六十六.箱入り王女、勝手に決意する
~洞窟警備 二日目~
<冥邸洞 地下20階>
「ナツイ様っ! あれは何でしょうか? きゃぁぁぁっ!? が……骸骨ですっ! 安らかにお眠りくださいとわたしは思わざるをえませんっ!……え? あれは魔物の残骸なんですか……? 良かったです……きゃぁぁぁっ!? あちらにあるものは何でございましょう!? 気にならざるをえませんっ!」
「お前もう国へ帰れよ」
俺はやかましすぎる王女【エメラルド】と一緒に洞窟警備をしていた。
この王女、目につくもの片っ端から興味を示し、しかも箱入りだから何でも俺に聞く始末。
しかも一緒に仕事すると言って聞かないし。
信じられないほど邪魔だ。
「ナツイ様っ! あの黄色く輝く鉱石は何でしょうか!? わたしは不思議と思わざるをえませんっ!」
「知らぬ」
「ナツイ様ナツイ様っ! あちらにある壁画のようなものはっ!?」
「存ぜぬ」
「ナツイ様ナツイ様ナツイ様っ!」
「省みぬ」
「ナツイ様は意地悪です……そう感じざるをえません。色々教えくださってもよろしいではないですか……」
「誰が協力してくれと頼んだ。俺は一人で充分だと言っている、そもそも護衛とやらが探してるんじゃないのか?王女が行方不明になったら国の一大事になるだろう」
「……それは……」
王女は何かを言い淀んでいる。
その顔を見る限り、何か事情を孕んでいるのだろうがどーでもいい。
「国へ戻るなり他の誰かに案内してもらうなりしろ」
そういえば入口で会った冒険者達はどこ行ったんだ? もっと深い階層まで行ったのか? あいつらを探して引き渡すか。
「…………」
王女は何か泣きそうな顔をして黙っている。
まったく、何で俺がこんな事しなきゃならんのか。
俺は王女の手を掴み、ひいて地下階層へと進んだ。
「……えっ? えっ? ナツイ様……?」
「ほら、(冒険者の奴らのところまで)案内してやるからさっさと来い。(そいつらが王都まで)連れてってやる。」
「ナツイ様……くすっ……やっぱり優しい方です、とわたしは感じざるをえません。あなたを初めて見た時からそう感じざるをえませんでした。何か他の方とは違う……不思議な空気感をまとっています、不束者ですがよろしくお願いいたします!」
王女は俺に頭を下げた。
なんか話が食い違ってるような気がする。
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<地下26階>
「特に異常はないな」
「あら……ナツイ様。あちらの奥の方……何か光が煌めいているように見えなくもありません。何でしょうか?」
「地底湖だ。特に用はない」
「地底の湖でございますか!? わたしは一度見てみたいと毎夜夢見ていた事もなくはないのです! 行ってみてもよろしいでしょうか!?」
「駄目だ」
「ナツイ様! わたし、こんな時のために水着をご用意してるのです! 見て下さい!」
王女は人の話を聞かず、鞄を漁っている。
こいつ、耳も脳もイかれてるんじゃないのか?
「じゃーん! 泳ぎたいと、わたしは激しく感じます! ナツイ様もご一緒にどうでしょうか!? 行きましょうナツイ様!」
王女は自慢げに水着を見せつけてきた。
駄目だこいつ、話が通じん。
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<地底湖>
「すごいっ! すごいですっナツイ様! わたし! こんな透き通る鮮やかなものを見た事がないとそう感じざるをえませんっ!! 泳いでよろしいですか!? ナツイ様っ!!」
「ナツイ様っ!? 聞いておられますかっ!? 何故何も反応なさらなくなってしまわれたのですか!? 心配と、わたしはそう思わざるをえませんっ!」
こいつの相手は疲れるから思考をミュートにしていたら、肩を揺さぶられた。
いつの間にか水着に着替えていた王女が視界すぐ目の前にいつの間にかいた。
「ナツイ様……あまり見ないで下さい……と、わたしは少し思うのです……殿方に肌をさらすのは初めてなので……体が強張ってしまう、とわたしは判ぜざるをえません……恥ずかしいのです……」
王女は胸を隠すように腕をクロスさせてモジモジしている。
そして湖に恐る恐るその白く輝く足をつけた。
「冷たい!、とわたしは感じますっ! ナツイ様! わたしは初めての体験に興奮せざるをえませんと感じますっ!」
王女は湖に入り水しぶきを上げてはしゃいでいた。
ははは、何て可愛い女の子だ。よし、俺は仕事に戻るとしよう。
そのまま一人でずっと遊ばせて飽きたら勝手に帰ってもらおう。
もう二度と会う事もないだろうが、息災で、王女。
俺は王女を置いて仕事に戻ろうとした。
「ごぼっ! ナッ……ナツイさぶぁっ! ごぼっ! あしをっ! ひっぷぁばべっ! ごぼっ!」
何か激しく水面を叩く音が聞こえる。
王女が水面をバシャバシャやってるだけかと思ってそちらを見た瞬間、突然水中に引っ張られるように王女は姿を消した。
今度は何だ? 溺れたのか?
マップを確認してみると湖の中に魔物反応を見つけた。
足を引っ張られてるのか。
そういえば湖の中までは確認してなかったな、失敗失敗。
仕方ないので俺も湖に飛び込んだ。
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・湖の中に『水中亡者』が現れた!
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『『ゴボボボボボボボボボボボボボボボボ!!』』
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・『水中亡者』の群れはエメラルドの体を掴み水中更に奥底にに引きずりこむ!
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「ゴポッ………!!!」
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『水中亡者』の群れはエメラルドにまとわりつき自分達ごと水底へと沈んでいく!
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【一流警備兵技術『強制冥界交通誘導』】
「邪魔」
水中でも使えるライトセイバーマジ便利。
湖に飛び込んだ俺は王女を抱き、ライトセイバーを魔物に向けて振った。
『ゴホゴボゴホゴボゴホゴボゴホゴボゴホゴボ………………』
水中の魔物達は水底にできた黒穴に引きずり込まれていった。
俺は王女を抱いて水面に上がる。
ザバァンッ!!
「げほっ! ごほっ! ごほっ! ごほっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ……はぁっ……ナツイ様……本当に……ありがとうございます……と……わたしは……礼を尽くさずにはいられません……」
王女は俺にしがみつき、動こうとしない。
まったく、今日は厄日かなにかか?
何故普通に仕事してるだけの俺がここまでの面倒事に巻き込まれているのだろうか。
とりあえず濡れたので俺達は湖からあがり、火をたいた。
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木片を燃やす火の弾けるような音が暗く、静かな洞窟内部に響く。
着替えもない俺はとりあえず下着一枚になり服を乾かす。
薄暗い、周囲には誰もいない洞窟にほぼ裸の男女が二人、何も起きないはずがなく──
「ナツイ様……その……視界のやりどころに困ると感じます……きゃあっ……そ……そんな破廉恥な……鍛え上げられた肉体をさらされてしまいましては……わたしは顔が紅潮するのを抑えきれないと……思いますっ」
──と、王女は一人でドタバタして自分の服を湖に投げ込んだり火を消そうとしたり色々問題を起こした。
こいつ、トラブルメーカーどころかトラブル神だ。
「……ナツイ様はお仕事をきちんとこなされておられるのですね……とても……素晴らしい事だと思います……二度もわたしの命をお救いくださって……」
王女はうつむきながら意味不明な事を言う。
「ナツイ様は……今のこのお仕事から逃げ出したいと思った事はございませんか……? 全てを投げ出して……全てを捨てて……生きたいと思った事はございませんか……?」
「いつも思ってるぞ」
「そうですよね……そんな無責任な事……ナツイ様は思いませんよね……って! いつも思っているのでございますか!?」
当たり前だろ。
特に今がそうだ、だらだらしようと思ったらトラブル続き。今すぐ仕事放棄して街に帰って寝たい。
「で……では……責任感からそうしないという事でしょうか……?」
「全然違う、責任感なんぞ俺には無い。今すぐこの仕事を辞めても一向に構わない」
「こ……このお仕事に…警備兵というお仕事に……誇りや矜持めいたものは一切ない……という事でしょうか……?」
「当たり前だ。この仕事は別に好きでも嫌いでもないからな、ただ向いてるから就いた。それだけ」
「…………」
王女は何か困惑している。
一体何が言いたいのかさっぱりわからんなこの王女。
「お仕事に……責任感は必要ない……という事でしょうか……?」
「そんな事は言ってない。仕事に就いた以上は任された自分のやるべき事は果たすべきだ。そんなのは言わなくても当たり前の事だ」
「………」
「だが、そんな事に縛られて生きるのは真っ平御免なだけだ。やりたくなかったらやめる、向いてなかったらやめる、やる気なくなったらやめる。俺はそう生きる。自分のやりたくない事を続けて苦しんで生きるなんて絶対に嫌だからな」
「………」
「『自由』のカードは誰でも持っているものだ。何かに縛られすぎて使うのを怖がっているだけ。だが、俺はいつでも自由に使う。だってそれが人間だもの」
「!!!」
王女は何かハッとした表情になった。
シンプル且つ汎用性があり、浸透性もありながら至高の真理。やはり名言だな、あいだみ○を。
「………………………ナツイ様…あなた様の至言……わたしは矢に射られたような衝撃が体を突き抜けたと感じざるをえません……」
王女は意味不明な事を言う。そもそもこの名言俺の言葉じゃないんだけど。
「………………決めました! わたしは自分の思うままに生きると! そう思わざるをえませんっ! わたしに課せられた使命……いえ! 束縛の鎖を断ち切ってしまっても構いませんよね!?」
「知らん」
「ナツイ様……お願いがございますと感じます」
「断る」
「わたしを……連れ去っていただきたいですっ! そして……あなたの……お側に置いて頂きたいのです! わたしに……この世界を教えてください、と強く思うのです!」




