07
しっかりと聞いていたが、クラウの頭は混乱の極みだ。赤姫にも何か目的があることは考えていたが、これから滅ぼす町に滞在しているとは考えもしなかった。ましてや、現地の人間と交友関係を持つだなど誰が想像しただろう。
「ああ、でも、何がきっかけかは分からないけど、あの交友関係とかは一回だけじゃないかな。もうずっと世界中を旅してるけど、私みたいに見逃された人っていないみたいだし」
「そうなのか? 隠して生活してるだけじゃないのか?」
「それはないと思う。私も最初は、殺されそうだったし。見逃されたきっかけを考えると、私が見つけられないのはおかしいし。同族が近くにいたら、何となく分かるはずだから」
「同族? 人族ってことか? 魔族ってことか?」
「ううん。吸血鬼」
さらりと。聞き逃せないことを、信じられないことを言われてしまった。
遙か昔に絶滅し、そして最後に生まれた真祖の赤姫が最後の吸血鬼とされている。赤姫が眷属を作ろうとはしていないので、他に吸血鬼はいないはずだ。いるとすれば、新しく真祖が生まれたことになる。
「アスカは真祖なのか?」
「まさか。眷属の方の吸血鬼だよ。赤姫と戦ったって言ったでしょ?」
「ああ……。おい、まさか……」
「そのまさか。無我夢中で赤姫に噛みついて、血を飲んじゃったら吸血鬼になってた」
「お前実は馬鹿だろ」
「失礼な!」
アスカは怒るが、クラウは呆れるしかない。眷属になる条件などは分からないが、かといって噛みつく選択をするだろうか。
もっとも、それがアスカの命を救ったことになるのだから、世の中分からないものだ。
「吸血鬼は同族が何となく分かるんだよ。感覚的なものだから、証明なんてできないけど」
「そういうものなのか……」
吸血鬼についての新事実だ。荷物からメモ帳を取り出して先ほどのことのことを書いておく。忘れないとは思うが、念のためだ。
そのクラウを横目にしつつ、アスカが言う。
「怖くない? 私、吸血鬼だけど」
「ちょっと待ってくれ。今書いてるから」
「えー……。これを話す時って緊張するのに。クラウらしいけど」
そう言って笑うアスカは、どことなく嬉しそうだ。それも当然かもしれない。クラウはアスカの人となりを知っているので今更怖くなることもないが、何も知らなければ赤姫と同じ吸血鬼なんて恐怖の象徴でしかない。アスカと親しくしても、畏怖する人は多いだろう。
「ちなみに、年齢をお伺いしても?」
吸血鬼は不老だと聞く。ここまでの話や経験談から察すると、クラウよりもずっと年上かもしれない。
「んー……。吸血鬼になってから五十年と少し、かな。六十後半ぐらい」
「…………」
「ねえ。今、ババアじゃねえかとか思ってなかった?」
「心を読めるのか!?」
「思ったってことだね!?」
実際は、そんなに老齢だったのかと思った程度だが、意味合いは同じなので否定はできない。だがこれは自分には非はないと思う。外見詐欺もいいところだ。
「まあ、ともかくだ。つまりアスカが赤姫を探す理由ってのは……」
「ともかくと置いておかれるのは不愉快だけど、まあいいよ。うん。友達の真意を知りたいから。レヴィアは、優しい子のはずだから、何の理由もなくしているとは思えない」
レヴィア、というのが赤姫の名前なのだろう。重大な情報ではあるだろうが、これは聞かなかったことにしておいた。きっと、アスカにとって大事な名前のはずだ。おいそれと書き残していいものではない。クラウの自己満足だが、赤姫の名前が分かったからといってどうなるわけでもないし、大丈夫だろう。
「あ、でも、許されないことだってのは、分かってるよ。今までのことを擁護するつもりはないから。私も、両親を殺されてるわけだしね」
「そっか……。話してくれてありがとう」
「いえいえ」
楽しげに笑うアスカを見ていると、そのような半生を生きてきたなど想像もできない。赤姫を追っているなら町が滅ぼされたのかもしれない、程度には考えていたが、そんなものではなかった。
吸血鬼として五十年。クラウが生まれるよりも前から、生きてきたということだ。それに、五十年ということは、最初に知り合った人族はすでに死んでいる可能性が高い。
どこの国でも、人族の寿命は六十から七十、魔族で百ほどだとされている。クラウが知っている限りでは、大きな病気や事故の理由がなければ、それで間違いないはずだ。
冒険者ギルドでアスカが言っていたことを思い出す。その場限りの付き合いというのは、アスカが意識的に行っているのだろう。長く付き合えば、それだけ吸血鬼としての異常性が際立ち、そしてそれ以上に、いずれ必ず訪れる別れが辛くなるから。
「大変だったんだな」
ぽつりと。クラウがそんなことを言えば。
アスカは一瞬だけ目を見開き、そしてどこか寂しげに微笑んだ。
野宿を二回して、時折休憩を挟みながらたどり着いたのは頂上が見えない大きな山だ。木々が生い茂る緑豊かな山ではあるが、それはつまり魔獣の巣窟でもあるということだ。
そんな森を前にして、アスカが最初に行ったことは、昼食だった。
遠慮なくたき火を起こし、不思議な袋から生肉を取り出し、鉄串に突き刺してあぶるという豪快な調理だ。アスカ曰く、最初の頃はもっと工夫をしようと思ったが、数年で飽きたとのこと。これでも保存食よりは美味しいので文句言うなとまで言われてしまった。最初から文句なんてないのだが。
そろそろ、聞いてもいいだろう。アスカが避けたのか、それとも単純に教えてくれるのを忘れたのかは知らないが、答えたくないなら黙っているはずだ。
「なあ、アスカ。ちょっと聞いていいか?」
鼻歌を歌いながら肉を焼くアスカに言うと、アスカは機嫌良さそうに、いいよと頷いた。アスカは食事の前はとても機嫌が良い。ある意味では外見通りだと言える。女の子としてそれはどうなのかと思わなくもないが。
「そうだな……。本題の前に、さきにこれを聞こうかな。こんな森の前で肉を焼いていいのか? さっきから美味そうな匂いがしてるから、魔獣とか襲ってくるんじゃないか?」
「襲ってこないよ」
即答だった。首を傾げるクラウに、アスカがいたずらっぽく笑いながら言う。
「彼らは危険なことに首を突っ込まない。人間を襲うのは生きるための食料が必要だから。だったら、自分では絶対に勝てない化け物がいたら、どうする?」
「あー……。自分で言ってて悲しくないか?」
「…………。どうせ私は化け物だよ……」
「まあ、うん。なんだ。魔道具いらずで便利だな」
ここで気の利いたことが言えたのなら良かったのだが、あいにくクラウにそんなことはできない。
なるほど、とクラウは内心で頷く。道中でも襲われることがなかったのは、アスカがいるかららしい。獣は危険には敏感だ。それ故に、アスカを避けるということか。




