02
授業を終えた後は、自主訓練の時間となっている。アスカもレヴィアと共に訓練を続け、日が暮れてから帰宅するというのが毎日の流れだ。自主訓練ではレヴィアから剣や魔力の扱い方を学ぶ。こうして学んでいる限りレヴィアに追いつけないような気もするが、他に適任もいないので仕方がない。レヴィアの教え方が良すぎるのだ。
「アスカは精霊魔法の方が適正がある。そっちを伸ばした方がいい」
精霊魔法というのは、世界のどこにでもいる精霊たちに自身の魔力を与え、その代わりに様々な形で協力してもらう魔法だ。使用者は魔力を提供するだけなので発動そのものは楽なのだが、精霊たちに正確に起こしたい現象のイメージを伝えられなければ、予想外のことが起こったり不発したりとリスクも高い。
それに何よりも、精霊たちに気に入られているかどうかで魔法の強さが変わる。どれだけ魔力を与えても、精霊たちに嫌われていれば大した効果は期待できず、逆に気に入られていれば少ない魔力で天変地異さえ起こすことすらできるらしい。
精霊魔法に適正があるというのは、精霊たちに好かれているということだ。
「私は精霊が見えないから実感がわかないけど……」
校庭で、自分の体の中に感じる魔力を練りながら、アスカは首を傾げる。精霊が見えるのはごく一部だけだ。希有な才能ではあるが、見ること以外に何もできないという中途半端な才能でもある。精々が、レヴィアのように精霊魔法の適正があるかを見極めることしかできないだろう。
レヴィアには精霊を見る才能がある。あるが、やっぱりそれだけだ。自慢にもならない才能だと珍しく自嘲していた。
「でも今日は理魔法の練習。精霊魔法はイメージさえ伝えられれば、大して変わらない」
「うん」
理魔法は精霊魔法とは違い、自身の魔力のみで世界の理をねじ曲げ、あらゆる現象を引き起こす魔法だ。精霊魔法よりも必要な魔力が多く、それでいて起こせる現象は小さなものばかり。それでも、自分のイメージ通りの魔法を起こせる。それが精霊魔法にない強みだろう。
こちらは起こせる効果が完全に魔力次第。訓練さえすれば、まだまだ成長できる可能性はある。あくまで可能性だが。
レヴィアの指導のもと、自分の中にある魔力を感じる。その魔力を体の中で動かすイメージ。ぐるぐると、体中を巡るように動かしていく。
どれほどそうしていただろうか。ぱん、という音に顔を上げると、レヴィアがアスカの目の前で手を叩いたようだった。どことなく、嬉しそうに見える無表情。意味が分からないだろうが、そう感じるのだから仕方がない。
「すごく上手になった。この調子で頑張るといい」
「ほんと? よし、レヴィアをこえる日も近いかな!」
「それはない」
「即答ですか」
言ってみただけで、実際はアスカもよく分かっている。レヴィアにはまだまだ及ばない、と。
「とりあえず、今日はここまで。早く帰って、たくさんご飯をたべて、たくさん寝る」
「レヴィアの口癖だね。了解です、師匠! 師匠に倣うよ!」
「うん。がんばれ」
いつの間に持ってきていたのか、アスカの荷物はレヴィアが持っていた。荷物を受け取り、帰宅することにする。レヴィアに手を振ると、彼女は小さく手を振り返して、学校の方へと戻っていった。
レヴィアはいつも、訓練が終わると一度学校に戻っている。何をしているのかは、知らない。興味はあるが、詮索するのはいけないことだと思っている。もう少し仲良くなれれば、きっとレヴィアから教えてくれるはずだ。
学校を出て、広い道を歩く。居住区には店がないため賑わいはないが、それでも雑談に興じている女の人や、仕事帰りだろう男の人が大勢行き交っている。中にはアスカのように、学校の生徒もいた。
町の中には、アスカのような人族だけでなく、魔族の姿もちらほらとある。魔族は姿形が様々で、動物を思わせるような毛皮に覆われた獣人や、黒い鱗に翼という魔人がいる。人族と見分けがつきにくい森人も魔族の一種だ。
彼らもまた、この町で暮らしている。昔は人族と魔族の間で戦争もあったらしいが、もう過去の話だ。赤姫が出現してからというもの、共通の脅威に対抗するため手を取り合っている。それでもまだ、個人の諍いは絶えず起こっているのだが。
「おや、アスカちゃん。おかえり」
声をかけてきたのは、恰幅の良い獣人のおばさんだ。笑顔で返事をする。
「ただいま!」
「うんうん。元気で良いことだね。気をつけて帰るんだよ」
「あはは。大丈夫。分かってるよ」
手を振って、おばちゃんと別れる。気をつけて、と言われるのは久しぶりだ。そう言えばと周囲を見れば、いつもは町中ではあまり見ない兵士の姿が、今日は何度も見かけている。今も、一人、道を歩いて行った。何かを警戒しているかのように。
何かあったのかなと首を傾げて、そしてすぐに思い至った、多分だが、間違いない。
前回の赤姫の出現から、ちょうど一年だ。
アスカの自宅は木造一戸建てで、二階建てになっている。一階と二階それぞれ二部屋ずつあり、一階はリビングとキッチン、二階はアスカと両親の部屋だ。父が兵士ということもあり、それなりに裕福な暮らしができている。
リビングに、母が作った料理が並ぶ。肉を焼いて塩で味付けしたものと、パンだ。アスカが帰ってきた時には、すでに父は席について何かの書類を読みふけっていた。
「アスカ。早く座りなさい」
母に促されて、アスカも自分の席に座る。アスカの対面、父の隣に母が座る。三人で食前の祈りを捧げて、食べ始めた。
「お父さん。兵士さんが何人もいたけど、やっぱり赤姫のことで?」
パンをちぎりながらアスカが聞くと、父は重々しく頷いた。
「そうだ。前回の赤姫出現から、ちょうど一年だ。いつ、どこで姿を見せるか、分からないからな」
「うん……」
赤姫は、一度出現した後は、一年間姿を消す。ごく稀に例外があるらしいが、ここ数百年で二、三度あった程度だ。他は常に、一年の猶予がある。逆に言えば、猶予が過ぎれば、いつどこで赤姫が出現してもおかしくはない。
「私が兵士になってから、来てほしいけど」
アスカがそう言うと、父が渋面を浮かべた。
「来ないことが一番だ」
「それはまあ、そうだけどね。でも、私はお父さんの隣で戦うって決めてるから」
「そうか……。まあ、期待して待っていよう」
父の頬がわずかに動いている。笑顔になりそうなのを我慢していることが分かる。隣では、母が忍び笑いを漏らしていた。父は、アスカを心配しつつも、なんだかんだと嬉しいらしい。
「だが、アスカ。何よりも、自分の命を大事にしてくれ。俺たちは、他の誰の命よりも、アスカの命が大事だからな」
「うん……。気をつける」
アスカも死ぬつもりなんてない。平穏に一生を過ごせれば、一番いい。
アスカがしっかりと頷くまで、父はじっとアスカのことを見つめていた。