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真祖赤姫  作者: 龍翠
第一話 冒険者の卵
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04

 アスカの住む町は広い草原の中にあり、街道が東西と南に延びている。北には深い森があり、人が立ち入ることは少ない。木を伐採するために時折数人入る程度だ。南には海があり、港町と繋がっているらしいが、アスカは未だ見たことがない。いずれ見に行きたいとは思っているが、一先ずは強くなることが先だ。

 ウルフは街道に出てくることは少ないが、何かしらの要因で普段よりも繁殖してしまった場合は人を食おうと街道に出てくる。そう言った時は国から騎士団が派遣されて大規模に狩ることになっている。今回はその前に課題に利用した形だろう。


「で、あれがウルフ。魔獣としては低ランクだけど、素早い動きには要注意。でも、今のアスカなら対応できるスピードのはず。焦らず、落ち着いて」

「うん……」


 町から少し離れると、すぐに二匹のウルフが出てきた。黒い毛皮の大きな狼だ。動物のようにも見えるが、明確な違いがある。それは、魔力を持っているかどうか。

 もちろん野生動物にも魔力を持っている個体はあるが、魔獣と区分される存在はその保有量が違う。動物の十倍以上の魔力を持ち、周囲に垂れ流している。十倍といっても人間と大差ない量なので周囲に影響があるわけではないが、多くの場合凶暴であり、戦闘能力が高いために危険な存在だ。

 アスカが前に出ると、アスカのことをただの人間と侮っているのか、すぐに飛びかかってきた。なるほど確かに速さはあるが、直線的な動きなので簡単に読める。

 ぎりぎりのところで体をひねってかわし、持っていた剣で斬りつけた。アスカの剣はウルフの首に当たり、そのままあっけなく切り落としてしまった。


「こんなに、簡単に殺せるんだ……」


 学校で教わる理魔法に、身体強化の魔法がある。魔法といっても、魔力を体の部位に纏わせる程度のものだが、それだけで身体能力が格段に引き上げられる。ウルフの首も、簡単に落とすことができた。

 できて、しまった。

 アスカの目の前に倒れているウルフ。首を切断されて、血があふれ出している。血の臭いがアスカの鼻に届き、強烈な吐き気に襲われた。


「うぐ……」


 思わず口を押さえる。だめだ、と分かっていても、耐えられない。まだ、もう一匹、いるのに……。

 だがアスカがまた剣を構えるよりも早く、アスカの横をレヴィアが通り過ぎ、あっという間にもう一匹の首を落としてしまった。


「え……」


 固まるアスカに、レヴィアは冷めた表情で言う。


「今のうちに血の臭いに慣れた方がいい。冒険者になるなら、討伐依頼を受けるなら、何度もかぐことになる」

「レヴィアは……慣れてるの?」

「慣れてる。動物とか魔獣とかだけじゃなくて、人間の血の臭いも、慣れてる」

「人間の血……」


 アスカの顔が青ざめる。レヴィアは肩をすくめて、言う。


「いずれそれも、慣れた方がいい。……赤姫を倒すつもりなら、絶対にかぐ。それともアスカは、犠牲者を一人も出さずに赤姫を倒すつもり?」


 そうだ、と言いたいところではあるが、アスカは口をつぐんだ。分かっている。そんなこと、不可能だということは。

 戦闘能力もそうだが、赤姫は突然現れて、町を襲う。兵士や騎士団の対応は、それからだ。必然的に、犠牲者が出てから戦うことになる。最初から、血の海ができあがっているというわけだ。


「きっついなあ……」


 血の臭いがこれほど辛いものだとは思っていなかった。アスカが大きなため息をつくと、


「まだ真っ当な証拠。血の臭いなんて、慣れるものじゃない」


 そう言ったレヴィアの声は、優しげで、そしてどこか自嘲めいたものだった。




 その後、しばらく街道を歩き、出てくるウルフを倒していった。一度に複数、それこそ五匹も出てくることがあったが、アスカが相手をしたのは常に一匹だ。他は全てレヴィアが倒している。レヴィア曰く、今日はまず実戦と血の臭いに慣れるべき、だそうだ。

 アスカとしても、まだウルフ一匹が精一杯なのでとても助かる。本来なら二匹、いや三匹ぐらいなら相手取れると思うのだが、どうにも血の臭いに慣れることができない。


「こんなことなら、もっと早く血の臭いに慣れるようにしておけば良かった……」

「そのうち慣れる。がんばれ」

「はーい……」


 その後も何度かウルフを狩ったが、結局血の臭いに慣れることはできなかった。だがそれでも、依頼そのものは達成されている。アスカが持っている小さい布の袋には、討伐証明となるウルフの牙が入っている。これを見せれば、依頼は完了だ。

 昼過ぎには町に戻り、ギルドで討伐証明の牙と依頼書を渡す。そうして渡されたのは、銀貨五枚。命がけの仕事だと考えれば安く思えるが、それほど強い魔獣ではないと考えれば、妥当のような気もする。


 銀貨は一枚で大銅貨十枚の価値がある。大銅貨は銅貨十枚で、大銅貨二枚でパンを一個買える程度の価値だ。銀貨の上は、銀貨十枚で大銀貨、あとは同じように金貨、大金貨と続く。

 ともかく。初めての報酬だ。銅級の時は登録をしただけなので、依頼を受けたことがなかった。これが初めて、自分で働いて稼いだお金ということになる。


「うわあ……」


 感動で声が震えてしまう。レヴィアはおかしそうに、小さく笑う。


「何となく分かるよ、アスカ。お初めてのお給料だし、記念に何か買ってきたら?」

「記念、記念か……」


 確かに嬉しくはあるが、何か特別なものが欲しいというわけでもなく。それならばと、レヴィアへと言う。


「レヴィア。ご飯食べに行こうよ」

「え」


 そういうことになった。




 アスカの家。いつもの食卓に並ぶのは、四人分の食事。そしてアスカの隣に座るのは、レヴィアだ。向かい側に座るアスカの両親は、柔和な笑みを浮かべている。アスカが初めて友達を連れてきたことが嬉しいらしい。

 本当なら、アスカはどこかの飲食店で食べるつもりだった。銀貨五枚あれば、高級な店は無理でも、それなりに良いものが食べられるはずだ。何を食べたいかレヴィアに聞いたところ、帰ってきた答えは、アスカの家のご飯が食べたい、というものだった。

 不思議に思いながらも、レヴィアがそう言うならとアスカの家の招待した。晩ご飯を作っていた母に事情を説明すると、母も疑問に思ったのか、もう少しお金を出してあげるから外で食べてきたらと言ってくれた。それでも、レヴィアはここで食べたい、とのことだった。


「その……。理由を聞いても? プロが作った料理の方が美味しいわよ?」


 母のその問いに、レヴィアは、


「私の家族は赤姫に殺されて、もういない。家族での食事が、ちょっと恋しい。私という異物は邪魔だとは思うけど、いさせてくれるだけでいいから」


 これには、母だけでなくアスカも絶句した。レヴィアの両親が赤姫に殺されているとは知らなかった。

 そうして、今は家族で食卓を囲んでいる。背の低いレヴィアはなんだかアスカの妹のようだ。この状況を少しだけ楽しみつつも、実際にはレヴィアの方が強いことに少しだけ気落ちしてしまう。がんばらないといけない。


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