02
「帰ったぞ。ん? 客か?」
「ただいま。あっと……。いらっしゃい?」
一人は初老でありながら筋骨隆々とした男。女と同じ白髪まじりの、こちらは短い黒髪だ。もう一人はクラウによく似た少年で、アスカのことを興味深そうに見つめている。
アスカが女に対してしたものと同じ自己紹介をすると、二人はとても驚いたように目を瞠った。
「クラウの知り合いがくるなんて、初めてだな」
「そうだね、父さん。しかも女の子。……兄貴はレスタで何やってんの?」
「出会いがあるってのはいいことだ! しかもこんなかわいい子! で、どこまでいって……」
青年が男の頭を殴り、さらに女がその足を踏みつける。男は悲鳴を上げて飛び上がった。
唖然とするアスカに、青年が申し訳なさそうに頭を下げた。
落ち着いたところで、改めて自己紹介をしてもらった。
クラウの母の名はフリーダ。毎日家事をしつつ、時折くるクラウからの便りを楽しみに待っているらしい。父の方はジーク。天気によるが、基本的には毎日漁に出ているそうだ。
クラウの弟はジークと共に漁に出ているそうだ。名をソラスといった。
「で、アスカさんはあれか? クラウの、女か?」
「父さん……」
アスカの隣に座るソラスが頭を抱えてため息をついた。アスカの対面に座るジークは豪快に笑いながら、
「気になるだろう! クラウと同じ研究をしてるんだぞ! 気にならないはずがない!」
「まあそれはそうね。実際のところはどうなの?」
ジークの隣に座るフリーダは柔和な笑みを浮かべながら、しかし真剣な眼差しでアスカを見つめていた。何かを見定めるかのような視線だ。アスカはその視線を受けて、小さく首を振った。
「違います。そして、そうなることも、ありません」
ぴたりと。誰もが口を閉じた。迂遠な言い回しだったが、意味を察したらしい。ソラスは目を伏せ、フリーダは蒼白になった。
「詳しく聞かせてくれ」
厳しい面持ちで剣呑な視線をアスカに向けて、ジークが言った。
「馬鹿息子が……」
アスカがレスタで経験したこと、そしてクラウのことを話し終えた後のジークの第一声だ。重苦しい沈黙に包まれている。誰も口を開かない中、ジークだけが立ち上がった。
部屋の奥へと向かい、棚から酒を取り出してきた。共に持ってきたコップに注いで、一気に飲み干す。コップをテーブルに叩きつけて、くそ、と悪態をついた。その隣では、フリーダが静かに涙を流していた。
「驚かせて悪いね、アスカさん」
隣のソラスが口を開く。彼の声は、少し震えていた。
「父さんは酒を飲んで感情を無理矢理抑えてるんだ。気にしないであげてほしい」
「はい……。すみません。こんなことを伝えてしまって」
「いや、いずれ誰かが伝えに来ることだから。兄貴と親しかった人が来てくれただけで、十分だよ」
関係は気になるけど、といたずらっぽく笑うソラス。無理をしているのが分かる笑顔だが、それでもまだ冷静だ。そう、冷静なのだ。ソラスも、その両親も。酒を飲んだり涙を流したりはしているが、誰一人として取り乱しはしていない。
その内心の疑問に答えるかのように、ソラスが言った。
「まあ、いずれこうなる可能性が高いとは聞いてたから……。まだ、大丈夫だ。落ち着いていられる」
どういうことなのかと訝しむアスカに、ソラスは淡々とした声で教えてくれた。
クラウがレスタに移住した後、彼の家族、つまりソラスたちには、赤姫を研究していた者たちがどうなったか伝えられたそうだ。多くの者が死んでいると知った両親はすぐにクラウに研究を止めさせようと考えたそうだが、すぐに思い直したらしい。
クラウはこの村にいる間、物静かで、そして孤独だった。誰にも理解してもらえない研究をしていたせいで、変わり者として扱われるようになったそうだ。
そんなクラウから研究を取り上げる。それは彼の今までの人生を否定するに等しい。そう考えた両親は、いつでも帰ってこられるように待つことを選んだらしい。
帰ってこないという可能性を知りながら。
だから、覚悟していたことだった、と。
「まだ、アスカさんが看取ってくれただけ、良かったんじゃないかな。まあ、それでもやっぱり、死んでほしくなかったけどさ」
そう言って、ソラスは薄く笑って、顔を伏せた。彼の目尻に光るものがあったが、それを指摘するようなことはしなかった。
そうして、落ち着いてくれるのを待つ。
先に口を開いたのは、ソラスだった。
「ごめん。待たせた。それで、アスカさんはどうしてこの村に? 兄さんのことを伝えに来ただけじゃないだろ?」
「うん……。その、なんて言えばいいのかな……」
アスカが見るのは、ジークとフリーダだ。きっと、アスカがこれから話す内容は、彼らにとってはとうてい受け入れられるものではないだろう。
クラウは、魔大陸へは弟を頼るように言っていた。だがそれは、彼らからもう一人の息子をも奪うということにならないだろうか。
やはり、ここは何も言わずに、自分で船を用意しよう。そう思ったところで、ソラスが言った。
「魔大陸かい?」
アスカが目を瞠り、ジークとフリーダは怪訝そうに眉をひそめた。
「兄さんに、魔大陸に行くなら弟を、つまり俺を頼れって言われたんじゃないか?」
「それは……。そう、だけど……」
「やっぱり。兄さんならそう言うと思ったよ」
苦笑しつつソラスが肩をすくめる。
「ソラス、どういうことだ?」
ジークが聞いて、ソラスは何でも無いことのように言った。
「いや別に。ちょっとこの人と一緒に、魔大陸に行ってくるって話だよ」
「ふざけるな!」
ジークが叫んで立ち上がる。テーブルや食器が揺れて、フリーダがびくりと体を震わせた。それでもソラスは臆することなく、それどころか笑みを浮かべて父を見ていた。
「ふざけてなんかいないさ。これでも大まじめだよ」
「なお悪い! 魔大陸に行った者がどうなるか、知らないわけじゃないだろうが!」
「ああ、そうだな。知ってるさ」
それでも、とソラスは続ける。
「俺は魔大陸に行く。この人を、魔大陸まで送り届ける」
「何故だ……? アスカさんは魔大陸に行きたいなどと言っていないだろう」
「ここに来たのが意思表示みたいなものさ」
意味が分からないといった様子のジーク。次にアスカを見てくるが、アスカも何が起きているのか分からない。確かに相談しようと思っていたが、諦めて他の方法を探すつもりになっていた。
「俺の船は使わせないぞ」
苦し紛れといった様子のジークの言葉に、しかしソラスは笑っていた。構わない、と。
「俺さ、お兄ちゃんっ子なんだよ。兄さんをずっと尊敬しているし、何かの役に立ちたいと思ってたんだ」
「それが、何の関係があるの?」
ブクマがたくさん増えて嬉しかったので、おまけ更新なのです。
壁|w・)言えない。主人公二人以外の名前が思い浮かばなくて適当に決めて、そのまま突き進んでしまったなんて言えない。
すぐに分かるとは思いますが、元ネタはクラウ・ソラスとジークフリートです。
や、やめて! そんな目で見ないで……!




