05
アスカが村長に一週間程度の滞在と、その期間に冒険者として手伝えることがあれば言ってほしいといことを告げると、予想以上に喜ばれた。漁に使う道具を作るのは漁に出ない者の仕事なのだが、消費に供給が追いついていないそうだ。
そういうことなら、と村長に案内されたのは村の広場で、そこでは大勢の女や一部の男がせっせと何かを作っていた。網であったり、木の箱であったりと様々だ。
剣を握る依頼でないのは少々残念ではあるが、この近辺は魔獣が好みそうな森などはないのでこんなものだろう。早速アスカは作り方を教えてもらい、作業に加わることになった。
朝は何もすることがないので観光がてらに村を見て回り、昼からは道具の作成を手伝い、夕方は漁から帰ってきた者たちから新鮮な魚を譲って貰う。そんな生活を四日ほど続けていると、国からの使いが村を訪れてきた。
村に来たのはこの近辺を治める領主だそうだ。大勢の人間を引き連れてやってきている。誰もが沈痛な面持ちをしているためか、村人たちは不安そうだ。
「領主様。ようこそおいで下さいました。その、先触れがなかったので、おもてなしの準備をしておりませんが……」
「ああ、気にするな。用件を済ませたら帰るから」
「そ、そうなのですか?」
領主は中年の男で、領主といえば太って偉そう、というアスカのイメージに反して、すらりとした体型だった。側にいるのは彼の息子なのか、しっかりと鍛えられた体に鎧を着込んでいる。顔がよく似ていた。
「ジークとフリーダはいるか?」
領主の問いに、すぐに呼んで参ります、と村人数人が走って行く。少し待っていると、すぐにその村人と、そしてジークとフリーダが走ってきた。その二人は領主と彼の表情を見て、何のためにここに来たのかを察したらしい。諦観の表情だった。
「結構早く来たね」
後ろからの声。顔だけ振り返れば、ソラスが神妙な面持ちで立っていた。その視線は領主、ではなくその奥に見える簡素な馬車に注がれている。その馬車からは、木製の棺が運び出されるところだった。
「言いにくいことではあるが」
領主が無念そうに言う。はい、と頷くジーク。
「クラウ殿が、亡くなった。どうやら赤姫に殺されたらしい。赤姫の禁忌に触れてしまったようだ」
「そうですか」
小さく嘆息するジークとフリーダ。すでに心の整理は済ませていたようだが、それでもやはり、ぐっと何かを堪えるように俯いていた。
だが領主は彼らの態度に怪訝そうに眉をひそめた。
「私は責められるものだと思っていたのだが……」
領主の言葉に、両親は弱々しい笑顔を浮かべて、
「すでに、教えてくれた者がおりまして。心の準備はしておりました」
「ほう……? 誰だそれは?」
領主が村人たちを一瞥する。威圧、というよりも興味深そうに。そしてすぐに、アスカと目が合った。よそ者なので目立っていたのもあるだろう。そしてそれ以上に、領主はアスカのことを知っていたらしく、大きく目を見開いていた。
「これは驚きましたな……。この村に滞在されているとは思いませんでしたぞ、アスカ殿」
領主の言葉に、村人たちが首を傾げる。何故ただの冒険者を知っているのか、という戸惑いだ。アスカもそれは同じで、どこかで会ったことがあるかと記憶を探ってみても、見覚えのある顔ではない。
「どこかでお会いしました?」
アスカがそう聞けば、領主はいえ、と首を振った。
「我が国を訪れている金級冒険者です。顔ぐらいは把握していますとも」
ざわりと。村人たちが一斉にアスカを見た。ソラスやジークたちですら絶句してアスカを見ている。
「な、なに? どうしたの?」
「いや、その……。アスカさん、金級だったんだな……」
「あれ? ……あ、言ってなかったっけ」
「聞いてないよ……」
今回は悪気なく、本当に言い忘れていた。隠すつもりはなかたっと謝れば、別にいいとソラスは肩をすくめた。
「まあいいよ。知っていても、何もできないし。ギルドさえない村だからね」
さて、と領主へと視線を戻す。領主はどこか興味深そうにこちらを見ている。
「クラウとはレスタで知り合って、少しの間お世話になりました。それだけの繋がりですよ」
「ほう。そうでしたか。いや、失礼しました」
納得したとばかりに領主が何度も頷く。それで満足したのか、領主は踵を返して馬車へと戻った。すぐに共に来ていた兵士たちも戻る準備をする。本当にこのまま帰るつもりらしい。
「次はゆっくり滞在させてもらうぞ、村長」
最後に領主がそう言えば、もちろんですと村長が頷いて。
そうして領主はそのまま帰っていった。
その日、ソラスは両親と共に棺を家に運び込み、出てこなかった。家族と共に、最後の別れをしているのだろう。アスカも声をかけるようなことはせずに、いつものように集会所で一泊することにする。
ただ明日のことを決めるとのことで村人たちが集まってきたので、この日ばかりは二階で泊まることになった。
そして翌日。朝からクラウの葬儀が行われた。ただ、葬儀といっても大きな町にあるような格式張ったものではなく、とても簡素なものだ。
クラウの家族が中心となって、クラウが眠る棺を村の外の草原へと運ぶ。少し深い穴を掘り、棺ごと穴に入れて、埋める。棺がない時はそのまま入れることになるらしい。埋めた後は、集会所に戻って村人全員で集まるという流れだった。
墓はない。死んだ人間は大地に還る、というのがこの村の考え方のようだ。その代わりに、遺体の一部、頭髪などを小さな箱に入れて家に保管するらしい。
集会所では食事が用意されて、クラウの思い出話をすることになった。死者を思い返す、静かな時間だ。
だが、静かな時間は最初だけだった。
「本当にあいつはたまに帰ってきたと思ったら! 余計な口だしばかりするんだ!」
「はは! そう言いながらお前はいつも喜んでただろう!」
「はあ!?」
と、まあとても賑やかなものになっている。聞いてみたところ、いつものことらしい。
「他のところではどうか知らないけどね。ずっとふさぎ込んでいたら、死んだ人が心配するだろう? だからあたしたちは、こうして最後には明るく語るのさ」
そう教えてくれたのは、料理を作っている恰幅のよいおばさんだ。なるほど、とアスカは頷きながら、彼女の手伝いをする。もっとも、使い終わった食器を洗っているだけだが。
「あんたもあっちに参加してきていいんだよ?」
おばさんがそう言ってくれるが、アスカは笑いながら首を振った。
「いえ。私はここでいいんです。聞こえてくる声で十分ですよ」
「そうかい……。まあ、それならあたしたちは、ここで話でもするとしようかね」
お互いに料理や洗い物をしながら、アスカはおばさんが語るクラウの思い出話に耳を傾けた。




