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真祖赤姫  作者: 龍翠
第三話 吸血鬼の支配
35/42

12

「あ……!」


 そこで、思い出した。名前は知らない。会ったのも一度きり。しかし、記憶はしっかりと残っている。思い出してしまえば、なるほど彼の面影が確かにある。

 アスカが故郷を失った時、送り出してくれたあの軍医だ。


「まさかこんなところで会うなんて! どうしてここに?」


 アスカが駆け寄ると、軍医はどこか懐かしむように微笑みながら言う。


「もう話してもいいだろうね。実はあの時のことだが、赤姫に依頼されたものなんだ」

「え……? レヴィアに?」

「うん。君を送り出した後、また赤姫が来てね。死ぬか、魔大陸に行くか選べと言われてね。そうして今ここにいる」


 まさかそんなことが起きていたとは思わなかった。剣や道具にはレヴィアが関わっていると思っていたが、出立まで仕組まれていたとは思わなかった。

 アスカが無事に旅立てるように、なのだろう。もしかすると、アスカが知らないだけで他にも世話になっているかもしれない。これもまた、いずれ会った時に聞かなければ。

 だが、今はそれよりも。


「その……。巻き込んでしまってごめんなさい」


 アスカが頭を下げると、軍医は今更だねと心底楽しそうに笑っていた。




 オルガと名乗ったその軍医がもう長くないというのは、どうやら事実らしい。間違い無く一年も生きられないそうだ。この町の医者がそう診断しただけなので外の医者なら何かあるかもしれないが、その外に出ることができないので同じことだろう。


「それに、もう十分生きたからね。孫は元気に育ってるし、これ以上は贅沢というものさ」


 一緒に暮らすようになったオルガは本当にそう思っているらしい。アスカとしては残念だが、オルガがそう言うならアスカが関わるべきことではないだろう。


「孫がいるんだね。お子さんは別のところで暮らしてるの?」


 そう聞いてみると、オルガは一瞬だけ表情を歪め、


「死んだよ」


 短く、そう答えた。凍り付くアスカへとオルガが続ける。


「十年ほど前に赤姫を襲撃したって話は聞いたかな?」

「はい……。長から、聞きました。それじゃあ……」

「ああ。それに参加していたんだよ。私が知った時には手遅れでね。山積みにされた死体に、息子夫婦のものがあったよ」


 赤姫の怖さはしっかり教えたつもりだったんだけどね、と力無く笑うオルガ。孫だけでも残ってくれたのは救いだった、とは言うが、その瞳の悲しみの色はとても濃い。アスカには、何も言うことができない。


「赤姫も赤姫さ。どうせなら、殺す相手の家族含めて殺し尽くせば、憎しみよりも恐怖が勝るだろうに」

「そう、だね……」


 きっとそれは、レヴィアなりの優しさなのだろう。関係のない者まで殺したくはないのだろう。例えそれが原因で憎悪が続こうとも。今更自分に向けられる憎しみの目が増えたところで関係がないと思っているかもしれない。

 レヴィアがそのつもりなら、この町だけでも彼女を受け入れられたかもしれないのに。彼女の帰る場所にできたかもしれないのに。それをしないのは、彼らの先祖たちを殺めてきた責任だろうか。アスカには、全てを理解することはできない。




 オルガの世話をしつつのんびりと過ごす。オルガの世話をしている間は仕事はしなくてもいいと長は言ってくれるが、それだけでは申し訳ないので、時折夜に狩りをするようにしている。こういう時は吸血鬼の目はとても便利だ。

 オルガが亡くなったのは、アスカが暮らし始めて半年経った頃だ。彼女はこの町に最先端の医療技術をもたらしたということもあり、多くの人が彼女の葬儀に集まってくれた。この町のしきたりに従い、彼女は町の裏手にある共同墓地に埋葬された。

 久しぶりに身近に感じる別れの感覚。せめてあと一年、こちらに早く来ていればと思うが、たらればを考えても意味はない。


「アスカにとって大事な人だったらしいね」


 墓地の前で一人黄昏れているアスカに声をかけてきたのは、ソラスだ。そのソラスへと振り返り、アスカは苦笑した。


「大事な人っていうか……。恩のある人、だったかな。看取れただけでも、良かったよ」

「そっか……」


 ソラスは町の北にある大きな湖で漁をしている。それが彼の仕事で、新鮮な魚をわけてくれる。アスカも、落ち着いたら狩りか農業のどちらかをしてほしいと頼まれている。


「なんというか……。俺も親に会いたくなったよ」


 そんなことをソラスが言って、アスカは巻き込んだことに申し訳なくなってしまう。

 そのソラスの言葉を、どこかで聞いていたのかもしれない。

 赤姫が、また町に現れた。




「俺は赤姫に感謝すればいいの? 両親まで巻き込みやがって、と怒ればいいの?」

「あ、あはは……」


 町の多くの人が帰ってきている、夜。広場に突然現れた赤姫は、二人の人間を両腕に抱えていた。ジークとフリーダ、つまりはソラスの両親だ。二人とも呆然としたままだった。


「何やってるの、レヴィア……」


 きょろきょろと何かを探しているレヴィアにアスカが声をかける。レヴィアはアスカに気が付くと、その隣にいるソラスへと視線をやり、


「ん。連れてきた」


 ソラスの前に、その二人を放り投げた。

 慌てて駆け寄るソラスと、見て分かるほどに混乱しているその両親。なんだかもう、アスカは何も言う気が起きない。


「えっと……。あの村の人には?」

「言ってない」

「大問題じゃない……」

「二人増えるのも四人増えるのも同じ。……同じ?」

「私に聞かれても……」


 やりたい放題とはこのことだ。アスカがため息をついている間に、レヴィアは消えていて。騒がしくなる町に、何となくアスカが申し訳なくなってしまった。




 そうしてちょっとした騒ぎがありながらも、町での生活を続けて。

 アスカがこの町に訪れてから一年が経った。


壁|w・)第三話終了。次話は閑話です。

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