03
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薄暗い、けれどとても広い、学校の敷地ほどの広さがある地下室で、レヴィアは静かにそれを見つめていた。目の前の、巨大な石版。幾何学的な模様が描かれたそれには、精霊たちが近寄ろうとしない。そのため、この部屋には精霊たちの姿がない。それが、ひどく寂しい。
人間はたくさんいるというのに。
石版の周りにいるのは、学校の教師も含む、大勢の大人たち。人族と魔族の研究者が集まっている。誰もが、目の前の石版を見て満足そうに笑っていた。
「レヴィア」
側の男に呼ばれる。レヴィアが目だけを向けると、男が言う。
「精霊たちは近くにいるか?」
「いません。この部屋にはただの一体も、精霊がいません」
「そうか。素晴らしい」
男が笑う。連鎖するように、周囲へと笑いが広がっていく。不快なその笑い声に、レヴィアは思わずため息をついた。
自分の生活がなければ、こんな研究、手伝っていないのに。
目の前の石版は、特殊な爆弾だ。起動すれば、周囲の精霊たちから強制的に力を奪い、解放していく。この町なんて軽く吹き飛ばすだろう。
レヴィアは、精霊たちの動向を見守るためにここにいる。精霊たちがこれを嫌がるということは、この魔方陣は精霊に対して良くないものだということだ。それを見るために、ここにいる。
もうすぐこの爆弾も完成するだろう。完成すれば、量産して、それぞれの町の地下に置かれることになる。赤姫が出現した時に、使用するために。つまり町の人間もろとも殺す、ということだ。狂っている、と思うが、それに協力しているレヴィアも似たようなものかもしれない。
レヴィアは十年前、赤姫に滅ぼされた町の、数少ない生き残りだ。赤姫から呪いを受けて、不老となった。その後は、人族の国に保護され、こうした研究に協力している。あまり気の進まない研究ではあるが、それなりにお金はもらっているので我が儘は言えない。
ただ、もし、ここでこの爆弾が使用されたら。その時はアスカも死んじゃうな、と。それが少し、悲しくもある。
だから。
「どうした、レヴィア」
隣の男に、校長先生に声をかけられ、レヴィアは軽く首を振った。
「何でもありません。もう少しで完成しそうですね。お金はもらえますか?」
「呆れたやつめ。金ばかりだな。だが、もちろんだとも。赤姫を討伐できれば、歴史に名前を残すことも可能だろう」
そんなことに興味はない。そうですか、とレヴィアは頷いて、踵を返した。
「すまないが、夕食を三十人分頼む」
「…………。了解です」
精霊を見る時以外は、ただの雑用だ。レヴィアはやれやれとため息をつき、その部屋を後にした。
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学校は時折生徒へと課題を出す。成長を確認するための課題だそうだ。今回アスカに出された課題は、冒険者ギルドで討伐依頼を受け、達成することだった。実際に働く冒険者の同行を推奨、となっている。一人でなくてもいいらしい。
教師から課題の詳細が書かれた紙を受け取ったアスカはそれを読むと、真っ直ぐにレヴィアの元へと向かった。
「レヴィア。手伝って」
「ん?」
首を傾げるレヴィアに、課題の紙を見せる。レヴィアはそれを読むと、少しだけ眉を上げた。
「なるほど。このやり方があるか……」
「レヴィア?」
「何でも無い。いいよ。手伝う」
二つ返事で頷いてくれる。待ってて、と言うと、レヴィアは教師の下へと向かった。二言三言話をして、こちらまで戻ってくる。レヴィアの手には、アスカと同じ課題の紙が握られていた。
「同じ課題にしてもらった。これで一緒に課題が終わる」
「さすがレヴィア! じゃあ、ギルドに行こう!」
「ん」
アスカが先に歩き、レヴィアがそれに続く。いつもの光景だ。レヴィアはアスカよりも間違い無く強いのだが、それを笠に着ることはなく、アスカの指示を待つことが多い。理由は、アスカの成長のため、というものだった。
二人で学校を出て、町の外れにある冒険者ギルドへと向かう。
冒険者というのは、いわゆる何でも屋だ。金さえ払えば、家の掃除から魔獣の討伐まで幅広くこなす。ギルドはそんな冒険者への仕事の斡旋所となっている。
基本的な流れとしては、依頼者がギルドに依頼を持ち込み、ギルドがその依頼の難易度を査定、三つの難易度に一つに割り振り、ギルド内にある掲示板に貼り出す。冒険者がその依頼を受けて、依頼をこなし、ギルドから報酬を受け取る。これが基本的な流れだ
冒険者と依頼には三種類のランクが割り振られ、冒険者は自分のランク以下の依頼しか受けられないようになっている。ランクは上から順に、金級、銀級、銅級となっている。
銅級は町での雑用しかできないが、戦闘能力が認められれば銀級となり、討伐依頼も受けられるようになる。金級は偉業を為し得た者や人間離れした戦闘能力を持っている者に与えられるそうだ。
ちなみにレヴィアは銀級で、すでに何度か依頼を受けたことがあるらしい。
アスカは先日まで銅級だったが、学校からの口添えもあり、銀級に昇格した。今回の課題もそういった経緯があってのものだろう。アスカにとっては初の討伐依頼だ。少し緊張している。
ギルドがあるのは町の外れ、商業区と居住区の境目だ。他の建物と似通った造りで、三階建てになっている。ギルドの隣には酒場があり、多くの冒険者がそこで仲間を集うそうだ。
今回、アスカにはすでにレヴィアという頼もしい仲間がいるので、新たな仲間を求めるつもりはない。ギルドで依頼を受けるだけでいい。
ギルドに入り、奥のカウンターへと向かう。カウンターにはギルドの職員が五人いて、それぞれ担当が違う。アスカが向かうのは、真ん中、依頼斡旋担当だ。本来なら掲示板から受けたい依頼を取ってくる形式なのだが、今回は学園の課題ということもあり、ギルドが用意してくれることになっている。
列に並び、しばらく待つ。すぐにアスカの順番になった。アスカの顔を見た受付の女はすぐに察したようで、一枚の依頼書を渡してきた。
「アスカさん、ですね。こちらが課題の依頼となります。内容はウルフの討伐です」
「ウルフですか」
ウルフはその名の通り、狼の魔獣だ。動きが素早く、爪や牙で攻撃してくる。
依頼書を見ると、他の町への街道に、ウルフが多く見られるようになったらしい。その数を減らしてほしいというものだった。注釈として、後日別の冒険者に掃討依頼が出されているため、無理をする必要はないと書かれている。とにかく生きて戻れということらしい。
その依頼書を入口の側で待ってくれているレヴィアに見せると、レヴィアは小さく頷いて、
「まあ、妥当。ウルフぐらいアスカなら簡単に倒せる」
「そうなの? 実戦は初めてだからちょっと緊張する……」
「アスカが緊張とか、笑える」
「どういう意味!?」
レヴィアを睨めば、レヴィアはさっと目を逸らしてギルドを出て行ってしまう。少しばかり憤慨しながらも、アスカもその後を追った。