08
「まあ、強い魔獣になると、襲ってくるけどね。でもそういった魔獣は森の奥深くにいるものだし、ここなら大丈夫」
「そ、そうか……」
「で、本題は?」
「ああ……。その袋は、何なんだ?」
ずっと気になっていたことだ。町で食料を買った時は生肉や野菜など、日持ちしないものを買い込んでいた。どうするのかと思えば、それを全て袋に入れていたので驚いたものだ。見た目以上に入っていたことから、空間魔法がかけられた貴重なものというのは分かった。
だが、いざ肉を取り出してみれば、新鮮な状態のままだったというのはどういうことだろうか。
そういったことを聞いてみれば、アスカは言ってなかったっけ、と苦笑い。どうやら単純に、教えるのを忘れていたらしい。
「私が赤姫の真意を知りたい理由の一つでもあるんだけどね。私の持ち物、魔法の効果がかけられてるんだよ。多分、赤姫がしてくれたんだと思う」
「は? 付加魔法ってことか?」
「そうそう。どんな魔法かは知らないけど、この袋はフタをしている間、中の時間が止まるみたい」
何だそれは、と思ってしまう。聞いたこともない魔法だ。規格外にもほどがある。
「あと、この剣。折れないし刃こぼれしないしで手入れいらず。あと切れ味抜群。お父さんが買ってくれた剣だったんだけど、最初は普通の剣だったよ」
「そ、そうか……。至れり尽くせりというか……。赤姫は何を考えていたんだ?」
「それを知りたいから旅をしてる」
もう今では、クラウの中でも赤姫に対する認識が大きく変わってしまっている。冷徹にして残酷な殺戮者などではなく、友達想いの子としか思えない。
「焼けたよ」
思考の海に沈みそうになりかけたところで、アスカがお肉を渡してくる。クラウは礼を言いながら、それを受け取った。
保存食では決して味わえなかっただろう、新鮮な肉の味だった。
食事と片付けを終えたところで、森の中に入ることになった。野宿することも考えていたのだが、しかしアスカは気負った様子もなく森の中へと足を踏み出す。クラウは驚きつつも、慌ててその後に続いた。
「アスカ、用意とかは……」
「いらないよ。すぐに終わるから」
意味が分からなかった。分からなかったが、すぐに分かることになった。
「あった」
森に入ってすぐに、アスカが駆け出す。慌てて追いかけて、そしてすぐにアスカがしゃがみ込んだ。まさか、とアスカの手元を見れば、フェニの花が咲いていた。鮮やかなほどに赤い花だ。
「いやいや……。ちょっと待て……」
あり得ない。フェニの花はあらゆる薬やポーションの効果を高める、一級品の素材でもある。だからこそ多くの人々が安全に手に入るように町での栽培を目指したが、未だ誰も成功していない。その理由は、この花の成長に魔力が必要だからだ。
濃密な魔力を吸って成長し、そうして花開くのがフェニの花だ。人間の魔力では賄うことは難しく、人間の魔力で成長させるなら百人規模の魔力が必要になる。そうして咲かせられるのが一輪だけでは商売になるわけもなく、諦められた。
この花が採取できるのは、空気中に濃密な魔力がある場所のみだ。人の手が入っていない、山や森の奥深くとなる。当然ながら、凶悪な魔獣の住処となる。だからこそ、フェニの花は手に入れることが難しい。
その花が、森の入ってすぐに見つかるなど、考えられない。
「どうして……」
クラウが呆然とつぶやくと、アスカはいたずらっぽく笑いながら言う。
「クラウのその知識って、本に書いてあったことだよね」
「あ、ああ……。そうだけど……」
「採取場所については、本が間違えてることが多いよ。特に、古い本ほど間違えてる。おかげで、冒険者になった初めの頃は苦労したよ……」
ため息交じりの、アスカの愚痴。だがクラウは、それを聞いてはいなかった。
フェニの花に限らず、成長に魔力が必要な草花は世界中に存在する。そういった草花こそ、採取依頼されるものだ。それらの採集場所が、本の記載では間違っている。
他の草花が奥深くになっているなら、わざわざアスカは言わないだろう。おそらくは、全てがこのフェニの花のように、奥までいかなくとも採集できる場所にあるということだ。
それはつまり、空気中の魔力が増えているということだろう。
そう簡単に増えるものではない。必ず、何かしらの要因があるはずだ。
では、その要因は?
「アスカ。すぐに帰ろう」
調べたいことができた。だがアスカの返事は、
「だめ。他にも採集の依頼があるから」
そう言ってアスカが取り出したリストには、フェニの花以外にもいくつかの名称が記載されていた。意外と多い。ざっと数えて、二十ほどか。
「ええ……」
「まあまあ。息抜きは大事だよ。ゆっくり探そう」
のんびりとしたアスカの言葉に、クラウは肩を落として頷いた。
「なんなら、クラウはどこかで寝ててもいいよ。私一人で十分だし」
「いや、そんな命知らずなことはできないって」
「あー……。じゃあ、クラウの体に簡単な結界を張ってあげる」
おいでおいでと手招きするアスカ。クラウは言われるがままにアスカの元へ。そうしてアスカがしたことは、クラウの肩を叩くことだった。
「はい。できたよ」
「は? ほんとに?」
「うん。この森の魔獣程度なら、その結界は破れないから。ゆっくり寝てて」
そう言い残すと、アスカは鼻歌を歌いながら森の奥へと入っていく。クラウはそれを呆然と見送ってから、仕方なく森の入口で待つことにした。さすがに、眠ることはできなかったが。
結局、この日は素材の採集に夕方までかかることになり、森の前でもう一泊することになってしまった。
・・・・・
クラウの希望で大急ぎでレスタに戻ってきた。クラウは調べ物があるとのことで、町にたどり着いた時点で別行動だ。アスカは先に貴族の屋敷にフェニの花を届けることにする。
それにしても、と歩きながら考える。教えすぎたかもしれない、と。
アスカがクラウに教えたことは、調べれば誰でも分かることばかりだ。だからこそ、特に気にすることなく答えていたのだが、どうやらクラウは自分なりの答えを出したらしい。もう少し時間がかかると思っていた。
だが、悪くはないと思う。クラウの推測を聞いてみたい。彼の今の調べ物が追われば、とりあえずでも聞いてみよう。できれば、自分の推測と違うことを祈って。
町の中心部へと向かいながら、アスカはそんなことを考えていた。
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