七十五.意志持つ奴隷
<ウルベリオン城.大広間>
俺達は邪魔者を退け、城へとたどり着いた。
扉を開けば目的地はすぐ──謁見中の王とマルゲリータとかいう伯爵のいる王座へ。
「なぁ、ところで」
「……?はい、何でしょうかイシハラさん」
俺は早足を止め、後から着いてくる面々に向き合った。
これからしようとしていることはかなり重大なこと、それを心にきざんでおかねばなるまい──それの再確認のために、だ。
「人生の中でどうしても一回は言ってみたい言葉というのは誰しも持っているはずだ」
「………………え?」
「俺にもある。そして、この機を逃すともう二度とチャンスはなさそうだ──それは意中の人間が結婚しそうになる瞬間に待ったをかける時に使う台詞なんだがやってみてもいいか?」
「いいわけありませんよね!?珍しく神妙な面持ちをしたと思えば急に何を言い出してるんですか!?ただでさえ下手すれば死刑になりかねないような事をしようとしてるのに拍車をかけてどうするんですか!!」
「確かに、だがちょっと待ってほしい。やらなくても死刑になる可能性があるならば、いっその事可能性を二重にしてしまえば逆にプラスに働くかもしれない。これを俺の世界では『なんとかなる なんとかならなければなんにもならない オリオリオ』という」
「嘘つかないでください!意味がわかりませんし絶対やらないでくださいよ!?」
ムセンのその突っ込みを、『押すなよ?絶対押すなよ!?』的に解釈した俺は勢いよく王座への扉を思いっきり開けて──
「その結婚、ちょっと待ったーーー」
──言えた。人生で一度は言ってみたいランキングに入っているとかいないとかいうセリフ。
あと言いたいのは『ここはお前に任せて俺が先に行く』と『諦めた方が楽じゃない? もう試合終了するぞ?』の二つだな。
「イシハラさんっ! お願いだから絶対やらないでくださいって言ったのに!! それに何ですか残り二つのセリフ!! 本当にそれチキュウの名言ですか!? 何かイシハラさん流に改変されてませんか!?」
ムセンが激しく突っ込んできた。
日本の文化を知らないのに本当に大した奴だよムセンは。
「なっ……何奴だ!!? ここを何処だと心得ておる!! 陛下!!余にお任せください!! 余の私兵隊達につまみ出させましょう!!それとも引っ捕らえてやりましょうか!?」
何か太ったおっさんががなりたてている。あれがスパゲッティ伯爵か、俺達が駆け込み乗車の如く玉座に飛び込んできたのを怒っているようだ。
確かに駆け込み乗車は良くないなそういえばどうでもいい話だけど駆け込み乗車と炊き込みご飯って語呂や発音が似ているな腹減った。
「陛下、大変失礼致しました。しかしながら急を要する事態であった為、やむ無くお話中と知りつつ立ち入らせて頂きました。非礼をお許し下さい」
俺はすごく丁寧に王に言った。そしてすごく丁寧に続ける。
「急を要する事態というのは他でもない、シュヴァルトハイム王国第二王女であらせられるエメラルド・バルト・ルイム様を保護し、こちらへお連れしたためです。その王女様が陛下とそちらにいるスパゲッティ伯爵に折り入ってお話があるようで」
「スパゲッティ伯爵とは誰の事だ!? 余はマルグラフ候であるぞ!?無礼者が!!」
「マルグラフ候、こちらは先の魔王軍幹部との戦いにて幹部テロリズムを退けた英雄、イシハラナツイ殿だ」
「こっ……この者がっ……ですかっ!?………し、して……第二王女を保護したとは一体……」
「王女エメラルド様はこちらへ向かう道中、護衛達とはぐれてしまったそうで。偶然居合わせた私どもがお連れした次第です」
「な……何と……そうであったか……それは大儀であった。余が後に褒美を取らせようぞ……ご苦労であった。下がるが良いぞ」
「……イ……イシハラさんがかつてない程真面目に話しています……まるでイシハラさんじゃないみたいです……ねぇシューズさん」
「…………………」
「……シューズさん? どうかされましたか……?」
「うぅん、何でもないよー? ムセンちゃん。あたし達はイシハラ君とエメラルドちゃんに任せて静かにしてよー?」
「え? あ……はい……そうですね……」
「いいえ、陛下……マルグラフ候。このお方達はわたしの恩人でございます。是非一緒にこの場にて……お話を聞いて頂きたく感じます」
俺達に続いてエメラルドが扉を少し開き、入室した。
ちなみにならず者達は外へ置いてきた、この話にはついてこれそうもない。ていうか、いらない。
エメラルドはウルベリオン王に挨拶をする。
「陛下……お久しぶりでございます。覚えておられるかはわかりませんが……わたしが幼き頃……一度お城に訪問なさって頂いた時に……」
「勿論覚えておるぞ、見違えましたな。エメラルド嬢……かつては好奇心旺盛で活発であった少女が……聡明でお美しくなられた」
「うふふ、陛下はお変わりないですね……王としての威厳、風格と優しさを兼ね備えた……わたしが知る中で比類なき唯一無二の絶対の王でございます」
「ははは、貴女のお父上を差し置いてそのような評価を頂いとあっては父君に怒られてしまいますな。まぁ挨拶はこのくらいにして………こちらは初対面でございますかな? 話されるといい」
「はい……では、失礼ながら……お初にお目にかかります。【マルグラフ・ベリル・マグラータ】辺境伯爵様、わたしはシュヴァルトハイム王家次女【エメラルド・バルト・ルイム】でございます」
「おぉ……御両親の話と寸分違わぬ美しさ……もうお話は聞かされましたかな? 余が…………………………………」
エメラルドと辺境伯爵は初対面の挨拶を交わし、社交辞令的な話を始める。ふむ、臆さずに堂々と話せているな。
「………イシハラさん、勝算はあるのですか……?」
ムセンがボソボソと俺に耳打ちする。
「勝算? 何の?」
「婚約破棄を勝ち取る勝算ですよっ……何か算段があるのではないのですか?」
「何言ってんだ? そんなの一つもないぞ」
「………では、王女様の思いが王様に聞き届けられなかった場合……どうなさるおつもりですか?」
「その時は逃げるしかないだろう、たとえこの国にもう住めなくなっても仕方あるまい。エメラルドからの依頼は受けちゃったんだから」
「…………」
それにこの話の焦点は勝ち負けじゃない。
勝率だけで言ったら現状、エメラルドが婚約破棄を勝ち取れる率は、ほぼ無い。
ウルベリオン王はエメラルドの思いを汲み取ってくれるだろうが、味方になるとは限らない。
王の立場からすれば、隣国との関係悪化に繋がるエメラルドの逃走を手助けするにはリスクが大きいしな。味方は誰もいない、と考えるべきだろう。
だが、それでも今まで奴隷としていないように扱われ、更に道具として扱われようとしているエメラルドがそれから脱却しようとしているんだ。全てを捨て、初めての自由を得ようとしている。
その思いさえ伝えればそれでいい、それだけで価値のある事だ。
そして俺達は依頼を受けた。
なら、その思いを誰にも邪魔されないよう『警備』してやればいいだけだ。
「……イシハラさん……」
さて、後はエメラルド次第だな。流れに任せるとするか。
ひとしきり挨拶を終えたエメラルドは深呼吸して、表情を変える。
奴隷とは程遠い、意志を持った顔つきに。
そして、決意を持って話し始めた。
「皆さま、お聞きください。わたしは……今日まで『奴隷』でした」




