四十.ほのぼの君
色彩鮮やかな湖畔には、それに似つかわしくない銃の音が木霊した。その音と同時に、幼い体が宙を舞い、数秒の間をもって地面に叩きつけられた。
「え……………………エミリ……さん? エミリさぁぁぁぁっん!!!!」
ムセンがその光景を視界に受け止め、絶叫する。
スズキさん、シューズ、鳥はまだその事実を認識できていないようで唖然としている。しかし、頭の片隅では理解できているだろう。
敵の襲撃。
エミリはどこからか撃たれた、狙撃されたのだ。
「エミリさんっ!! そんなっ……今すぐっ……!」
俺はエミリのもとへ行こうとするムセンを抑え、近くにいた鳥に伝える。
「鳥、スズキさんのところへ行ってすぐ木々の後ろに隠れるよう伝えろ」
「ぴぃっ! 承知したっぴぃ!」
鳥はすぐに水から上がり濡れた羽根を羽ばたかせて陸の上にいたスズキさんとエミリの元へ飛んでいった。
「なっ! 何故止めるのですか!? イシハラさん!!」
「決まってるだろう、下手に動くな。追撃を食らうからだ」
「エミリさんを助けないと!!」
「いいから来い」
俺はムセンを抱き抱え引っ張りながらスズキさんのいた場所とは少し離れた岸へと泳ぐ。シューズは全てを理解したのか黙って俺にしがみついている。
「ん」
俺は首を横に傾けた。
パアンッ!!
【イシハラ・ナツイ警備技術『危険予知【極】』】
またもや俺の顔目掛けて銃弾が飛んできた。
「きゃあっ!?」
ギリギリそれを察知していた俺は寸でのところで首を動かし弾を回避したのだ。弾は音と飛沫をあげて湖に着水した。ムセンが驚嘆の声をあげる。
岸に泳ぎ着いた俺は陸に上がり、二人を引っ張り上げる。そして木の後ろへと隠れた。これでひとまず少しは銃弾をしのげそうだ。
「はぁ……はぁ……エミリさんを……助けにいかないと……」
「動くんじゃない、木から姿を見せれば狙い撃ちされるぞ」
「イシハラさん!! そんな事言ってる場合じゃないですよ!? エミリさんは撃たれたのですっ! また追撃を受けたら……っ!」
「岸に上がる時に確認した、スズキさんがエミリを抱えて鳥と森へ隠れた。あっちもひとまずは安心だろう」
「安心!? エミリさんはもう撃たれたんですよっ!? 私が回復しにいかないとっ……!」
「は? 必要ない」
「………………え?………どういう事ですか……?イシハラさん……」
「必要ないと言ったんだ、それよりも敵をどうにかする方が先だ」
「……………本気で言ってるんですか……?」
「当たり前だ、少しは状況判断しろ。敵の位置はわからないんだ、無駄に動いても死人が出るだけだ」
「………………無駄……?……無駄……?」
ムセンは怒りなのか哀しんでいるのか判別のつかない表情を見せ。
手を振り上げた。
しかし、その手は空中で止まり。
「……あなたは……いつも正しいかもしれません……今も……あなたの言う通りなのかもしれませんっ………」
震えていた。
「……けどっ……正しい事だけが正しいんでしょうかっ……?正しい判断だけがっ……正解なのでしょうかっ……?」
ムセンは俺を叩こうとした手の行き場を見失い、代わりに涙を流して俺に言う。
「私は……そう思えないっ……思いたく……ありませんっ! イシハラさんはエミリさんに言ってくれたじゃないですかっ!! また皆で一緒に来ればいいって! それをもう反古にするんですかっ……!? まだ助かるかもしれないのにぃっ……! 何で……っ、何でっ…………そんな事言うんですかぁっ……!」
握りしめたその手は俺の胸を叩いた、そして身体ごと俺に預け、ムセンは俺の胸に顔を埋める。その顔をクシャクシャにさせながら、ムセンは人目を気にせずに泣き叫んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっん……!! エミリさぁぁぁぁっん!!!! うぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」
ムセン。
こいつ一体何の話をしてるんだ? 何一人で盛り上がってわけのわからない話をしてるのか。
すると、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「イシハラっ! ムセンっ! シューズっ! 無事なのよっ!?」
「はぁっひぃっ……皆さん大丈夫ですか!?」
森の奥から鳥に誘導されながらエミリとスズキさんがやってきた。
「平気だ、怪我はないか?」
「大丈夫なのよっ!! あんたが前もって『技術』の結界をあたしに張っておいてくれたおかげなのよ!」
「ならいい、鳥。誘導ご苦労、森を迂回しながらこっちまで無事に来れるという事はやっぱり敵は湖の向こう側か」
「そうだっぴ! 御主人様! けど正確な位置は掴めないっぴ!」
「ふむ」
さて、どうしたものか。
敵は狙撃手、恐らく山の上から森と湖を見下ろし狙撃を行っている。登山できそうな場所は湖の向こう側、そこまでに遮蔽物は無く思い切り開けている。
つまりは山を登るためには開けた湖を泳いで行くか、森を迂回してから崖を登って行くしかない。面倒くさいな、このまま引き返して帰るか。そんであの狙撃手は勝手に俺達を永遠に探し続けて老衰でくたばったりしないかな。
あ、でも目的の卵花まだ見つけてないから行かなきゃダメか。あー面倒だ、どうしたら
「イフィファラふぁん、イフィファラふぁんっ!」
「何だ?」
ムセンが俺の胸に顔をうずめたまま何か言っている。何か打開策でも見つけたのだろうか?
「えっと……色々説明ふぃてもらっふぇいいれふか……?」
何の説明だよ。
「ムセンちゃん耳真っ赤だよー? どうしたの?」
「気にふぃないひぇくだふぁいっ! 何故エミリふぁんは無傷なんれふか!」
「エミリが言っただろう、俺が防御結界を張っていたからだ。何かそんな感じの気配がしたから念のためにな」
何となく曖昧に魔物の気配を感じていた俺はエミリに『安全領域』を張っていた。さっきエミリの頭に手を乗せた時にだ。正解だったな、まさか魔物が狙撃してくるなんてびっくりだ。
「それっ! 前もっふぇ説明しといてもらえまふふぁ!? エミリふぁんがもう助からないのかと思っふぇ一人で泣き叫んでいふぁ私ふぁ一体何だったんでふふぁ!」
「こっちまで聞こえてきたなのよ……ムセン、あたしのために……そんな泣いてくれて……その、ありがとうなのよ……」
「ぅう……」
「ムセンちゃん、イシハラ君はそんなに冷たい人間じゃないよー」
「そうですよ、それはムセン君がよく知っているのではないですか?」
ムセンは顔をうずめたまま俺の服を固く握った。
「……そうでした、イシハラさん、ごめんなさい……取り乱してしまって……」
ムセン、そして、みんな。
この非常事態に一体何の話をしてるんだ。ほのぼの君か、お前ら。