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四十四.帰るまでの遠足



 馬の(ひづめ)の音が大きくなるたびに馬車が一層ガタガタと揺れる。

 ふむ、乗り心地は悪くない。

 黒いフードを被り、仮面をつけた女が馬を操っている。諜報ナントカのウテンの仲間だろうか。


 しかし車や電車でもそうだが人は心地良く揺れると母親の胎内にいた時の感覚と無意識に同調し眠くなるらしい。というわけで眠さの限界を迎えた俺は話を聞きながら寝る事にした。


「イシハラさん……良く眠れますね……今から……もしかしたら戦争が始まるかもしれないというのに……怖くはないのですか?」

「ZZZ別に。怖かろうがそうじゃなかろうが、やる事は変わらん。だったらやればいいだけだZZZ」

「貴方に恐怖心というものはないのですか……本当に……どんな時でも変わりませんね……でも今はそれがありがたいです」

「ちょっと待って。いー君は眠りながら喋っている? おかしい。どんな仕組み? 興味深い」

「……ウテンさん、たぶんそこまで真面目に追求する類のものではないと思います……」


 俺達は状況の確認や街に着いた後に何をすべきかを綿密に話し合う。


「いー君以外の人は住民の避難誘導をしてほしい。街外れに地下大聖堂への入り口がいくつかある、そこは結界が張られいて魔物の侵入を防ぐ。避難場所はそこ」


「わ、私はすぐに家族の元へ行かないとっ……!」

「あたしもなのよ! お母さんを一人にできないなのよっ!」


「落ちついて、スズ・キイチ・ロウ。心配なのはわかるけど住民達はもう避難を始めている。住民の人口を考えると会えるわけがない。諦めて。エミリ・ハーネスト……あなたはすぐに避難して。貧民街の人達はすぐに避難できるかはわからないけど、あなたはいー君達の依頼人だから先に避難できる」


「そ……そんなっ……! 諦められるわけがないでしょうっ!!」

「すぐに避難できるかわからないって……どういう事なのよっ!?」


「スズ・キイチ・ロウ、あなたは試験中の身とはいえ警備兵。だったら私情を置いて警備すべき人を優先させなければいけないから。あなたが迅速に誘導してくれれば助かる人もいる。エミリ・ハーネスト、避難には優先順位が定められている。貧民街の住民は最後。地下聖堂の収容にも限界があるから。王族、貴族、怪我人、病人、生産者、高名技術者、納税者が優先。他に何かある?」


 ウテンはスズキさんとエミリの質問に、事実だけを淡々と述べた。


「……!確かに……そうです……けどっ……!」

「だったらっ……あたし達は……貧乏人達は……避難できなかったら……魔物に殺されてもしょうがないってことなのよ!?」


「いつまでも駄々をこねないでスズ・キイチ・ロウ。エミリ・ハーネスト、そうは言ってない。あくまで事実を述べただけ」


「「………っ…」」


 冷酷に事実を告げるウテンにスズキさんもエミリも唇を噛みしめながら押し黙る。


「これが住民達の生存率を上げ、ひいては国を守る事にもなる最優先行動。それが、あなた達『警備兵』の仕事」


「………」

「………ぴぃ」


 シューズは無表情で何も言わず、鳥は少し哀しそうにスズキさんとエミリを交互に見る。

 ふむ。黙って聞いていたが、ウテンの指示は(おおむ)ね正しい。冷静に、第一に、最優先にやらなければいけない事だけを告げる。至ってシンプル。確かにそれが街を、国を、守るという観点からしてみれば『警備兵』がやるべき事だろうな。

 素晴らしい、実に俺好みで簡潔な考え方だ。ウテンは俺に似通った部分があるようだ。


「………………っ! ウテンさんっ……! そんな言い方はっ!」

「ZZZだが断るzzz」


 ムセンが涙目になりながらウテンに何か言おうとしていたのを遮り、俺は寝ながら有名台詞を言った。


「……えっ?……イシハラさん…?」

「……? 何が? どうしたのいー君?」


 概ね正しいとは言ったが一つだけ、ウテンは決定的な間違いをおかしている。


「エミリ、俺達は街に着いたら何をすればいい?」


 俺はエミリに指示を仰ぐ。何故なら俺達はまだ『警備兵』になっていない。この試験は『エミリが目的の物を手にいれ、家まで警備する事』

 家に帰るまでが遠足。こんな事ガキでも知っている。まだ試験は終わってはいないのだ。

 つまり、俺達の行動を決めるのはウテンじゃない。依頼人であるエミリだ。


「……イシハラっ………ぐすっ…」

「ガキはすぐに泣く、それで? 依頼人様である『ガキ』の次のわがままは何だ?」

「………あたしをっ! お母さんのところに連れていってほしいなのよ! 警備してほしいなのよっ!!」

「承知した、母親の元まで警備してやろう」


 それが達成されてようやく俺達は『警備兵』だ。諜報ナントカだかとか王の命令だか知らないが、まだ俺達がそれを聞いてやる筋合いなぞ無い。

 警備協会との連絡手段がない以上、俺達に今、指図できるのは依頼人だけだ。

 全く、何が『簡単な試験』だか。面倒な事の連続じゃないか、試験終わったらクレームいれよう。


「……イシハラさん……」

「スズキさん、あんたはどうするんだ?」


 だがウテンの言う事は一理ある。まだ警備兵では無いとはいえ、未だ試験の最中。事情が事情とはいえ、それを放り投げて家族を優先するというのならスズキさんは試験をリタイアという形になる。世の中そんなに甘くはない。


「……私はっ……!」

「あんたの家族が一番にあんたに求めてるのは何だ?」

「………………イシハラ君……」


 まぁ、こんな事を言わなくてもスズキさんならわかっているだろう。何を一番に優先すべきかは。


「……えぇ、勿論ですとも。エミリ君、私は……家族のところへ行きたい、行かせてほしいっ!」

「……わかってるなのよ、キイチ。試験……お疲れ様、なのよ。家族のところへ行ってあげてほしいなのよ、いつか……キイチの娘さんとも遊びたいなのよ。だから……絶対守ってあげてなのよ!」

「えぇ! 必ず!」


 依頼人の許可も得たし、これでスズキさんは脱落か。まぁスズキさんなら次の機会で必ず合格するだろう。

 ウテンは不満げな顔をしていたが、諦めたようで俺に言った。


「…………仕方ない。けど、いー君。依頼人を母親に届けたら私と一緒に来てもらう。絶対」

「やる気があったらな」

「駄目。絶対来てもらう」

「何度も言わせるな、イライラする」

「やだ。だめ。離さない」

「我、拒否、自分で決める」


「何イチャイチャしてるんですかっ!! そんな事してる場合じゃないでしょう!!」


 しつこいウテンと俺のやり取りにムセンがお得意の突っ込みをいれる。これのどこがイチャイチャしてるんだ。


「『ウテン』、連絡がきたよ。ちょっとマズイ事になりそう」


 馬を操っていた仮面女から馬車に声がかかる。


「どうしたの?」


 仮面女は簡潔に告げた。


「『ガレン砦』は突破された、騎士二名は敗退、重傷。このままだと街で魔王軍とかち合うかも」


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