったが、見たところ陽は傾いているが日没までにはまだだいぶありそうな感じだった。
「時差がだいぶありそうだな。」
と学が言う。
「時差なのかな?」
光輝がそう答えるのに学が聞き返そうとしたところで最初の隊長らしき男が現れて、身振りで馬車から降りるようにと促す。
学たちが馬車から降りると、その隣に停まっていた馬車から戌井たちも降りているところだった。
山本がひとり疲れ切っているようだった。上野が訊くと
「もうさ、しんどかったよ。戌井は腕を組んで目を瞑ったまま起きているんだか寝ているんだかわからないし、小白はひたすらノーパソいじってるし。」
はじめのうちは同乗していた女性から身振りでなにか話し掛けられていたようだったらしいが、ひとり取り残された感の山本は緊張でうまく対応出来ず、必死で身振り手振りで対応したものの全く通じなかった様だ。
「もう一生分の冷や汗をかいた気分だよ・・・」
となりで戌井が頭をかいて言う。
「いやあ、すまんすまん。」
ともあれ、慣れない馬車から降りた一同は思い思いに身体を伸ばしたりしている。
すると当の女性が近づいてきて、先ほどの本を見ながら再度言う。
「Wir sind gekommen, um dich zu retten.」
「一緒に来てって。」
ローゼンベルクが再度説明し、一同は女性の後をぞろぞろと付いていく。
光輝は周囲を見廻して観察する。
(ここは普通の町のようだな。野次馬の様子からすると我々は歓迎されているのか?)
広場は50m四方くらいだろうか、建物に囲まれている。その建物から覗いている者や建物から出て遠巻きに見ている者たちが居るのだが、物珍しさよりも歓喜が優っているようなノリだ。
それから一同は大きな建物に連れ入れられる。
建物に入ると大きな広間になっており、先ほどの女性と同じようにローブの様な物を着ている者が並んで控えている。
一同はさらに正面の奥の部屋に入る様に促された。
「ここは教会かな?」
学がそう言うのに対して光輝も周囲を観察しながら答える。
「呼び名はともかくとして、なにかしらの信仰に関する施設っぽいな。しかし、本が多いな。」
光輝が言った様に最初の広間にも本棚が並んでいた。森の中でローブの女性が読んでいた本の様に大きなサイズの本を収めた棚が壁一面に並んでいる。
部屋に入ると大きなテーブルと椅子があり、この施設の職員らしき人に身振りで座るように促されたので座った。
そして一同にお茶の様な物が出される。光輝が匂いを嗅いだ感じだとハーブティの様なものだろうか。
「やー、美味しいね。なんかつかれも吹っ飛ぶ感じだよ。」
と、ローゼンベルクが一口飲んで言うと、様子を見ていた皆も口にする。
「なんだこれ、エリクサーか?」
「すごいね、一気に体力が回復した感じだよ。」
上野と南がそんな会話をしている。
学も一口飲んで言う。
「すごいな、これ。ほんとに疲れが一気に取れたよ。」
学までが飲んでそういうのを見て光輝も口を付ける。疑っていた訳では無いが勝手の違う世界で迂闊に全員が同じ事をすることは出来ないという思いがある。
(これは・・・確かに回復力があるな。)
ただのハーブティのようなものだと思って飲んだが、思わぬ効力があった。
(やはり、我々の知っている世界では無い力があるのだろうか?)
光輝がそんな事を考えていると先ほどの女性が現れる。先ほどの本を抱えてるが、どこかのページを開くとそれに合わせた様に周りの人間が棚から新たに本や箱に入った何かを取り出す。
そして先ほどの女性が箱の中から何か文字の書かれた羊皮紙のようなプレートを取り出してテーブルの上に並べる。
なにか解らない文字と共に『ich』『name』と書かれた物を並べてから
「カタリーナ」
と言う。
「やー、自分の名前はカタリーナって言ってるみたいだね。」
と、ローゼンベルクが言う。
「なんか単語カードみたいだな。」
「でも、これで会話できそうじゃないか?」
と、まわりでそんな話をしているのを聞いて、ローゼンベルクが立ち上がって箱のあった棚の方を探す。
「やー、あったよ、イングランド語のも。」
そう言いながら勝手に箱を出し、元々あった箱の横に並べる。当初、ローゼンベルクがドイツ語に反応したのでドイツ語の物を用意したようだが、ローゼンベルクは皆にも解るようにと英語のを出したようだ。
「これならみんな解るでしょう。」
「お、おう」
またもプレッシャーをかけられて学が応える。
(まぁ、単語帳レベルならなんとかなるだろう。)
と、学が考えているところにカタリーナが箱から長文の書かれた羊皮紙を出した。
ローゼンベルクがそれを受け取り、ひと目見てから皆に言う。
「これは僕たちよりも先にこの世界に来た人の言葉の様だね。なんとかジャパニーズにして読むんで心して聞いて欲しい。」
そう言うとローゼンベルクは再度羊皮紙に目をやり読み始めた。