05
レヴィアは今、アスカの両親と話をしている。学校の様子や校友関係といった当たり障りのない話題ではあるが、レヴィアはとても楽しんでいるようだ。無表情ではあるが、普段よりも何となく柔らかく見えた。
夕食を終えて、お茶を飲みながら会話を続ける。もう夜も遅いということで、レヴィア泊まってていくことになっている。余っているベッドはないが、二人ぐらいならアスカのベッドで寝られるだろう。
「なんというか、ごめん。泊めてもらうつもりはなかったんだけど」
夜。遠慮するレヴィアを無理矢理ベッドに入れて、アスカもその隣に横になったところで、レヴィアが口を開いた。本当に申し訳なさそうにしているが、それはむしろアスカにとっては不快なものだ。
「レヴィア。私はレヴィアのこと、友達だと思ってる」
「うん」
「親友だと思ってる」
「…………。うん」
「遠慮なんてしないでよ。私と一緒にいる時ぐらい、我が儘言ってもいいんだよ?」
「…………。そう、だね……」
レヴィアが一瞬言葉に詰まったのが分かった。それが何を意味するのか、アスカには分からない。何か、葛藤をするかのような間があり、かなり時間を置いてからレヴィアが言う。
「ありがとう、アスカ。友達になれて、良かった」
柔らかい言葉。アスカはつい頬を緩ませて、
「私もレヴィアと友達になれて良かったよ」
そう言って、レヴィアの手を握った。
思った以上に、温かい手だった。
学校で訓練をして、時折ギルドで依頼を受けてウルフの討伐にレヴィアと二人で出かけ、ごく稀にレヴィアと模擬戦をする。そんな生活が二週間続いた。
レヴィアとの模擬戦は九十九戦までになり、そして負けも同じ数になった。百戦目は、まだ仕掛けていない。百戦目こそ勝つと決めた。だから、勝てると自信を持てるまでは控えている。
最初の討伐以来、レヴィアは時折アスカの家に泊まっている。どうやら思っていた以上に居心地が良かったらしく、両親もレヴィアのことは歓迎しているようだ。一度、正式に養子にならないかとまで聞いていたが、さすがにこれは断っていた。アスカとしては、レヴィアが妹になるのは歓迎なのだが。……いややっぱりだめだ。妹に勝てない姉とかちょっと悲しすぎる。
レヴィアが泊まるのは、決まって討伐依頼を受けた後だ。アスカの部屋で立ち回りの改善点などを教えてもらっている。やはり経験者は違うというべきか、アスカには想像もつかないことを指摘してもらえる。とても有意義な時間だ。
だから今日も、いつもの討伐依頼を受けるつもりだった。
「今日はアスカさんに指名依頼が届いています」
ギルドの受付に行くと、開口一番そう言われた。
指名依頼は、文字通り冒険者を指名して依頼するものだ。当然ながら、実力が確かな有名な冒険者が指名されることが多い。未だ銀級になったばかりのアスカが指名されるなど、普通なら考えられない。
「えっと……。何かの間違いじゃ……?」
アスカがそう聞いてしまうのも無理のないことだろう。受付の女も、わずかに困惑の色が見て取れる。
「そう思って確認はしましたが、アスカさんで間違いないようです」
「はあ……。その、難しいことは、まだちょっと自信ないですけど……」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。内容は隣町への素材の買い付けですから」
アスカはさらに首を傾げる。隣町への素材の買い付け。確かに簡単だ。定期的に往復する乗り合いの馬車に乗ればいいだけだ。だからこそ、分からない。わざわざ冒険者を雇う理由などないはずだ。
「それで、どうしますか?」
少し考えつつも、アスカは受けることにした。不思議な依頼だとは思うが、指名依頼の場合はギルドが依頼人について簡単に調べてくれることになっている。明らかに怪しい人物からの依頼の場合は断ってくれているはずだ。こうして紹介してくれるのだから、信頼できる依頼人なのだろう。
「ではこちら、買い付けのためのお金と、依頼票です。依頼票に何を買うかも書かれているので、なくさないように気をつけてください」
「分かりました」
お金の入った小さな袋と依頼票を受け取る。依頼票を確認すると、買うものは隣町でよく作られている薬品だった。ポーションの一種で、ちょっとした風邪なら一日で治してしまう薬だ。他の病気にも効く薬だが、結構な値段で、一回分で大銀貨一枚だ。それを十個必要とあった。
袋に入っているお金を確認する。ポーション十個なら金貨一枚だ。あまり見ないものだな、と少しわくわくしていたのだが、中を見て凍り付いた。
入っていたのは、大金貨だった。金貨十枚分の硬貨。初めて見た。
「え、な、なんで……」
もう一度依頼票を確認する。注釈があった。乗り合い馬車などを含めて、必要経費はこのお金で払うこと、とある。何に使ったか聞くことはしないが、無駄遣いしないようにというものだった。
「太っ腹な依頼だなあ……」
さらに注釈で、家族旅行のつもりで行くといい、とまである。つまりは家族も連れて行けということか。ますますもってわけが分からない。
ふとギルドの入口を見れば、待ってくれているレヴィアと目が合った。レヴィアは依頼票を見て、そしてすぐに目を逸らした。
「レヴィア。もしかしてこの依頼って……」
「ん……。学校からの依頼。私が人選と経費を任されたから、ふんだくった。家族旅行でもしてくるといい」
「レヴィアって意外といい性格してるよね」
「否定はしない」
学校からの依頼ならアスカも安心だ。家族も連れて行っていいということだが、しかし残念ながらそれは難しい。
「お父さんは今日から泊まり込みになるって言ってたから、無理かな。お母さんもお弁当を届けたりするって言ってたし」
「そう、なの?」
「うん」
「そっか……」
とても残念そうに、どころか無念そうに肩を落とすレヴィア。怪訝に思うが、それだけアスカの両親を好ましく思ってくれていたということだろう。旅行に行ってほしいと思うぐらいには。
「お父さんとお母さんには伝えておくね。二人とも、きっと喜ぶから」
「ん……。アスカは行ける?」
「うん。もちろん」
アスカが頷くと、レヴィアは安堵したようにため息をついた。なんだかとても気を遣わせてしまったようだ。
「えっと、レヴィア。ありがとう」
「ん……。気をつけて行ってきてね」
そう言ったレヴィアは、何故かとても悲しげな笑顔を浮かべていた。




