01
第三話開始、なのです。
魔大陸。赤姫が支配しているとされる、闇の大地。
千年前。赤姫と呼ばれることになる吸血鬼は、ある日突然、とある大陸に現れた。そしてたった一人で、瞬く間にその大陸の人間を殺していったとされる。その大陸から命からがら逃げ出した者が他の大陸へと吸血鬼の情報が伝えられ、そこからその存在が知られるようになった。
他の大陸の国々は、その大陸へと派兵した。いずれ自分たちの脅威になるだろう赤姫の排除はもちろんだが、あわよくばその大陸を支配するつもりでもあった。
だが、そんな思惑を持った人間たちを待っていたのは、あまりにも強大な力を持つ化け物だった。
大陸に渡ってきた人間たちの、およそ八割近くが殺されたとされる。残り二割はどうにかその吸血鬼から、大陸から逃げ出したが、誰もが恐怖からか精神に異常をきたしていた。そうして伝えられた吸血鬼の情報。その吸血鬼が赤姫と呼ばれるようになったのは、ここからだ。
戦争を繰り返していた国々は、赤姫という脅威の前に、一時休戦して協力することになる。そうして多くの国から成り立つ連合軍がその大陸へと向かおうとして。
しかしすでに赤姫は、こちら側の大陸に乗り込んできていた。
そこから始まったのは、戦いではなく、虐殺。赤姫はたった一人で、千人以上もの人間を殺してしまったらしい。対して連合軍は赤姫に何もできなかったそうだ。
連合軍と赤姫の戦が続く中、赤姫討伐の手がかりを求め、少数の兵が赤姫が現れた大陸へと向かった。だが兵たちは、その大陸にたどり着くことはできなかった。
その大陸は、巨大な土壁に覆われていた。時間をかけて土壁を回ってみたが、大陸全てを囲む土壁だったらしい。赤姫が、己の住処として覆ってしまったとされている。
その報告の後、さらに調べようと兵がまた向かわされたが、その後は誰一人として戻ってくる者はなかったそうだ。
そうしてその大陸は、赤姫が支配する大陸、魔大陸と呼ばれるようになった。
砂浜に立ち、アスカは昔読んだ本の内容を思い出しながら、それを見ていた。
吸血鬼は人間よりも視力が良い。その視力で、どうにか魔大陸らしき影が見える。もっとも、見えているのは土壁なのだろうが。
アスカが振り返れば、木造で作られた家がいくつも建っている光景が広がっている。クラウが生まれ育ったというこの村は、規模は小さいがその分落ち着いていて良い村だと思う。何人かの村人が、アスカを物珍しそうに見ては立ち去っていく。
先ほどこの村にたどり着いたところだ。村の人は突然の来客に驚きつつも、快く迎え入れてくれた。旅人など来ない場所ということもあり、本来なら宿なんてものはないらしいのだが、代わりに集会所となっている大きめの家を貸してもらえることになっている。
行商人とかは来ないのかと聞いてみたところ、彼らは取り引きを終えるとすぐに帰ってしまうそうだ。
まるで、見えない何かに怯えているかのように。
おそらく、魔大陸に怯えているのだろう。
赤姫の住処とされている大陸だ。いつ、何が起きるか分からない。だからこそ、少しでも早く立ち去ろうとするのだろう。
どこにいても、赤姫が襲来する可能性がある以上、変わらないと思うのだが。
さて、とアスカは踵を返すと、集会所の方へと歩いた。
集会所は村の中央に建てられている、二階建ての木造の建物だった。二階には国の貴族などが視察に来た時に泊まってもらうための部屋だそうだが、見せてもらったところ、貴族が泊まるような部屋ではなかった。ただ、やはり辺境の村のためか、貴族もそこまで求めないそうだ。もしかすると、国もそういった貴族を選んでいるのかもしれない。
アスカも二階を使っていいと言われたのだが、これは固辞しておいた。一階で十分だ、と。
「それで、アスカさんはどういった目的でこの村へ?」
一階に荷物を置いたところで、村長が声をかけてきた。村長といっても、まだ若い。三十後半か四十手前の男だ。その村長へと、アスカは言う。
「人を訪ねに来ました。クラウという方は知ってます? その人の家族なんですけど」
「ほう。もちろん知っているさ。ということは、アスカさんはクラウに会ったのか? あいつは元気だったか?」
その問いに、アスカはすぐには答えることはできなかった。何も言えずに目を逸らし、俯く。その態度から、何となく察したのだろう、まさかと村長は目を剥いた。
「クラウに、何かあったのか?」
「はい……。まずは彼のご両親に、先に話したいと思います」
「ああ……。そうだな。すぐに案内しよう」
気になっているだろうに、村長はそれ以上のことは言わずに外へと出た。内心で感謝しつつ、村長に続いて外に出る。
そうしてアスカが案内されたのは、村の外れにある一軒家だった。他の家よりも距離があり、その家だけがぽつんと残されているかのようだ。村長曰く、家人たちの希望によりこんな場所に建てたそうだ。
「どうしてですか?」
「クラウは赤姫について調べているだろう? もしその赤姫に狙われたとしても、他の人に迷惑をかけないように、だそうだ。気にしなくていいんだがなあ」
肩をすくめる村長は、どうやら本心でそう思っているらしい。やはり良い村だ。村人の人となりも良い。
村長が扉を叩くと、すぐに開いて初老の女が顔を出した。少しだけ白髪のまじった長めの黒髪だ。その女は村長を見て、そして次にアスカを見て訝しげに眉をひそめた。
「どなた?」
女の問いに、アスカは頭を下げて答える。
「初めまして。私はアスカといいます。レスタという町で、クラウの研究に協力していました」
「あら……! あらあら! そうなの! 入って入ってお茶でも出すわほらほら!」
「え? あの、え?」
「ほらほら早く!」
「あ、はい……」
なんて押しの強い女性だろうか。アスカは目を白黒させながら、家の中に入る。助けを求めるように村長へと振り返れば、彼は肩をすくめただけだった。
「あら村長。いたの?」
「お前はもう少し俺を敬ってくれ」
ぞんざいな扱いに村長はため息をつく。だがその顔は薄く笑っている。きっとこれが、彼らのいつものやり取りなのだろう。
「それじゃあアスカさん。何かあったら遠慮無く声をかけてくれ」
「はい。ありがとうございます」
ひらひらと手を振って村長が帰っていく。そして扉が閉められて、
「さあ! クラウの話を聞かせてもらうわよ!」
元気な女の声に、アスカは苦笑いを浮かべてしまった。
話はご家族が揃ってから、というアスカの言葉に、女は不満そうにしつつも同意してくれた。アスカとしても何度も同じことを話したくはないので助かった。二回も三回も話したくない内容だ。
女の旦那、つまりクラウの父は漁に出ているらしい。クラウの弟も同じくだそうだ。
彼らを待つ間、アスカは女からクラウの幼少の話を聞いていた。クラウはこの村にいる時から、赤姫について調べていたらしい。何がそんなに気になったのか、母親としても分からなかったそうだ。
そうして話をしていると、二人の男が帰ってきた。
壁|w・)前回書き忘れたこと。
このお話は四話構成です。
なので折り返し地点に入りました。
だから、そろそろ言っていいかもしれない。
もしそれなりに気に入っていただけていれば、
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壁|w・)ご意見・ご感想もお待ちしておりますですよ。




