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真祖赤姫  作者: 龍翠
第三話 吸血鬼の支配
33/42

10

 長は二人の口を半開きにした表情に気づき、これは失礼と小さく笑いながら言う。


「実は初めてのことではないのです。二百年か三百年か、それほど前にも同じような出来事があって訪れた者がいたと記録に残っています。もっとも、どういった存在なのかは分かりませんが」


 ここで、彼女は女神だと言っても、さすがにそれは信じてもらえないだろう。アスカとしても、そこまで話すつもりはない。証明する方法がない。


「他にもここに来る方法があるんですか?」


 それとなく話題を変えると、長は特に気にした様子もなく頷いた。


「ええ。それが本来なら唯一の方法です」

「それは?」

「赤姫に招かれることですよ」


 息を呑むアスカとソラス。それをどこか楽しげに見つめながら、長が続ける。


「目的も基準も分かりません。ですが、赤姫は時折外の人間を連れてくるのです。以前も、五十年ほど前に訪れた人がいました」


 五十年。その数字に、アスカが眉をひそめる。ただの偶然かもしれないが、やはり何となく、自分に関わりがあるような気がする。


「そうして訪れた者には、住む家と、そして仕事を与えています。仕事に関しては、後ほど自分のやりたいことができるまでの仮のものとなります。もちろん、お二方にもご用意させていただきますよ」

「あ、いや、俺たちはここに住むわけじゃ……」


 思わずといった様子でソラスが言うと、長が顔を歪ませた。不愉快故に、というわけではなく、これは憐れみに近い表情だ。ソラスは戸惑っているが、アスカはすぐに理解した。


「この大陸にはこの町しかないんですね。そして、出る手段もない」

「うむ。その通りです」


 愕然とするソラスの背中を撫でてやりながら、アスカは長に聞く。


「話を聞いているとここの町は赤姫も知っているようですけど、隠れ住んでいるわけではないんですね」

「そうです。この町は赤姫の支配下にあることで存在が許されている唯一の町です。彼女の意図は分かりかねますがね」


 長曰く、千年前、この大陸のほぼ全ての人間が殺された後、数少ない生き残りが集められて、この場所に住むことを許されたらしい。二つのルールを守れば、口出しはしないと。ただしルールを破れば、その人間は必ず殺すと。

 それ以来、この町は過度に発展することもなく、今日まで続いているらしい。


「ルールですか」

「そうです。一つ目は、この大陸を出ようとしないこと。もっとも、こちらは赤姫が殺しに来るまでもなく、外でのたれ死ぬだけでしょう。たまにあなた方のように草原を越えて来る者がいるので、期待してしまうのでしょうね」


 それなら、ここに真っ直ぐ来たのは間違いだっただろうか。少し心配していると、長が笑いながら首を振る。


「気にしなくても構いません。そういうこともあるというだけで、稀ですから」

「分かりました……。それで、もう一つのルールは?」

「魔道具に関わらないことです。作ることも、所持することも許さない、と」


 ソラスが首を傾げる。彼にとっては意外なルールだろう。だが、アスカは、それが予想できていた。推測が、確信に変わっていく。


「それさえ守ればあとは自由なんですね」

「その通りです」


 魔道具になれてしまった外の人では大変だろうが、今まで使ってこなかったこの地の人ならばそれほど苦にはならないルールだろう。ある意味、この町は、


「赤姫の庇護下にある町なんだな」


 ソラスが小さな声でそうつぶやいた瞬間、長の表情が苦々しいものに変わった。


「何かあるんですか?」


 アスカが聞いて、長が答える。


「この町に赤姫が現れる時は、誰かが死ぬ時です」

「え?」

「どのような方法かは分かりませんが、赤姫は魔道具を見逃さない。ある日突然町に現れて、家に入り、そこに暮らす住人を引きずり出す。魔道具に関わったと言って、他の多くの住人の目の前で殺すのです。おそらくは、見せしめも兼ねているのでしょう」


 ルールに逆らったから。それは皆が分かっている。理解している。けれど、納得しきれるものではないだろう。特に、その家族や友人からすれば。


「ご家族が、恨むでしょうね」

「うむ……。私も、息子を殺された一人です。分かっているのです、ルールを守っていれば良かったのだ、と。それでも、それでも、納得できるわけがない……!」


 怒りに震える長を見ていれば、その怒りがどれほどのものか何となく分かる。全て理解するなんておこがましいことは言えないが、それでも、相当なものだろう。アスカも、両親が殺された時は怒りに我を忘れたから。


「十年ほど前に、赤姫の支配から脱しようと、若者を中心として決起されたことがありました」


 長の話が続く。だがそれは、冒頭から結末が分かってしまうものだった。


「皆殺し、でしょうか」


 アスカが問うと、長は沈痛な面持ちで頷いた。


「赤姫が住むという山に向かった者たちは、数日して死体となって帰ってきました。いやはや、もはや笑えますよ。突然私の元に赤姫が現れたと思えば、外に死体を置いておくから好きにしろ、ですからね。あの時ほど、自分の無力さを恨んだことはありません」


 今も、大勢の人が赤姫を恨んでいるらしい。かつて先祖が殺された時から、引き継がれてきた憎悪だ。そしてそれと同時に、彼らは感謝もしているという。ルールさえ守れば、静かに生きていけるのだから。


「誰も、赤姫については口にしません。触れなければ、良いものなのです」


 お二方もお願いします、と長が頭を下げて、アスカとソラスは神妙な面持ちで頷いた。

 だが、長の思惑通りにはいかないものだ。これらば全て人間の都合であり、吸血鬼には関係のないものなのだ。

 突然、一人の男が部屋に飛び込んできた。驚く三人へと、その男が言う。


「長! 赤姫が、広場に……!」

「な……! また誰か、魔道具に関わったのか!」


 顔を青ざめさせて立ち上がる長。だが男は首を振って、


「それが、広場のど真ん中に降り立ってからは、何も動きを見せなくて……」


 長が怪訝そうに眉をひそめた。いつもと違う出来事らしい。長は困惑しているが、アスカとソラスはすぐに理解した。赤姫が探しているのは、自分たちだと。


「ソラスはここで待ってる?」

「怒るよ?」


 笑顔のソラスに、アスカは苦笑して肩をすくめた。そうしてから、長へと言う。


「おそらく、目的は私たちです。行きます」


 アスカがそう言うと、長は申し訳なさそうに頭を下げた。




 広場に戻ると、あれほど集まっていた人々が誰もいなくなっていた。いや、広場の外にはいる。家の中から様子をうかがったり、木の陰から見ていたりと様々だ。恐怖はあるが、赤姫の目的が気になっているらしい。

 アスカが姿を見せると、赤姫は、レヴィアは大きく目を見開いていた。

 レヴィアの姿は変わっていない。五十年前の姿のままだ。そしてしれは、アスカも同じだ。


「久しぶりだね、レヴィア。ここまで、来たよ」


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