04
「一週間? 何かするの?」
「俺が何かするってわけじゃない。それぐらいあれば、あいつの兄貴が死んだっていう連絡が、ちゃんとしたやつが届くだろうと考えた。俺はソラスほどあんたを信用してないからな。あいつの兄貴がぽろっと口を滑らせただけかもしれないし、せめてそっちの証拠ぐらいは欲しい」
なるほど、とアスカは頷いた。妥当な判断だろう。ソラスたちが疑わなさすぎるというものだ。レスタを出る時に聞いた話では、クラウの死体はこちらへと送る手はずになっていたはずなので、それを待つぐらいはしてもいい。
もともと急いで魔大陸に行かなければならないわけでもない。ここでのんびりと体を休めるのも悪くはないだろう。
「分かった。それでいいよ」
それを聞くと、オルカは安堵のため息をついた。かなり緊張していたようだが、それはさすがに失礼ではないだろうか。
アスカの不満そうな顔に気づいたのか、オルカは少し言葉を選ぶように視線を彷徨わせた後、
「あんたは間違い無く俺より強いだろ。反対されて力尽くでってなったら死にかねないから、緊張したんだよ」
「そっか。でも私はそんなことしないよ」
「そうみたいだな。良かったよ」
そう言って、オルカは笑った。
起きてきたソラスにオルカと決めたことを話すと、かなり不服そうな表情をされてしまった。ソラスもオルカの言いたいことは分かるようだが、どうやら自分のいない場所で勝手に決められたことが不愉快だったらしい。思わずオルカと目を見合わせて笑ってしまったものだ。
「まあまだ時間はあるんだ。ソラスはもう一度家族と話をしろ。話を聞いてる限り、ほとんど喧嘩別れじゃないか。魔大陸に行けば、もう会えなくなるかもしれないぞ」
「う……。それは、まあ……。うん……。夜にまた行くよ……」
このままではだめだと本人も分かっているのだろう。ソラスは渋々ながらも頷いた。アスカとしても、やはり親子は仲良くあってほしい。
「ごめんね、ソラス。迷惑かけて」
自分が来なければこんな話にならなかったはずだ。そう考えて謝罪の言葉を口にすれば、しかしソラスは眉根を寄せて、
「これは俺の意志だ。誰かの言われてやるんじゃない。アスカさんが来なくても、どうせ一人で行ってたさ」
だから気にしなくていい、と。そうソラスが手を振りながら言う。ソラスが気を遣ってくれていることを察したアスカは小さく頭を下げるだけにしておいた。
「俺よりも、アスカさんはどうする? 一週間は結構長いと思うけど」
「のんびりするよ。ギルドでもあれば、何か依頼でも受けるところだけどね」
そう言ってアスカが肩をすくめると、ソラスとオルカの二人ははっきりと分かるほどに目を丸くした。何か変なことでも言っただろうかと訝しむアスカに、ソラスが言う。
「冒険者だったんだね……。驚いた」
「え、あれ? あー……。言ってなかったね……」
クラウについて話していた時も、アスカは旅をしていたとしか話していない。自身が冒険者だということは触れていなかった。ごめん、と謝っておくと、何で謝るんだよとソラスとオルカは苦笑する。
「でも、そういうことなら、村の人に声をかけてみればどうかな。金はあまりないけど、新鮮な魚とかで良ければ、それで依頼するかも」
「それいいね。集会所を使わせてもらうだけだと申し訳ないし、そうさせてもらおうかな」
「ああ。村のみんなも喜ぶよ」
喜んでくれるなら何よりだ。早速今日から村を回ってみることにする。
「それじゃあ、俺は家に帰るよ。多分心配してるだろうし……」
「ああ、お前はそれがいい。俺は準備でもしておいてやるから」
「悪いな、オルカ。頼んだ」
そう言って、ソラスは軽く手を振って村の方へと歩いて行く。
残されたアスカとオルカはお互いの顔を見て、微苦笑を浮かべた。
「食料とか水とかは、こちらで準備しておく。村を見て回るといい」
「そうする。あ、でも、こっちでも一応用意しておくから」
「そうか? まあ任せるさ。お互いに信用できないだろうしな」
「あはは……」
単純に負担を減らすためと思ってのことだったのだが、わざわざ訂正するほどのことでもないだろう。アスカはそれじゃあ、と軽く挨拶をして、その場を後にした。
・・・・・
去って行くアスカを見送る。オルカはその姿が十分に離れるのを待ってから、小さく嘆息した。
「ふう……。危うく会ってしまうところでした」
「誰と?」
ふわりと。オルカの背後に一人の少女が現れた。白い髪に赤い瞳、そして服を血に濡らした彼女は、赤姫その人だ。
赤姫レヴィアは首を傾げて村を見て、そしてまたオルカへと視線を戻した。
「何か変なことでもあった? 誰か来たとか」
「いいえ、誰も来ていません。アスカも、レスタからは東へと戻っていきましたよ」
「そう。ならいいけど」
それきり村に興味をなくしたレヴィアは大きな欠伸をして、小屋に入る。オルカもその後を追って、一緒に入った。
「次は?」
「しばらくは何もありません。のんびりしておいてください」
「ん。じゃあ、そうする」
くあ、と大きな欠伸をしたレヴィアが軽く手を振る。するとそれだけで、付着していた血や汚れが消え去った。部屋の隅にあるベッドにもぞもぞと潜り込む。
「レヴィア。それは私のベッドなのですが」
「明日には魔大陸に戻る。ちょっと疲れた」
「仕方のない子ですね」
オルカがそう言って苦笑して、早くも整った寝息を立て始めたレヴィアに毛布もかけてやる。彼女の頭を撫でようとして、
「触るな。女神様でも許さない」
「あら。失礼しました」
一瞬で目を覚ましたレヴィアに残念そうに肩をすくめて、女神は一歩下がる。レヴィアは体に触れられることをとても嫌がる。それはここまで見守ってきた女神であろうとも、だ。
そのことに少しだけ寂しくなりながら、オルカという青年の姿を取っている女神はレヴィアから背を向けて。
顔を歪めて、小さく、嗤った。
・・・・・




