ストーカーとひきこもり妹
ひきこもりは駄目ですね。ストーカーも駄目ですね。まったく、とんでもない兄弟です。
俺はストーカーだ。
正確にはストーカーの自覚はない。
この小説の語り手は、心の奥底に眠っている自分を客観視できる俺のもう一つの人格である。
俺はストーカーの自覚がないが、対して語り部の人格のこの俺は、自分がストーカーであるということを知っている。
なぜなら、自分を客観視できるからだ。俺が周りの人間に何を思われているかも、当然知っている。
自分を客観視できるというのは、おそらくほとんどの人間ができないことだろう。
もちろん俺の主人格、自分で自分が絶対正しいと思っている人格は、当然自分のことを客観視できない。
人は鏡を見るとき、他人から見えている自分よりも数倍美しい顔を鏡から読み取るのだという。
「自分は美しい」
という絶対的な自信からくる錯覚。
「鏡よ鏡、この世で一番美しい人間は誰?」
と聞く時の心境と、正に同じである。
そういう風に、本来の自分が持っているスキルより自分の力を過信しがちな奴もいれば、周りから見えている自分より、自分は劣っていると感じる人間もいる。
何も知らない方が幸せであるというならば、何も見えていない状態で、自分の美しさだけが異様に膨張した自分だけの世界を存分に楽しんで幸せに生きればいい。
真実を知っていた方が幸せであるというならば、多少辛くても、真実を受け入れるべきだ。
俺の第二の人格、冷静な人格、客観視できる人格と、俺の第一の人格、盲目で、周りが何も見えていない米ワールドに浸かりきった人格、どちらが幸せかと問われれば、正直、分からない。
俺の第一の人格ならば、当然「俺の方が幸せだ」
と答えるだろう。
自分が犯罪を犯していることも知らずに。
相手と気持ちが通じ合っていると思い込んで。
おっと、俺の駄目な方の人格が目を覚まそうとしている。
別れが惜しいが、ここでさらばだ。
また、あいつが眠ったときに会おう。
眠い。
…さっき起きたばっかだからなあ。
ってか、遅刻じゃん!!
目覚まし4個もセットしておいたのに、やべえ、教師に叱られる。
腹が減っては戦ができぬとかいうけどさ、別に学校で戦をするわけじゃねえし。
勉強が戦だって?冗談じゃねえ。あんなものが戦になる世の中なんて、糞くらえだ。
戦ってのはもっとこう…すげえかっこいい、滾るやつじゃん!?
くだらない大人がくだらないことを無理やり押し付けて覚えさせようとするのを戦っていうんならおれは戦なんて願い下げだね。
…ということを、朝食の卵を焼きながら思っている。
今日ラッキーなことに、卵の黄身が二つも入ってたんだ。
ていうか、これが初めて。一つの殻から二つの黄身が出てくるなんて珍妙な体験じゃね?
ちょい、テンション上がったわ。
ていうか無理やりあげてんだけどね。
どうせ遅刻確定だし、今日くらいは普段ないがしろにしてる朝食をまじめに作ってまじめに食べようと思った。おれの柄じゃねえよ!卵焼いたり、味噌汁作ったり。
おふくろはまだ寝てる。
漫画家だからか、生活が不規則だ。
原稿の締め切りが近づいたらまるで何かにとりつかれたかのように家事に没頭し始める。
夕食が豪華だったらそれは「原稿ヤバい」のサインだ。
正直、そんな状況で作られた飯は、あんま嬉しくない。
おれはこれに、現実逃避ご飯と名付けた。ネーミングセンス悪いだろうか。
いつものように寝坊してきた妹と、出来たご飯を一緒に食べる。
妹は不登校だ。
クラスの男子をストーカーしていたらしい。
それがバレて、相当叱られたうえ、クラスの連中にもバレていじめられ、結局ひきこもりになった。
ストーカーの内容はかなりえげつないものだったらしい。おれはよく知らない。
おいしそうに卵焼きをほおばる妹を見ていると、こんなかわいい子がストーカーなんてするくらいだから
世の中分かんねえよな、という感想が出てくる。
正直、妹を擁護する気は全くない。
ストーカーが発覚して家族に知らされたときは、さすがのおれもかなり引いた。
その時、ここにいたとして、まず確実に玄関くらいまでは引いただろう。それくらい引いた。
おふくろは真っ蒼になっていた。親父は笑っていた。
親父はもとから頭がおかしい人だったのだ。
ニコニコ笑っている親父を見て、当時の担任はやはり引いていた。妹に引いていたおれ以上に引いていた。
まるであっちこっちの引き合戦である。ドン引き綱引き合戦である。
悲しいなあ。
妹は今日も学校に行かない。おれは密かに、妹の欠席日数を数えている。一日増えるごとにため息が重くなる。妹は自分のことなのに、我関せずといった感じだ。俺の心配も知らずに。
ストーカーをしていることなどおくびにも出さなかった妹のことだから、家に誰もいない時間帯に、一人で泣いているのかもしれないが。
そんなことは俺にはわからない。
家を出て学校に向かう。完全に遅刻だ。遅刻をするのは珍しいことではない。
いつも遅刻をすると、その時間帯には、近所のおばあさんが花に水をやっている。
おばあさんが花に水をやり始めたら遅刻確定である。
今日もおばあさんは、のろのろと歩行するおれを見て「またか」という顔をした。
「あんた、本当に大丈夫かね。遅刻癖がついちまってるよ」
心配無用。おれは遅刻ごときで動揺する男じゃない。と、朝、目覚まし時計を4つセットしていたうえ完全遅刻確定と焦っていた自分を棚に上げて(というか記憶から抹消した)格好つける。
「まったく…最近の若い子はねえ…あら、そうだ。あんた、これ持っていきなさい」
そう言って手渡されたのは、一輪の赤い薔薇である。
どうやらおばあさんが自分の庭から引っこ抜いたものらしい。
「これをね、好きな子にでもあげなさい。きっと恋人になれるよ」
んなわけねーだろ、こんなもんあげたら周りに冷やかされるに決まってるわ。
と思いつつも、貰った薔薇を胸ポケットに差し込んだ。
「あら、似合ってるよ。ダンディーだねえ」
褒められた。正直、悪い気はしない。たとえ相手がおばあさんでもだ。
おれは水遣りおばあさんと別れて、相変わらずのろのろと歩道を歩く。胸には一輪の薔薇を差し込んだままだ。
何もない車道を見ていると、不意に、ここに横たわりたくなった。
この時間帯なのに、車も通っておらず、ひとっこひとりいない静かな住宅街に、ひとり歩いている。
どうせ誰も見てないんだし、ちょっと奇行しちゃってもいいんじゃね?
完全な出来心である。
おれは、周りを見渡し、そろりそろりと車道に進み出た。アスファルトにスクールバッグを置き、地面に横たわる。大の字になり、空を見上げた。
快晴。
ああ、気持ちいい。
空はこんなに青いのに、学校の狭い教室では、今日も今日とてくだらない授業が展開されている。
ああ、この大空に吸い込まれてしまいたい。
…そんな詩的なことを考えていると、
突然
!?
空から何かが降ってくる!!
ちょいちょいちょいちょい、何この急展開!?
なんか空から黒いものが迫ってくるんですけど!?
巨大なんですけど!?
なにこれ!?
ちょ、異世界のワープホール開いちゃった?
普段しない奇行をしてしまったのが悪かったのでしょうか。
ああ、おれ、死んだな……
と、
「お兄ちゃん!!!!」
妹の絶叫。
お前ひきこもりじゃなかったのか!?
ねえ、なんでそんな最悪のタイミングで外に出てきちゃうかな。
タイミング悪いなんてもんじゃねえよ。
せめて今日じゃない日にしろよ。
ほら、空から黒いものが……
降って……
あ、吸い込まれる。
「お、お兄ちゃん、これ、何?」
どうやら、妹も吸い込まれそうになっているようだ。
だからタイミング悪いって。
何が何だか、分からないよ。
続くよ!!!読んでくれてありがとナス。