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■番外編五十八.ムセン・アイコムの想い、そして… ※ムセン視点



(……え? 今……イシハラさんは何て……? 聞き間違いですか……?)


「聞こえなかったのか? もう一度言ってやる、魔物を退けたのは勇者だ、俺じゃない」


 イシハラさんの答えを聞いて、考えるより先に体が動きます。

 そして、イシハラさんの元へ駆け寄って……肩を掴んで私は言います。


「何を言ってるんですかっ!? イシハラさんっ! いつもの軽いご冗談ですかっ!? 今そんな事言ったらっ……!」

「冗談じゃない、俺は勇者に少し手を貸しただけだ」

「! 何でそんな嘘をつくんですかっ!! 貴方はたった一人で戦っていましたっ! 貴方でなければ魔物は退けられませんでした! ずっと一緒にいた私は知っていますっ! 貴方が誰よりも強い事を! そこにいる勇者なんかよりずっと!」


 私の言葉をよそに、イシハラさんの言った事を真に受けた住民の方達はざわつき始めます。


「そ……そうなのか……?」

「いや……本人がそう言ってるんだからそうなんだろう……そんな嘘をついたって何の意味もないんだから……」

「そ……そうよね……自分が倒したって証明すれば勲章だって貰えるかもしれないんだから……わざわざ嘘をつくはずないわよね……」


 ウテンさんやぴぃさんもイシハラさんの答えに困惑しています。姿は見えませんが、きっとスズさんも同じような顔をしているでしょう。


「イ……イシハラ君……何故……ですか……?」

「ご……御主人様……? ぴぃ……何でそんな嘘をつくんだぴ……?」

「………いー君…」


「何故っ……何故なんですかっ……!?イシハラさんっ! 説明してくださいっ!」


 私はイシハラさんの真意が全くわからず詰め寄ります。


「そういう事だ、勇者を讃えてやれ。俺は帰る」


 そう言ってイシハラさんは(きびす)を返してこの場を立ち去ろうとします。


 (イシハラさん……何故……説明もしてくださらないのですか?)


 貴方はいつもそうです……大事な事を何も教えてくれません。きっと貴方は、伝えなくても私は理解しているだろうと、そう思ってるのかもしれませんが……わからない、わからないですよ……。

 貴方の考えてる事はきっと正しいと思ってるのに、イシハラさんのする事を盲信したいのに。


 私にはそれが一番悔しいんです、私は貴方になりたいのに。貴方のそばにずっといて、貴方と並んで立ちたいのに。貴方の考えている事が……わからない事が。


「待て!! てめえ……俺様にあれだけ恥をかかせておいて……そのまま無事に帰れると思ったのか……? てめえがした事は国家反逆罪だ!騎士団! 捕らえろ!」


 騎士団の総団長とかいう人がイシハラさんを捕らえるよう騎士団に命令します。


「そうでおじゃる! 警備兵! 貴様がした事はれっきとした反逆罪に問われる行為でおじゃるっ!!」

「はっはっ! そりゃあいい! オッサン、せっかく『手ぇ貸してもらった』のに悪いな! まぁ警備兵は待つのが得意なんだろ!? 牢屋で出れる日を待ってりゃいいじゃねぇか! はっはっはっ!」


 それに続き、軍師とかいう人と勇者がイシハラさんを嘲笑います。


(……守りたい、イシハラさんを守りたい、守ると誓ったのに)


 なのに


「お待ちください」


 突然、住民達の中から声がして……皆が声の主に注目します。


 (あの声は……)


「だ……大神官様……!?……でおじゃる……ど……どうかされましたか?……でおじゃる……」

「先程、陛下より言伝てを承りました。書面などはありませんが……大神官【マリア・クリスト】の名に誓い……これが陛下の言である事を証明します。『イシハラナツイ、この者を国外追放とする』」


(!!?)


 私の心と同様に……住民達や騎士団達もざわめきます。


「なんで……? どうして……?」

「……ムセン・アイコム。たぶん大神官様はいー君を守った。王からの言伝てというのもたぶん嘘」

「……え?」

「国家反逆罪に問われると良くても終身の刑……死刑にもなりえる。だけど国外追放処分を受けてしまえばそこまで。もう手出しはできない。国を追われるけど……いー君なら国を出ても一から立て直せると考えての事だと思う。……大神官様ら『聖職』と呼ばれる身分の方は嘘をつくと重い罰を与えられるのに……そこまでしていー君を守ってくれた」


「……ちっ……納得できねぇ……異界人に甘過ぎんだよ……」

「やめるでおじゃるアーサー! 王の判断なら仕方ないでおじゃるよ……」


 大神官様の言に騎士達も大人しく従います。だけど……私はそんな事で納得できるわけありません。


「だったら……何故本当の事を言ってイシハラさんを守ってくれないんですかっ!? 大神官様! イシハラさんが魔物を退けたんですっ!国外追放なんて処分を受ける(いわ)れもありませんっ!」

「……………」

「やめて、ムセン・アイコム。これ以上は貴女の立場すら危うくする」

「だから何ですかっ! 私はっ……!」


 反論しようとした私を突然、その口を塞ぐように、けれど絹で包むかのように優しく大神官様が抱き締めました。


「!?」


 そして、私だけに聞こえるようなか細い声で言います。


「……わかりませんか? ムセン・アイコム様。イシハラ様はああする事で……貴女を……いえ、全ての方々を……国を、守ってくださったのです」

「!?」


 私には大神官様の言葉の意味がまったく意味がわかりませんでした。


(イシハラさんが……勇者をたてる事で国を……私達を……守った?)


 そんな私に大神官様はとても静かに、赤子を寝かしつけるかのように優しく言います。


「貴女も既に知っての通り……この世界には絶対的な職業信仰が根付いています。それは数百年に渡り……悪しき風習として……世界中の方々の心を支配しています」

「………」

「王は絶対、神教徒は絶大、勇者は……希望。それは簡単に払拭できないほど……まるで当然であるかのように……赤子にさえ……私達が小さいころから教え込まれてきました」

「………」

「魔王と魔物いう蛮族が世界に現れてからも……いいえ、それにより一層とその教えはより強固になりました。……魔王を倒せるのは勇者だけ……勇者信仰は更に世界を支配しました」

「……何が……言いたいんですか……?」


「イシハラ様はこうお考えになられたのでしょう。『警備兵に守られた国……それでは他諸国や魔王軍に付け入る隙を与える。』と」

「!!!」


「人の口に戸は立てられない……箝口令(かんこうれい)を敷く間もなくその話は他所に伝わってしまう。そうなってしまっては国は瓦解する、きっと他諸国は話を曲解させてこう考えます。『警備兵が魔王軍を退けられるはずがない。きっと警備兵はただ勇者の邪魔をしただけだろう。軍事は甘く、王は無能』……【強い警備兵がいる】と皆は信じず……【たかが警備兵を戦場に立たせ、甚大な被害を出した】……この世界ではそんな考えが先に至ってしまうのです」


(…………だから……イシハラさんは……『勇者により魔王軍幹部を退けた』と……あの勇者をかばった?)


「魔王軍に対してもそれは同じです。【勇者は警備兵より弱い】などと伝われば……その勢力は必ず肥大化して……更なる軍勢がこの国を襲う……勇者信仰は崩れ……人々は拠り所を失い……世界は終焉を迎える。そうなる事を危惧されたのでしょう」


(……だから……イシハラさんは『勇者』の名を絶対にするために……自分を犠牲にして……この国を……私達の居場所を守った……?)


「イシハラ様は貴女に……ここでそれを伝えるわけにはいかなかったのです。この囲まれた状況では必ず他に漏れ伝わってしまう。だから……何も仰る事ができなかったのです」


 だから、イシハラさんは……


「ごめんなさい……私にはこれしかできる事がありませんでした……。イシハラ様のその想いを……無下にする事はできませんでした……その罰は私が受けます。ですから……どうか……この世界の弱さを……御許しになってください……」


 大神官様は涙を流して私に言います。私の眼からも……自然と涙が流れていました。


 イシハラさん。

 貴方はいつだって……私なんかじゃ至らない考えのその先をいつも見てらっしゃるんですね。口では面倒だと悪態をつきながら……いつも人々を……皆さんを……私を、守ってくださるんですね。

 まるで流れる雲のように掴みどころのない人です。

 本当に、あなたという人は。


 私はあなたの事をもっとわかりたい、知りたい、いつか……掴みたい。離したくない、いつでもそばにいたい。


 人々から誤解を受けやすいあなたを、危ういあなたを。今度こそ守りたい。私だけが、理解者でありたい。



「そうか、わかった。お疲れ」


 イシハラさんは国外追放処分を……いつも通り何の感情もなく、言い訳もせず、ただ当たり前かのように受け入れ、街の外へ向かおうとします。


(やっぱり一人で行く気なんですね。でも、そうはさせないです)


「イシハラさんっ、待ってください!」


 私は、最初にこの世界に来た時のように。あなたに出逢った時のように、イシハラさんを追いかけます。

 今度は、不安だからとか……一人じゃ生きていけないからだとか、そんな気持ちじゃありません。


 私は、あなたと、イシハラナツイさんと一緒にいたいから。



「あっはっはっ! ざまぁないのん警備兵! 一生警備でもしてろっての」



バチンッ!!!!!!


「………………………………………………………………………………………え?」


 私の体は、考えるより先に動いていました。イシハラさんを嘲笑った……白魔導師……いえ、性根の悪いこの女を。


 この女の頬を、思い切り、ひっぱたきました。


ガッ!!


 そして、胸ぐらを掴み、思い切り顔を近づけて、言いました。



「もし、次、イシハラさんを笑ったら……私は、あなたをどこまでも追って、殺します」

「ひっ……………!!!」



ドサッ!


 性根の悪い女は恐怖に顔をひきつらせ……尻餅をつきましたが、もうどうでもいいです。私は、イシハラさんの後を追うんです。


「待ってください! イシハラさん、私も行きます!」


 あの時、伝えたい事があるって勢いで言っちゃいましたけど……やっぱり恥ずかしいのでもう少しだけ待ってもらっていいですか?

 これが初めての恋なので気づくのに時間がかかっちゃいましたけど……それにもし伝えてもきっとあなたは「そうか」とかくらいしか言わないでしょうけど。


 私は、あなたが……大好きです。いつまでも、一緒にいたいです。














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