六十.バナナ
-魔王軍との戦争から二日後-
<貴族街・ホテル『バナナ』>
「Zzzz」
「イシハラさん、起きてください? 朝食の用意ができましたよ?」
「至上の喜び」
俺はムセンの言葉にとびおきた。ふむ、ぴったり八時間睡眠。
やはり昨日は寝すぎたな、体を仕事モードにしておかないと朝が辛くなるからさっさと起きよう。
「いー君、おはよう」
「イシハラ君、おはよー」
起きた瞬間にウテンが窓の外から現れ、シューズも部屋に入ってきた。
「おはよう」
「……何故当たり前のようにイシハラさんの起床と同時に姿を現すのですか貴女達は……」
「ムセン・アイコムこそいー君と同じ部屋で寝るなんて不潔、ふしだら」
「えー、ムセンちゃん同じ部屋だったのー? ずるいよー」
「違いますよっ! 私は朝食の準備をしてイシハラさんを起こしに来たんです! 適当な事言わないでくださいウテンさん!」
朝からやかましいな。まぁ八時間睡眠をして起きたら極上の朝食だから気分がいい。許してやろう。
俺達はムセンの作った朝食を食すためにホテルに内設されているレストランへ向かった。
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「イシハラちゃんご一行様、お目覚めはいかかでちょうか?『執事が天職』……【セバス】ちゃんです」
貸し切り状態のレストランで俺達を迎えたのは幼女の執事だった。
王のはからいにより、昨日から甲斐甲斐しく俺達の世話をしてくれている幼女だ。冗談みたいな名前だし冗談みたいな話だが、この幼女、中々に仕事のできる幼女執事だ。
「とても目覚めのいい朝だ、気分がいい」
「それはそれは……ちなみにわたちもムセンちゃんの調理を手伝い、給仕や食材の手配までちまちた。執事が天職、セバスちゃんです」
「はい、ありがとうございますセバスさん」
「ちがいまち、セバスちゃんです」
「わかった、朝食を摂るから喋るな」
「かちこまりまちた、では、ごゆるりとおくつろぎくだちゃい」
俺達は優雅に朝食を摂る。
「だけど……本当にこんな待遇を受けていいんですかね? なにか申し訳ないような……」
「気にしないで、ムセン・アイコム。あなた達は国を救ったんだから当然の権利。本当なら城に招待したかったって王は言ってたけど、今色々とバタバタしてるからホテルで我慢して」
「いえ……とても素敵なホテルですしそれはいいんですけど……」
そう、俺達は魔王軍との戦争に勝利してから英雄扱いされて5日間ほどの休暇をもらった。休暇もクソも俺達はまだ働きもしていないんだけど。
まぁとにかく警備兵試験は無事合格したし、仕事が始まる前に英気を養えってことで貴族街にあるホテルに泊まっていた。
「お金も払わずに……全て無料だなんて逆に気を遣ってしまいます……」
「勇者の私財で賄ってるから平気。ゆっくり羽を伸ばして」
とても美味。やはりムセンの作る料理は一級品だ。
「あの……イシハラさん、食事中にすみませんが……後で少しお話があるんです。………二人きりで……お時間いただけますか……?」
「かまわん」
ムセンがひそひそと俺に耳打ちした。
極上の朝食をつくってもらったんだ、何より今日は特に何もないオフだ。明日は王に城に呼ばれてるしな、何の用だか知らないが。
昨日は一日中寝てたし、残りの日にちは仕事の準備が必要だ。
今日はムセンに付き合ってやるか。
すると、扉の向こうからやかましい足音が多く聞こえる。一人や二人の足音の数じゃない。団体客でも来たのか? 貸し切りのはずなのに。
レストランの扉が勢いよく開く。
「イシハラ! ムセン! シューズ! なのよ! 無事でよかったなのよ!」
「こら! エミリ! ちゃんとご挨拶なさい!……初めまして、娘が大変お世話になりました。エミリの母のリムル・ハーネストです」
エミリとその母親がやって来た。どうやらムセンがウテン経由で王に頼んで招待したらしい。
「ひ……ひぇぇ……こ、こんな高そうなホテル入れませぇん……」
「あなた、しっかりして下さい。皆さん……この度は主人がお世話になりました。シャイナ・ロウと言います。こっちは娘のリィナ・ロウです」
「初めまして! お兄ちゃんお姉ちゃん!」
続いてスズキさん一家が入ってきた。奥さんと娘もいるようだ。
「あら、賑やかね。アクア、お目当てのイシハラ君来てるわよ」
「ジャ……ジャンヌ様! 私は別にナツイ目的じゃ……」
なんか宝ジャンヌとだもん騎士まで来た。誰だこいつら呼んだの。
「え……えぇぇ……何故私めなんかがこんな場所に……であります……場違いではありませんか……?」
「アマクダリさん達警備責任者はこれからの国の防衛関連の会議で忙しいんだろ、代表で選ばれたんだからいいじゃねえか」
「そうよぉハクテちゃん。あなたも立派に仕事をやり遂げたんだから胸を張りなさい」
門兵のおっさん、職業案内所の婆さん、なんか知らん見た事ないやつまで来た。
「ぴいっ! 賑やかだっぴ! 御主人様御主人様! 楽しいっぴね!」
「やかましいだけだ、俺は食事中に騒がしいのが世界で一番嫌いなんだ」
「ナツイ! わ、私に……好きって言った事の説明をしなさい! 聞くまで帰らないもん!」
「えー、騎士さん。イシハラ君はアタシと結婚の約束したよー」
「初めまして! 貴方に会えて光栄であります! 私めはハクテと申します!」
「いー君、頬に料理がついてる。とってあげる」
「よぉ兄ちゃん、随分モテモテじゃねぇか! 本命は誰なんだ?」
「イシハラ! そうなのよ! そこらへんをハッキリさせるなのよ!」
「えー? なになにー? お兄ちゃんの好きなひとー? ききたーい♪」
「スズ・キイチ・ロウさんねぇ、あなたは精神力があるから前職の経験も活かして色々と向いてる職業があるわよぉ……それでも警備兵がいいのぉ?」
「……はい、約束しましたから……いずれまた……皆で集まろうと」
「あら、貴女ももしかしてイシハラ君のこと……ふふ、アクアもライバルが多いわね。私もイシハラ君狙っちゃおうかしら」
「だっ! だめですっ! 貴女みたいな綺麗でカッコいい方にはきっと他にお似合いの方がいますっ! だからイシハラさんはだめです!」
各々が料理を摂りながら好き勝手に騒ぐ。マジでうるさい。まったく、俺はパーリーピーポーじゃないんだ。ここはパーティー会場でもバーベキュー会場でもないんだぞ。
まぁ年に一回くらいなら別にかまわんか。
レストランはいつまでも賑わっている。さて、俺は満腹になったし散歩でも行くか。
「ムセン、行くぞ」
「い、いいんですか?……はい、お供させていただきます」
俺とムセンはレストランを抜け出した。




