表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真祖赤姫  作者: 龍翠
第二話 真実への探求者
22/42

09

 いくつかの蔵書庫で資料を集めて、クラウは自室のテーブルに広げていた。資料の他に、近辺の地図もある。クラウは資料を見ながら、地図に記号を書いていく。新しい資料と古い資料で形を変えながら印をつけていき、そしてクラウは、大きなため息をついた。信じられないものを見つけてしまったかのような、そんなため息だった。

 アスカの言っていた通り、古い資料ほど素材の場所に差異があった。具体的に言えば、古い資料は多くの素材が山や森の奥深くでなければ取れないとなっているのに、比較的新しい資料では町の近辺にも取れる素材があることが分かる。


 そういったものを全て地図に書き起こせば、多くの草花の分布が山や森の外へとのびていっていることが分かる。そしてこれらのことは、千年前からの変化のようだった。それよりも以前の資料では、特に分布が変わっているわけではないらしい。

 千年前。それは、赤姫が現れた時だ。赤姫が現れてから、少しずつ草花の分布が外に向かい始めた。それはつまり、空気中の魔力が濃くなってきているということになる。

 ではなぜ、空気宙の魔力が濃くなってきているか。赤姫一人の魔力とは思えない。空気中の魔力を使う機会が減ってきた、と考えるの自然だろう。


 空気中の魔力は、多くの生物が少しずつ吸って使っている。それは無意識的なものであり、意識して閉じることも多く取り込むこともできない。

 他に使っているものだとすれは、魔道具がそれに当たる。生活を便利にする魔道具だが、こういった魔道具程度ならそれほど影響はないはずだ。

 そこまで考えて、大きな魔力を使う魔道具についてを思い出した。

 それは、兵器だ。


 赤姫が出現する前は、人族と魔族が争っていたと聞いている。そこで兵器が使われて、空気中の魔力が薄くなっていた、と考えられる。

 それらの兵器が使われなくなって、または使う頻度が減って、空気中の魔力が濃くなってきたと考えるべきだろう。

 つまり。赤姫の目的は。


 そこまで考えたところで、唐突に、扉が閉まる音が聞こえた。

 自分が入ってきた時は、間違い無く閉めたはずだ。つまり、誰かが入ってきて、また閉じたということ。アスカではない。彼女なら、しっかりと大きな声でただいまと言ってくれる。

 知らず、喉が鳴る。ゆっくりと振り返れば、そこにいたのはクラウに忠告をした少女だった。


「君は……」

「手を引けって言ったのに」


 少女がこちらへと歩いてくる。何の感情も感じられない、無表情。ゆっくりと、ゆっくりと。

 少女の髪が白くなり、そして瞳が燃えるような赤に変じた。口からは、わずかに牙が覗き見える。


「赤姫、か?」


 クラウの問いに、少女、赤姫は小さく頷く。


「君は真実に近づきすぎた。だから、ここで死んでもらう」

「今までの研究者も、君が殺したのか?」

「ん……。全員、ではない。研究をやめた人は、殺してない。あと、私じゃなくて精霊が手を下したこともある」

「なるほど、ね……」


 ここまで調べてしまった時点で、どうやらもう見逃してもらうことはできないらしい。クラウは息を吸い、そして吐いてから、椅子に座った。


「赤姫。いくつか、聞いていいか?」

「ん……。これから死ぬんだから、答えられるものなら、答える」

「はは。ありがと。赤姫ってのは、ずっと君なのか?」


 赤姫は怪訝そうに眉をひそめつつも、頷く。


「ん。最初から最後まで、私。千年以上、変わってない」

「はは……。大したもんだな……」


 クラウの笑いは、嘲笑でも冷笑でもなく、ただ、尊敬からくるものだった。まさか、と思った推測は、どうやら正解に近いものらしい。


「いつまで、続けるつもりなんだ? もう千年続けたんだろ?」

「いつまででも。私が必要とされなくなるまで。いつか私が殺されるまで」

「それまで、ずっと戦い続けるつもりなのか? 人間たちと」

「ん。殺し続ける。人間たちを」


 赤姫にとっては、今更の問いなのだろう。彼女の声に揺らぎはない。本当に、続けるつもりなのだ。人間たちとの戦いを。人間たちへの虐殺を。


「赤姫。あなたに敬意を表するよ。俺には、その力があっても、無理だ。耐えられるとは思えない」

「それが普通」

「はは。そっか」


 彼女は自身の異常性を自覚している。自覚して、受け入れている。きっと、その方が都合がいいのだろう。そしてそれは、彼女の場合は、正しいのだろう。

 彼女の行いが正しいとは言わない。けれど、間違っているとも言えない。なぜなら。


 彼女がいなければ、千年前にこの世界は滅びているはずだから。

 世界を救うために、世界の存続のために、人間からの憎悪を一身に受け続ける道を選んだ。それが、真祖赤姫。


「うん。まあ、だいたいは分かった。満足だ」

「命乞いとかしないの? 聞くつもりはないけど」

「じゃあ聞くなよ」


 呆れたようにクラウが言うと、赤姫は小さく笑った。こちらまで胸が締め付けられるような悲しげな笑いだったが、これから殺される身としては何も言えない。


「君の目的はだいたい分かったからな。俺の憎しみは、そうだな、女神様にでも背負ってもらおうかな」

「それはそれで理不尽」

「ああ、それもそうか。結局全ては、人間の自業自得だもんな……」


 赤姫はまだ手を出してこない。こちらの言葉を待っているのだろう。自分を憎んでくれと言いたそうだが、クラウにそのつもりがないせいか少し困っているようだ。

 クラウは少し考えて、よしと手を打った。


「俺の憎しみの代わりに、一つ頼みがある」

「ん……。なに?」

「アスカに伝えてくれ。俺は俺の意志で調べ続けただけだから、気にするなって。きっと、アスカの性格だと、自分が来たから巻き込んだ、とか思いそうだからな」

「間違ってないと思うけど」

「あー……。まあ、間違ってはない。間違ってはないけど、この結果は遅いか早いかの違いだ。そういう意味では、一人寂しくこの結果にたどり着くよりも、アスカと二人で楽しく過ごせた今の結果の方が満足してるよ」


 今まで揺らがなかった赤姫の瞳が、わずかに揺らいだ。それを見て、クラウは思わず苦笑する。どうやら赤姫は、アスカに負い目があるらしい。彼女にとっての唯一の弱点かもしれない。


「アスカも俺と同じ程度には、いや俺以上に考えて、勘づいていると思うんだけど、その辺りどう思う?」


 クラウがそう聞けば、あからさまに赤姫の瞳が泳ぐ。言い訳を探すようなその様子に、クラウは思わず噴き出してしまった。憮然とする赤姫に、クラウは言う。


「まあ、意趣返しとして受け取ってくれ。アスカによろしく」


 ひらひらと手を振るクラウ。赤姫は大きなため息をついて、気が向いたらね、と引き受けてくれた。実際に伝えてくれるかは分からないが、まあ十分だろう。


「そうだ。最後に。名前を教えてくれ」

「ん? レヴィア」

「そっか。うん。アスカから聞いてたけど、いい名前だ」


 そう言ってクラウが優しく微笑むと、レヴィアは自分も気に入っていると頷いた。無表情で分かりにくいが、やはり人並みの感情はあるらしい。


「それじゃあ、おやすみ。死出の旅路に、精霊の加護がありますように」

「おう。ありがとう。レヴィアの終わりのない旅に、理解者が現れることを願ってるよ」


 赤姫が、レヴィアが大きく目を見開く。それを見て、こっそりと溜飲を下げた直後、クラウは意識を手放して。

 最後に脳裏に思い浮かんだのは、アスカとレヴィアが笑い合う光景だった。


   ・・・・・


 魔法を放った直後、レヴィアは大きく目を見開いた。何かの力によって魔法の威力が弱まってしまった。倒れたクラウの胸には穴が空いているが、貫通しているわけでもなく、さらに少しだけ急所から逸れている。

 何が、と思ったところで、気づいた。クラウに、結界魔法の残滓が残っている。レヴィアの魔法によって破られたが、先ほどまで彼を守っていたのだろう。直前までレヴィアが感知できなかったことから、おそらくは理魔法だ。アスカの魔法だろう。理魔法で結界を張るような器用なことができる人間は、今はアスカしかいないはずだ。

 余計なことを、と心の中で舌打ちして、もう一度魔法を放とうとして。

 大勢の人間が走ってくる音が聞こえた。


 そう言えば、クラウが倒れる時に色々な物が落ちた。それなりに大きな音がしたから、不審に思った人がいてもおかしくはない。

 見られるわけにはいかない。この町を滅ぼすつもりは、今のところは、ないから。

 レヴィアはクラウに、ごめんね、と小さな声で謝って、その場から姿を消した。

 あの出血だ。どうせ死ぬ。できれば、苦しませずに殺してあげたかった。


   ・・・・・


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ