表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真祖赤姫  作者: 龍翠
第三話 吸血鬼の支配
30/42

07

 船に乗って一週間。二人の船旅は概ね順調に進んでいる。大きな嵐に巻き込まれることもなく、甲板でのんびりと釣りをする余裕すらあるほどだ。

 アスカの事情については、出発してすぐに話してある。驚かれたが、それだけだった。もしかすると何か言いたいことがあったかもしれないが、今のところソラスの口からアスカの事情について触れられることはない。


 その後はのんびりとしたものだ。方角に関しても、アスカの目には魔大陸の壁が見えているので問題はない。

 だがそもそもの問題は、壁についてからとも言える。今までの情報や言い伝えを考えれば、入る場所があるとは思えない。


「よじ上るしかないかな……」


 すでにはっきりと見えるようになった壁を見ながら、アスカがつぶやく。中へ続く穴がなければ上るしかないだろうが、そうなるとソラスを一人で残し、帰すことになる。それはそれで心配だ。そうなれば、やはりアスカも一緒に帰るしかないだろう。


「近づいて、壁について調べられれば十分、かな……」


 そんなことを考えながら、釣り竿を引く。小さな魚がえさに食いついていたので、その場で逃がし、そうしてまた釣り糸を垂らす。その繰り返しだ。

 のんびりと、のんびりと。嵐の前の静けさのように。




 ざらに三日後、アスカとソラスの目の前には、魔大陸の壁が広がっていた。巨大な壁で、どれほどの高さなのか、どこまで続くのかすら分からない。イメージ以上の壮大さだ。


「はあ……。でっかいな……」

「そうだね」


 ソラスが感嘆のため息をついている隣で、アスカは短く詠唱を済ませる。そうして放ったのは、小さな火球の魔法。それを壁にぶつけてみる。


「って、何やってんのアスカさん!?」

「うん。攻撃」

「いや、攻撃って……!」


 ソラスを無視して、魔法の結果を確認。傷一つついていない。もしものためを考えて手加減したので当然かもしれない。

 それなら、今度は、本気で。

 上空に手をかざし、空気中の水を集める。そうして作り出したのは、巨大な氷の槍だ。それを思い切り壁へと投げつければ、すぐに周囲に轟音が響き渡った。


「うっわ、手加減なし……! それで、結果は?」

「うん……。だめだね」


 穴どころか、これでも傷一つついていない。嫌になるほど頑丈だ。その場で頭を抱えたくなった。


「これ、どうやって入る?」

「今考えてる……」

「だよね」


 アスカの魔法で傷一つつかない、というのはさすがに予想外だ。これが千年前に作り出されたものだと言うのだから恐れ入る。そしてこれは、そのままアスカとレヴィアの実力差とも言えた。


「本当にどうしよう……」


 いい方法が思い浮かばずに途方にくれていると、アスカさん、とソラスに声をかけられた。


「なに?」

「あそこ、光ってないか?」

「え?」


 ソラスが指差す方へと視線を投げれば、なるほど確かに微かな光があった。しかもその光はゆらゆらと揺れている。海に何かが浮かんでいる、というわけでもなさそうだ。波に流されるわけでもなく、常に一定の場所で揺れている。


「なにあれ」

「さあ?」


 二人で顔を見合わせる。頷いてから、船をそちらへと向けた。

 その光が何の光か分からない。害意あるものかもしれない。そのためゆっくりと近づいて行ったのだが、その光の側にいる人を見て、アスカは目を瞠った。

 そう。人がいる。長い金の髪を揺らして柔和に微笑む女だ。見ているだけで安堵してしまう、優しげな微笑。その姿に、アスカは見覚えがあった。


「女神様……」


 ずっと昔、レヴィアの記憶をのぞいてしまった時に見た顔だ。

 アスカの呟きを聞いたソラスが絶句して、すぐに慌てたように言う。


「女神!? あれが!?」

「あれって失礼だよ」


 ソラスの慌てっぷりを見ると逆に落ち着いてきた。アスカは苦笑しつつも頷いて、


「うん。多分、間違い無い。女神様、だと思う」

「へえ……。あ、でも、女神様なら、赤姫をどうにかしてくれるんじゃないかな。なんたって、精霊たちの頂点で何でもできるんだろ?」


 多くの人々の女神に対する認識はそういうものだ。世界中の自然を管理する精霊たちの最上位であり、出会えればどのような願いでも叶えてくれると言われている。アスカも、何も知らなければ期待していただろう。

 だがアスカはレヴィアの記憶を見た。女神はおそらく、赤姫側に立っている。協力は期待できない。

 ゆっくりと近づいていく。光は女神の持つカンテラだった。


「何故カンテラ……」

「女神なんだから精霊に手伝ってもらえばいいのに」


 思わず二人でそんな言葉を漏らすと、それが聞こえていたのか女神の笑顔がわずかに苦笑のものになった。そしてまた二人へと視線を向け、笑顔を見せて、踵を返してしまう。

 そして次の瞬間、壁に穴が空いた。ぽっかりと空いた穴は、船が余裕を持って通れる大きさだ。


「ええ……」


 驚くソラスとは対照的に、アスカは冷静にその様子を観察する。魔力の流れは感じない。だが、間違い無くこの穴は女神が空けたものだ。この壁にいともたやすく穴を空けてしまう。どのような願いでも叶えてくれる、というのもあながち嘘でもなさそうだ。

 女神は何も言わずに穴を通っていく。アスカたちも船をそちらへと進ませる。


 真っ暗なトンネル。光源は女神の持つカンテラのみ。アスカも魔法で光を出そうとしたが、何故か何も起きなかった。集めた魔力がすぐに霧散してしまう。壁の内部に特殊な魔法がかけられているのかもしれない。それとも全く別の何かか。

 どれほど進んだだろうか。やがて穴の出口が見えてきた。目映い光が洞窟を照らしている。


「ようやく出口か……」


 ソラスが安堵のため息を漏らした。気持ちはよく分かる。アスカも実は不安だった。もしあそこで女神が突然いなくなれば、このトンネルから出ることは難しかっただろう。

 女神に続いてトンネルを出る。そうしてたどり着いたのは、草原だった。


「うわあ……」


 思わず感嘆のため息を漏らしてしまう。それほどに、美しい草原だった。

 眼前に広がるのは地平の果てまで続く緑の絨毯。所々に生えた木々がちょっとしたアクセントになっている。その草原の中、動物たちがのんびりと草を食んでいて、見ているだけで頬が緩んでしまった。最近は動物と言えば魔獣討伐ばかりだったので、なんだか心が洗われるようだ。

 遠い場所にいる動物だが、アスカの目にはしっかりと映っている。ふさふさの毛に覆われた馬のような動物で、とても触ってみたい。もふもふしたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ