表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真祖赤姫  作者: 龍翠
閑話
36/42

赤の記憶

 殺した。たくさん殺した。それでもまだ、殺す。

 最初は人数を数えていた。百を過ぎると数え間違いが多くなり、それでも数えて千を超えて、数えるのをやめた。

 殺して。殺して。殺し続けて。自分の心を殺し続けて。

 気づけばレヴィアは、血の海に立っていた。


「……………」


 その周囲を、人のいなくなった村を見渡す。誰もいない。死体しかない。

 この村は、レヴィアが生まれた村だ。百年ほど眠っていたレヴィアを知っている者はもう誰もいないが、それでも、少しだけ心の中に抵抗があったのは事実だ。それすら抑えつけて、全て殺してしまった。

 レヴィアの幸福を願ってくれた両親は、もういない。もしかしたら親族がいたかもしれないが、もうすでに殺し尽くした後だ。

 ふわりと、レヴィアの側に精霊が現れる。背中に蝶の羽のある小人の姿。精霊のまとめ役である高位精霊だ。どこか虚ろな目をしたその精霊は、レヴィアへと報告をしてくれた。


「ん……。まだ生き残り、いるんだね」


 この大陸の人間は意図的に逃がした数人を除き、全て殺すつもりだった。最初の見せしめとして。例外なく。

 けれど、この村を滅ぼして、少しだけ気が変わった。

 思い出した。思い出してしまった。自分の幸福を願ってくれた両親を。

 最早自分に幸福なんて許されない。隣に人が立つことも許されない。レヴィアは、大勢の人間に憎まれなければならないから。いつか、誰かに殺されるその時まで。


 それでも、せめて。残っている人だけでも、助けてあげてもいいかもしれない。

 そう考えたレヴィアは、腕をふと振りした。それだけで、村中から血が、死体が消える。残されたのは、誰も住まなくなった廃墟ばかり。

 次にレヴィアは、残っている人の気配へと、その側へと転移する。

 突然現れた赤姫に驚き、絶望する人々を強制的に連れて、あの村へと連れて行く。そうして集まったのは、百人と少し。生き残りはたったそれだけ。我ながらよく殺したものだと思う。

 困惑、混乱、絶望、恐怖。様々な表情の人間が、少し浮いているレヴィアを見ている。レヴィアは彼らへと、言う。


「あなたたちが、最後の生き残り」


 ざわりとざわめく人々。周囲を見て、ある者は呆然とし、またある者は誰かの名前を呼んで泣き叫んでいる。ずきりと、殺し切れていない心の奥深くが、軋む。その痛みを抑えつけ、続けて言う。


「あなたたちはここまで生き残った。だから、あなたたちだけは、助けてあげる」


 人々がこちらを見る。希望に顔を輝かせる者がいれば、憎悪に顔を歪める者もいる。それでいい。それでいいとも。


「ルールは二つ。この村で暮らすこと。逃げ出すことは許さない。魔法や魔力を利用した道具を使わないこと。所持も許さない」

「その……。破った場合は……?」


 全身が鱗に覆われた魔族の若者が聞いてくる。レヴィアはその若者に、そして全員にも向けて、


「殺す」


 短く、淡々と言い放った。


「例外はない。どこに逃げても殺す。さっきみたいに、私は隠れている人も見つけられる。逃がしはしない。違反すれば、命はない」


 ごくりと、誰かがつばを飲み込んだ。レヴィアのこれがはったりだとは、まさか思ったりはしないだろう。すでに大量に殺した後なのだから。


「家はある。田畑もある。北に行けば魚が豊富な湖もある。生きていくには十分のはず。ルールさえ守れば、私は口出ししない。……武器を用意して私に挑んでくるのも、自由だ」


 何人かが息を呑み、そして憎悪の色が濃くなった。命知らずはまだいるらしい。内心で呆れると同時に、強い人たちだとも感心する。敬意を表しよう。敬意を表して、殺してあげよう。

 その憎悪のまま、挑んできたのなら。


「ここから西に山がある。どの山かは、まあ、分かる。そこに私はいる。いなくても、数日待てば、戻ってくる、と思う。その気があるなら、来るといい。ただし、私も殺されるつもりはないから、殺す」


 息を呑む音がまた聞こえるが、今更だろう。

 殺す。なんて軽い言葉なのだろうか。あまりに口に出しすぎているとも思う。けれど、レヴィアには他に表現することもできない。どうせ意味は同じだ。


「それじゃあ、がんばって生きるといい」


 そう言ってレヴィアが踵を返すと、


「待ってほしい!」


 誰かが呼び止めた。煩わしく思いながらも、彼らと関わることは今後ほぼないだろうことを考えて、少しならいいかと振り返る。レヴィアを呼び止めたのは、中年の人族の男だった。


「なぜ、こんなことをするんだ。目的は、何なんだ?」


 問いが抽象的すぎる。何に対して聞かれているのか分からない。かといって、聞き返すつもりもない。自分の目的を知る必要は、人間にはない。


「答えるつもりはない。想像に任せる」


 レヴィアはそう言い捨てると、その場から姿を消した。




 次に現れた場所は、先ほどの村から西にある小さな山だ。山というよりも丘に近いだろうか。草花が生い茂る美しい場所だ。この山には地下へと続く小さな洞窟があり、レヴィアはそこで眠っていた。

 ある意味で、今の始まりの場所だ。その小山の空には、黒々とした雲が立ちこめている。

 人の想いは強い。憎悪も絶望も恐怖も、その全てが黒く濁る力となる。放置しておけばどのような影響が起きるか分からない。だから、ここに集めている。死後の黒い感情は、全てここに集められる。

 レヴィアの罪が可視化したものだ。目を逸らすつもりはなく、逃げるつもりも当然ない。

 ただ、これを見ると、思ってしまう。もう後戻りはできない、と。


 後悔はない。後悔はないが、けれど、これで良かったのかと自問自答してしまう。しかしすぐに首を振る。今更考えても仕方がない、と。

 ああ、けれど。自分はたった一人だ。

 協力者はいる。人族でも魔族でもないが、貴重な協力者が。だがそれは、レヴィアの心を苛むことはあっても、救いにはならない。


 仕方の無いことだ。自分は許される立場にないのだから。

 でも。思ってしまう。夢想してしまう。

 友達を作ってみたかった。恋人ができて、結婚して、子供に恵まれて。そんな人生を歩みたかった。それは紛れもないレヴィアの本心であり、今ではもう、叶えられない願いだ。


「はっ……」


 鼻で嗤う。何を考えているのかと。許されないと分かっているはずなのに。

 けれど。


「想像するぐらいは、いいかな……」


 自嘲する。けれど、思ってしまう。想像してしまう。あり得たかもしれない未来の自分を。友人に恵まれて笑っている自分を。あり得ない自分を。

 訪れることがない未来。そんなことは分かっている。それでも、ほんの少しの心の安らぎを求めて、レヴィアは山の頂で目を閉じた。

 夢想するのは友達といる自分。あり得ない光景。許されない夢。


   ・・・・


 そのはず、だったのに。

 レヴィアの目の前には、アスカがいる。レヴィアに両親を殺され、故郷を滅ぼされ、さらにはレヴィアの血を飲んでしまって吸血鬼となった少女。それだけの目に遭いながらも、レヴィアを追って、探して、そしてとうとうこの場所までたどり着いた愚か者。

 レヴィアを友人だと、親友だと言い張る変わり者。


「久しぶりだね、レヴィア。ここまで、来たよ」


 アスカの声が耳に届く。心地良い声。聞きたかった、声。


「うん。久しぶり、アスカ。ずっと、待ってた」


 それは音にせずに口の中で呟き、そしてすぐに首を振って。

 嬉しくて、嬉しくて。そんな心は抑えつけて。今はまだ、心の整理ができるまで、待ってほしいから。

 だからレヴィアは自分の心にふたをするかのように、赤姫としての仮面を被る。本心を、悟られないように。


赤姫の過去話、でした。

次話は第四話、最終話に当たります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ